第4話「なんてこった、結構楽な仕事だね」
「……なんか、大したことはないね?」
エミリィが緊張感のない声でポツリとこぼす。
今も目の前では、ビィトの魔法の直撃を食らったらゴーレムが風化していくところなのだが、二人とも脅威を感じている様子はなかった。
「そう……だね。俺ももう少し厳しい戦いになると思ってたんだけど──?」
ビィトに至ってはエミリィと軽く雑談する余裕さえあるほどだ。
もちろん油断しているわけではない。
ただ、敵が全く脅威にならないから、意識がどうしても弛緩してしまうのだ。
エミリィもこの巣の状態にまったく危機感を抱いていないらしく、実にリラックスした様子だ。
とくにエミリィはベンのもと、何度か蟻の巣に潜ったこともあるので、未知なるものに対する恐怖もないらしい。
「こんな楽な蟻の巣は初めて……」
意外そうな、微妙な表情を浮かべるエミリィ。
地上で監視員をしている衛兵たちの投げ遣りな姿勢を思うとどこか釈然としないのだろう。
ビィトとしても同感だ。
そこそこ高レベルの冒険者を送り込めばさっさと封鎖できるだろうに……。
「班長さんは、危険だって言ってたけどこれじゃあなぁ……」
ダンジョン都市も色々と事情があるのだろうかと邪推したくもなるが、余計なことを考えても仕方ないとビィトは先へ先へと進んでいく。
ズシン! ズシン、ズシン……。
石礫────発射ッ!
──パカァァァアン!
ゴーレムが現れるたびに、小型で圧縮した石礫を発射するだけの簡単なお仕事です。
ポィン♪ と沸いたドロップ品。それをエミリィに投げ渡すと彼女が格好良くキャッチした。
古代の硬貨らしきそれは、みたこともない意匠が施されており中々綺麗だ。
「……ちゃんと依頼として受ければ良かったかな?」
少し、守銭奴気味なことを考えるビィトであったが、依頼を受けたとて報酬はこの分だと雀の涙かと思い諦めることにした。
「うーん……。Cランク以下の
あまりの簡単さに、エミリィは低ランクの
ビィトとしても異論はない。
だが、二人は知らない。この依頼が現状では
一見して……順調に進んでいるビィト達だが、実際はゴーレム退治なんてそう簡単なものではない。
ビィトがあまりにも簡単に倒しているから雑魚だと勘違いするかもしれないが、ストーンゴーレムはこれで居てオーガと同等の強さを誇るモンスターなのだ。
ゴブリン程度ならいくら束になっても敵わない強さ……。
武器も通らず、魔法にも強いのだから当然だ。
ビィトもエミリィも気付いていいないが、この蟻の巣────高レベルパ―ティと言えど、駆逐には相当な時間と覚悟が必要になるされ、今まで敬遠されてきたのだ。
やたらと堅くて強い──ゴーレムとはそういうもの。
硬質化しても武器も次第にゴーレムの巨体に阻まれ弾かれる。奴らの身体にそう簡単には通らない。
そして、魔法など爆破系以外、ほとんど効かないのだ。
それがこの蟻の巣が放置された理由。
ゴーレムを貫き、砕き、倒すために武器を振り回そうにも、狭くて攻撃モーションが限定される。
弱点である爆破魔法が対抗手段としては優秀なのだが、こんな狭い穴で爆破魔法を使った日にゃ~……仲良く生き埋めになるという寸法。
つまり、蟻の巣の中では普通に戦っていたんじゃーどうやっても倒せないのだ。
ビィトがサクサク倒しているので雑魚だと勘違いしてしまいがちだが、……実際はビィトのノーモーションで発射する魔法攻撃が異常なだけ。
そして、ゴーレムにとっては、この環境に限り……ビィトはこの上なく天敵であった。
バシュ! パカァァァァン!
──バシュ!! パカァァァァン!!
「順調だね。この分なら危険はなさそうだ」
余裕綽々で魔法を行使するビィト。
危なげない姿で、ゴーレムを駆逐していくこの男が実は仮免許だなんて誰が信じるだろう。
多分、今だけは世界最強の仮免許。
そして、『器用貧乏』改め、『鬼畜ロリコン』の二つ名をもつ、蟻の限定──最強の冒険者だ。
さて、そんな鬼畜ロリコンことビィトだが、戦闘は彼ひとりで十分に過ぎるので、エミリィの手が余っている。
だが、それを遊兵とするにはあまりにも無駄が多いので、ビィトは役割分担をすることにした。
「──エミリィは念のため横道やアリの作った部屋を警戒しておいて」
一本道に見えて蟻の巣には脇道が多い。
そこに敵が潜んでいる可能性があった。
とはいえ、主要な道は大きな一本に限られており、時折開いている穴は蟻が貯蔵庫やゴミ捨て場、休憩室として活用していた部屋だろう。
蟻が活発に活動していたころはこの部屋に様々な食糧を貯め込んでいたと予想できるも、今となってはカサカサに乾いた食料の残骸があるだけ。
ときおり巨大な昆虫の死体や、人骨の様なものも散らばっているがいずれも腐臭はしない。
かなり前に蟻が殲滅されていた事の証左だろう。
「うん。わかった!」
元気よく答えてくれたものの、
「──そういえば…………部屋の中──なんにもないね」
以前の蟻の巣のことを思い出しているようだ。
どこかしんみりとした声は、沢山のご馳走が手に入ったあの時のことをしみじみと思い出しているらしい。
それほど日が経ったわけでもないのに、随分と昔のように感じられる。
「……ゴーレムがこの巣穴を占拠して随分経ってるみたいだからね。アリたちは全滅だよ」
ポンとエミリィの頭に手を置く。
「そう、みたいだね。……残念」
やっぱり、前回同様。アリの集めた甘味を期待していたらしい。
そういや、肥汲みを別にすれば、あれがビィトとエミリィの初めての共同作業で──……一緒にいった初の冒険だったっけ。
「──うん、まぁ残念だね。……かわりにこれでもどう?」
ビィトは腰の物入からドライフルーツを取り出すとエミリィに差し出す。
「いいの!?」
「あぁ、休憩にしようか。ここじゃ、ゴーレムの動きは鈍いし、追い詰められても、どうにでもなるよ」
ゴーレムが接近しつつある気配を感じるものの、まったくの脅威を感じない。
むしろ、向こうから来てくれるなら楽なくらいだ。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
ドライフルーツにナッツ。
そして、ワインを取り出すと、それらをみて幸せそうな顔のエミリィ。
「すぐに食べゆー!」といった様子でで頬張るエミリィ。
この子は食べるときは本当に嬉しそうにする。
ビィトもナッツをポリポリやりつつ、ワインでのどを潤す。
それほど疲れているわけでもないが、外の荒野を通っての蟻の巣だ。
喉は乾き切っていた。
それに疲れを感じてから休憩を取っていたのでは遅い。
ビィト達は二人きりなのだ。どちらも疲れ切ってから休んでいたのでは奇襲を受けたときに対処できなくなる。
だから余裕をもって休むのだ。
「飲み過ぎないでね」
ほどほどのところでエミリィからワインを回収すると、荷物に仕舞う。
あどけなさ残る可愛い顔がほんのりと赤い。
少し顔がほてるくらいにはアルコールが回っているようだ。
やはり、荒野の行動で水分が不足していたのだろう。
今日は早めに安全地帯を確保して休んだ方がいいかもしれない。
ジェイク達のことは心配だが、焦ったところで良いことはない。
っと!
「! お兄ちゃんッッ」
わかってる!!
──石礫!!
ポカァァアン!!
休憩中にジリジリと近づいてきたゴーレムを余裕も持って迎撃する。
「一丁あがり!」
バラバラと崩れ落ちていくゴーレムを何ともなしに見つつ、エミリィが心行くまでオヤツを食べるのを見守った。
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