第8話「なんてこった、この先がダンジョン──」
ビィトたちの目の前に広がる光景。
そこは、キラキラとした光り輝く空間だった。
いかにもダンジョンらしく、天井も壁も石壁でできている。
だが、天井の石の中には魔力などを受けて発光する光石の類が埋まっているらしく燦々と光を降らせていた。
それが地面に空いた、いくつもの水たまりに反射して荘厳な光景を生み出しているのだ。
地面の穴は種々様々。
一番多いのは四角に切り取られた深い穴で、染み出した水が溜まり澄んだ青と緑のコントラストを見せている。
それらは、石切り場に空いた採掘の穴なのだろうか。
「やっぱり思った通りだ……」
蟻の巣から、つながったダンジョン──『地獄の窯』とおぼしきそこを覗き込むビィト。
彼の目の前に広がっている光景は、予想通りの場所であった。
「知ってるの?」
始めてきた場所だろうに、なぜか確信を持ったように答えるビィトにエミリィは不思議そうな顔だ。
「……多分『石工の墓場』──地獄の釜の派生ダンジョンのひとつだよ」
ゴソゴソと地図を取り出したビィトは蟻の巣に戻り、エミリィに示す。
「……え~っと、ほらここ」
手書きの簡素な地図には大雑把にダンジョンの地図が描かれている。
立体的な様な……あるいは平面の様な、なんとも珍妙で微妙な配置図だが、大まかな位置関係は分かる。
ちなみにこれらは手作業で記入されているのでギルド職員の性格がよく表れている。
律義な人が書けば大変見やすいのだが、それ以外のバイトなんかが書くと、もうなんていうか……象形文字? って言いたくなるほど酷い地図だったりする。
幸いビィトの持つ地図は、そこそこ腕のいいギルド職員の人が書き移したものらしい。
なんか、地図の右上の方に小さく、「エミリィさんに手ぇ出したらぶっ殺す!」とか書かれているが……多分気のせいだろう。
地図には入り口から伸びる『蛇の道』や派生ダンジョンの『嘆きの谷』もちゃんと記載されている。
そして、今ビィトが覗き込んでいた先『石工の墓場』も記載されている。……『悪鬼の牙城』とともにだ。
「え?! こ、ここなの? 『悪鬼の牙城』のすぐ隣……」
「うん。思った通りだよ。……『地獄の釜』は全体でみるとね、一見して無秩序だけど、実はそれなりに相関関係があると俺は見ているんだ」
そう。
まったく無関係の派生ダンジョンが並ぶことはないと踏んでいるのだ。
例えば『嘆きの谷』からは川の水がながれているが、その水はどこからきて、どこへ行くのか……。
地下水とはいえ、『石工の墓場』のように染み出すことはあっても流れていく先は必ずあるのだ。
嘆きの谷の水は様々なダンジョンを通って流れだしており、恐らく終着点は『悪鬼の牙城』を覆う地底湖だろう。
このダンジョンに溜まる水の大半はあそこに流れ込んでいるとみていいのではないか。
もちろんその先にもちゃんと流れはある。
実際に地底湖の水は流れ込むだけでなく、流れ出してもいるのだ。
その先はもしかすると最深部なのかも知れない。
水は低いところへ流れるもの。つまり、最下層へと。
……いや、今はそのことはどうでもいい。
それよりも、ビィトが蟻の巣が『悪鬼の牙城』へ続く『裏道』ではないかと看破したのは、ここに沸くモンスターからだ。
『悪鬼の牙城』の傍に『石工の墓場』というのがあるのは知っていたが、実際に行ったことはない。
ただ、地図やらその他の情報にも、そこにストーンゴーレムが沸くことは知識として知っていた。
それらから勘案して、ここが『石工の墓場』に直結しているとあたりを付けていたのだが、…………大当たりだったようだ。
「『悪鬼の牙城』は巨岩を組み合わせた石造りの砦。……そして、その材料は──」
「『石工の墓場から切り出された?』」
お、エミリィちゃん鋭い
「ご名答! …………あくまで俺の予想でしかないけどね」
そう。
『石工の墓場』で切り出された石が『悪鬼の牙城』をつくり、『嘆きの谷』の水が流れ込んでいるのが『悪鬼の牙城』を護る湖なのかもしれない────もっとも、結局はビィトの想像でしかないけれども……。
そもそも誰が作ったダンジョンなのか知れたものじゃない。
「そっかー! これがお兄ちゃんの言ってた裏口なんだね」
「多少賭けではあったけど……以前からこの蟻の巣でゴーレムが沸いているって聞いた時から、ここに繋がっている可能性を考えていたんだ」
ゴーレム沸きの蟻の巣の噂は以前からあった。
そりゃあ、衛兵が番屋を立てて見張っているくらいだ。
昨日今日できたものではないことは想像に難くないだろう。
そのうち封鎖されるかと思っていたけど、今の今まで放置されていたとは少々驚きもある。
もっとも、そのお陰でダンジョン内を大幅にショートカットできたのは大きい。
このまま近道として活用したいところだが、街から離れすぎているうえ、下手に通路を増やすと街としては利益が分散するからいい顔はしないだろうな。
入り口を限定しているからこそダンジョン都市があるのだ。
あちこちに入り口があって、好き勝手にトライできるならダンジョン都市の経済は崩壊する。
やはり大人の事情なのだ、この辺はね……。
さて、そんな事より────。
「エミリィ、準備はいい?」
「うん……。お兄ちゃんを信じてる」
エミリィにとっては未知の区画で、ランク的には近づくことも叶わない場所……。
もっとも、エミリィの腕なら大丈夫だとビィトは確信していた。
少なくとも、ここに沸くゴーレムを相手にしてもエミリィは圧勝できるだろう。
ゴーレムを倒して見せたスリングショットの一撃を見ても分かる通り、攻撃力一つとってもエミリィはソコソコ強いのだ。
いや、かなり……か?
「──俺もエミリィを信頼しているよ。……じゃあ行こうか」
「うん!」
見つめ合う二人。
どこかはにかんだ表情を浮かべつつも、信頼感は間違いなく強固なものだった。
自然に触れあう二人は────堅く手を結ぶ。
お互いに頷き合い、寄り添い……そして前を向いて進みゆく。
……じとーと睨むゴーレムの群れの上で、だ。
だが、知った事ではないとばかり完全にゴーレムの視線を無視した二人は、小さな笑みを浮かべさえして最強最悪のダンジョンの裏口を潜っていった。
そうして二人は蟻の巣を後にする……。
その先の──高ランク推奨のダンジョン深部……『石工の墓場』へと向かって──。
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