第3話「なんてこった、蟻の巣にはゴーレムが!」

 ヒョォオオオ…………──。

 気圧──そして、温度と湿度の変化により、まるで老婆の泣き声のような不気味な音を立てる蟻の巣の通路。


 地上と巣の中で随分と空気が違うのだろう。

 まるで異空間に迷い混んだような奇妙で独特の雰囲気を感じとる。

 

 ダンジョン特有の気配だ。


 そう、この蟻の巣は奇妙な静けさに包まれている。


 ピチョン……。

 ピチョン……。


 と、どこかで地下水が沸き出しているのだろうか。

 外とは違い内部はひんやりとしている。

 だが、以前潜った蟻の巣とは決定的に、空気そのものが違うのが肌で分かった。


「蟻の……生き物の気配がないね。──匂いもしない」

「うん。……多分、『地獄の釜』と繋がった瞬間、湧き出たモンスターに蟻が駆逐されてしまったんだと思う」


 そうとも……。

 ここは、もはや蟻の巣ではない。ここは『地獄の釜』の出先ダンジョンなのだ。


 心にのし掛かるようなプレッシャーを感じるのは、やはりダンジョンのそれ。

 しかも、静かなダンジョンではあるが、無音ではない。

 たしかに何かが蠢く気配はするのだ。


 狭い通路の先から、ズルズルと重量物を引き摺るような音が確かに……。


「エミリィ」

「うん」


 こういう時はやはりエミリィの探知が頼りになる。


「ん…………」

 耳を澄ませるエミリィ。

 そして、壁に手を────。


「反応は正面通路────数が相当数いる……。こちらに気付いているみたい。たくさん接近中──」


 すごいな。


 音と振動だけでそれを看破してしまうとは……。

 ビィトにもこっちに近づいてくる気配は何となくわかったものの、数までは変わらない。


 エミリィの能力は、素直に称賛に値するものだ。


「ありがとう。……向こうから来てくれるなら探す手間もないし、不期遭遇もないね」


 好都合だ。そうビィトは評すると魔力を行使。

 ストーンゴーレムぐらいなら石礫で十分だ!


 いや、むしろそれくらいしか効果がないだろう。

 火や氷が効く連中じゃない。


 物理に近い石がもっとも有効だと思う。


 キィィィン……。

 圧縮硬化した石礫を生み出し、いつでも発射できるように準備すると、ビィトは前に出る。


「エミリィ、あとは俺が行く」


 彼女を後ろに下がらせると、通路の先に進むビィト。

 背後に庇う形だが、そもそも通路が狭すぎるのでどちらかが前に出るしかないのだ。

 

 もっとも、エミリィの攻撃手段は今のところスリングショットに限られるため前衛としてはいささか頼りない。

 遠距離武器は、こうした閉鎖空間では有利でもあり不利でもある。

 なにせ、相手もかわしようがないほど狭い空間で、逆に言えば躱さずとも飛んでくる方向が分かってしまう。

 それなら、最初から防いでしまえばいいと言う事。

 もっとも、それはエミリィのスリングショットに限らず、ビィトの魔法とて同じことなのだが……。


 ズンズンズン……!!


 狭い空間の攻防についてあれこれ考えているうちに、真正面からヌゥとストーンゴーレムが姿を見せる。

 大きさはビィトより少しデカい程度。だが、横幅は遥かに奴の方がデカい。

 そしてデカすぎるがゆえに、ゴリゴリと通路の壁を削っている。ついでに頭もね……。


 おいおい。

 詰まってるじゃねえかよ。


 ……これじゃあロクに攻撃も出来ないだろうに。


 角ばった輪郭はどことなく人の面影がある様に見えなくもないが、ブロック状の石をくみ上げただけの簡単で大雑把な作りの像だ。

 ダンジョン内では石切り作業をしていたり、ブロックを運んでいたりする姿を見ることがある。

 もちろん、冒険者をみつけると猛然と襲い掛かってくるのだが────。


「狭いダンジョンじゃ本領発揮できないな。哀れなモンスターめ」


 比較的小型種らしきゴーレム。こんな間抜けな姿をしていても広い空間で出会うと中々に厄介だ。


 ゴーレムが単体で出ることはまれで大抵は群れでくるか、他のモンスターが近くにいる。

 そして、コイツらの厄介なところは、その頑丈な体を生かして移動トーチカのように振る舞う事にある。


 大型、小型を問わずにコイツが全面に出るだけで、後方にいる魔物は魔法や弓などの射線から逃れられるのだ。


 そのため、魔法使いや弓使いには蛇蝎の如く嫌われている。

 魔法も矢もイマイチこいつには通じないからだ。


 一応爆破系の魔法が弱点と言えば弱点だが、使いどころの難しい爆破魔法はおいそれと乱発できるものではない。 


 そのため、結局は近接職の打撃武器を主体とした攻撃になるのだが……、ゴーレムにかまけすぎると、背後に潜んでいた別のモンスターにグッサリとやられるってわけ。


 とはいえ、今のこの蟻の巣の状況では、ゴーレムの移動トーチカっぷりは全く意味がない。


 背後に何が隠れていようとも、そもそもゴーレムが邪魔で分からないし、向こうも何もしようがない。

 下手をすれば正面のゴーレムごと貫かれておしまいだ。


「ま、そうするんだけどね」


 ──石礫!!


 バヒュッッッ! ────ズガァァァァァン!


 小さな石礫とはいえ、高圧縮されたそれ・・は無茶苦茶堅い。

 ゴーレムも石。石礫も石。

 石と石で分が悪そうに見えるが、そんなことはない。

 当然、硬い方が勝つに決まっている。


 バラ、パラパラ……──。


 一発でゴーレムの頭部を撃ち抜くと、コアを破壊。

 その背後にはやはりゴーレム────が3体!


 だが、後続がいたとして、ここでは数の利点が生かしきれていない。


 まるでドミノ倒しの様に、ビィトの魔法によって撃ち抜かれて──ドズゥゥウン! と背後に倒れる。


「狭い通路で詰まってちゃぁな……」


 ゴーレムにとって蟻の巣は酷く分が悪い戦場らしい。

 っていうか、これくらいの蟻の巣……さっさと封鎖できなかったのだろうか?


「まーお金の問題とか色々あるんだろうけどさ」

「どうしたの?」


 エミリィもまったく危機感を感じない様子で訪ねてきた。

 実際、こんな場所ならゴブリンのほうがよほど強敵だろう。

 ──奴らなら暗がりに潜んで、不意の奇襲くらいはしてくる。


 ゴーレムのほうがゴブリンよりモンスターとしては上位だが、……適材適所でなければこんなもの。


 サラサラ~と風化していくゴーレムを尻目にスタスタと歩いていくビィト。


 ポイン♪ と湧き出る魔石やら古の硬貨等々。


 売ればそこそこに価値のあるものだ。

 一応それらを回収しつつ、二人は危なげなく奥へ奥へ。

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