第2話「なんてこった、結構強いみたい」

 巣の封鎖をさせてくれ。……報酬はいらないから。


 ──それがビィトの提案だった。

 その提案に怪訝な顔を返すのは班長と呼ばれた男。


「──あー。お前バカか? なに考えてんのか知らんがやめときな」

 そういって、顎で蟻の巣の入り口を示すと、

「入り口付近はそうでもないが、奥の方までいくと、……敵の数は半端じゃないぞ。それに、単に倒せば良いわけでもなし。もちろん埋めても同じことさ。奴ら……埋めても埋めても沸いてきやがるしな」


 ポイっと、班長が放り投げてきたもの。

 石造りの人形の────頭部だ。


「見なッ。こいつらゴーレムは無限沸きだ。……まったく嫌になるぜ」


 そういって、ビィト達に背をむけると、巣穴に向かってドスンと座る班長。すでにビィトたちには興味を失った様子で、剣を片手に穴を睨み付けると、

「物見遊山のつもりで行くと────死ぬぜ?」

 それだけ言って、顔を見もせず手を振り追い返そうとする。


 だが、ビィトもここで大人しく引き下がるわけにはいかない。


「そんなつもりはないよ。……この巣穴の『先』に用があるんだ。俺たちで、ここを『封鎖』するから通してくれないか?」

「この先に用だぁ?? おいおい、今んとこは誰も封鎖に成功してないんだぜ。そりゃ予算をかけりゃできるかもしるんが……。そんな金がないから、放置するしかないんだ──」


 そう、

 ここはラージアントがダンジョン『地獄の釜』に繋げてしまった彼らの巣穴のなれの果てだった。


 地獄の釜の『どこか』に繋がったこの巣穴は、ダンジョンから湧き出すモンスターによってまずもとの主であるラージアントが駆逐された。

 そして、そのままモンスターに占領されてしまったものだ。


 その後、モンスターどもは巣穴のなかで増殖し、

 増援につぐ増援で飽和してしまい、ついに地上へ到達してしまった。


 その時点で、ようやく事態に気付いたダンジョン都市は、今さらながら巣穴の駆除に乗り出す。


 だが、予想外にモンスターが強かったため、半端な兵力では返り討ちにあう始末。


 何度目かの部隊の全滅をうけ、ついに方針転換。

 駆除から封じ込めに移行したらしい。

 それが今の状態なのだが、本音ではとっとと封鎖してしまいたいのだろう。


 しかし、上から埋め戻そうとしても、湧き出すモンスターの種類が悪かった。

 ここで沸いているのはゴーレムの一種である、ストーンゴーレムだ。

 別名「石工」といわれるほどに、石切りや穴掘りが得意なダンジョンの作業員──ストーンゴーレム。


 そいつが無尽蔵に湧き出しているのが、ここというわけだ────。


 ストーンゴーレムは、別名のとおり「石工」の如く石などの切り出しに優れた能力を発揮しうる。

 しかも、穴掘りもお手の物らしく、埋めても埋めてもどこかしらから穴を掘り進めてくるんだとか。

 とはいえ、何もない所を掘る習性はないらしく、壁の薄いところや、人の気配が濃厚な場所を求めて掘り進んでくるらしい。


 この巣穴でいくなら、入り口付近やら埋め戻した箇所になるそうな。

 要するにここの入り口に陣取っている衛兵たちは、ゴーレムをおびき寄せる「餌」兼「駆除人」というわけだ。


 もっとも、無理に餌係を設置せずとも、強力な冒険者に依頼してとっとと封鎖してしまえばいいのだが……。


 いかんせん、割に合わなさすぎるのだ。

 街としても、冒険者としても。


 ラージアントそのものの巣ならともかく、ゴーレムがウジャウジャいるような巣穴に好き好んでいく冒険者はそうはいない。


 なんせ、ストーンゴーレムだ。


 魔法は効きにくいし、剣も槍も簡単には通らない。下手をすれば武器が傷んで大赤字だ。


 だか、街としては安価で依頼したい。

 しかし、冒険者としては安価で依頼を受けるにはリスクが高すぎる。


 安価でも引き受けそうなのは低級の冒険者だが……。彼らでは返り討ちにあうのが目に見えている。

 その折衷が実に難しい────結局、折り合いがつかずに現状維持がずっと続いている、と。


 とは言え街としても、座して待つ気はなく、依頼クエストは一応出している。もっとも……割りにあわない依頼の代表格として随分放置されて久しいんだとか。

 少々危険でも、地獄の釜のようなダンジョンなら、モンスター素材やお宝などの旨味がある。

 そのため冒険者も街もどちらもウィンウィンの関係になれるのだか……。


 だが悲しいかな。ここは、ゴーレムだけが沸く、街の郊外の巣穴。──お宝はない。


 しかも、ゴーレムは素材としてもドロップとしても旨味はイマイチ……。

 ましてや元はアリの巣。そこに、そうやすやすと冒険者を満足させるお宝などあるはずもなく、街としても安全を買うためだけに出す金としては非常に高価な依頼料を準備しなければならない。

 つまり────現状、お金のつり合いが取れないため放置されているという状態だ。


 むろん、完全に放置していれば、周辺一帯がゴーレムやら他の魔物が湧く地獄と化す。

 そうならないためにも、こうして衛兵を配置し、出てきた傍から駆逐するようにしているのだ。いや、それしかできないといったところ。


 それはつまり、ジリ貧でもあり、末期でもあった……。


「──そんなわけで、好き好んで中に入る必要なんてないんだ。……帰んな兄ちゃん────嬢ちゃんを危険な目に合わせるのは、俺はどうかと思うぜ?」


 この班長というのは、いわゆる人情派の兵士なのだろう。

 普通なら成功すれば儲けもの──くらいの気持ちで冒険者を死地に送り出しそうなものだが(ギルドマスターのように)、そうは言わないらしい。


 この世界では人の命は金貨一枚より軽いのだ。

 モンスターのごとく無限に湧いて出てくる冒険者の命など誰も気にしやしないのが普通。


 ──そう「普通」なのだ。


「──大丈夫さ。こんなとこで死ぬ気はサラサラないよ。……それに、言っただろ? 報酬目当てじゃないんだ」


 そうとも……ここがビィトの目星をつけている「裏道」だ。


 もっとも、確証はない。

 ないが────確信はある。


 ここが「悪鬼の牙城」への裏道であるという確信……。


「っつってもよ────」


 ようやく興味を持ったらしい班長だが、胡乱な目つきでビィトとエミリィをみる。


 ジロジロと不躾な視線を感じ居心地が悪い。


 ……うん。言いたいことはわかる。無茶苦茶わかる。


 ハッキリ言って、ボロボロで弱っちそう……。

 誰がどう見てもそう見えていることだろう。


 実際、否定しないし──できない。


 だが、腐っても元S級と現C級だ。

 それにエミリィの実力は今でこそC級だが、腕前を正確にみるならB~A級であってもおかしくはない。


「……心配してくれるのはありがとう。だけど、班長さんが思っているほど──」


 その時、巣穴から一体のゴーレムがヌゥと姿を現した。

 ビィト達を注視していた班長は一挙動遅れる。


「ちぃ、奇襲だとぉ!」


 慌てて剣を構えて迎撃しようと────。


 はぁぁぁ……!

 ────石礫!!!!


 ビュバ! 高速で発射された魔力の石弾がゴーレムを貫く──!



 ────ゴッパァァァン!!



 ビィトが一瞬で発動したのは得意の「石礫」。

 だが、それはただの下級魔法ではない。それは、高度に練られ高圧縮された、超頑丈な石礫だッ。


 そいつが、たったの一発でゴーレムを打ち砕いてみせた。


 バラバラと降り注ぐ破片。

 唖然とする班長の前に、ゴーレムの半壊した頭部があらわれる。


「──俺は弱くはないよ。それに、」


 ゴーレムは雑魚ではない。モンスターらしく、まだ動くようだ。半壊した頭部に怪しく光る赤い瞳が────ゴッパァァァァン!


「──この子も凄腕なんだ」


 ふーふー……と息をつくエミリィがスリングショットを撃ち抜いた姿勢で硬直している。


 ゴーレムの破片を拾ってすばやく装填し、頭部に一発かまして追撃したらしい。

 目にも止まらぬ早業。

 ここでようやくゴーレムがぐらぁぁ……と倒れて、ズズン! と地響きを立てる。そのまま、ダンジョンモンスターらしく、さらさらーと風化していった。


「なッ……あ────!?」


 ポカンと見ているのは班長と、少し離れた位置にいた衛兵。

 彼らの目の前で──ポイン♪ と現れたドロップ品の赤い魔石をヒョイっと拾い上げたビィトは、


「通行料ってことでいいかい?」


 無造作にそれを班長に投げ渡す。


「あ、あぁ……わ、わかった。いいだろう」

 物わかりは悪くないらしい班長。

 すぐに調子を取り戻すと、軽く頷きつつもマジマジとビィトとエミリィを観察する。


 あー、ごほん。

「──いいだろう。中に入っていいぞ。ちなみに内部は完全に把握していないが、通路はゴーレム一体がギリギリ通れる幅だ。二体以上を相手にする場面はそうないだろう。──脇道も少ない。……基本的に正面だけに注意すればいい」


 そう言って攻略のアドバイスをする。


「封鎖するには、途中で……どこかに転がっている爆破魔法のスクロールを使え。……かつて封鎖に使おうとした派遣部隊の遺品だ」


 もう、班長はビィトたちの実力を疑っていなかった。


「奥にあるダンジョンとの接合部分さえ封鎖してくれれば残敵の掃討はこっちでする。────おまえらは、ここからはもう戻ってこないんだよな?」

 聞いていないようで、しっかりとビィトの話を聞いていたのだろう。

 すなわち、この裏道を使う代わりに封鎖するという話を──。


 そうとも、ビィトの目的は蟻の巣の封鎖ではなく、裏道として使う事だ。


「ああ。……戻ってこなくても気にしないでくれ」


 それだけ言うと、ビィトはエミリィを伴って躊躇なく潜っていく。

 それを班長は茫然と見守るしかできなかった。


 …………。


「は、班長? な、何者なんです、あいつ……」


 貧乏くさい恰好で少女一人伴ってフラリと現れた青年。

 奇襲を仕掛けてきたゴーレムを瞬殺するほどの魔術師などみたことがない。


 そんな凄腕、早々いるものでは…………。

 ホントに何者だ?


 ゴーレムを倒すには、普通は硬化処理施した剣や槍でコアを貫くか、ハンマーなどの打撃武器で全体的にぶっ壊すのが常套手段だった。


 それを下級魔法の石礫で吹っ飛ばすなんて……。

 少女は少女で、強力かつ正確無比なスリングショット。


 どっちも強い……。

 あんなコンビ聞いたこともない────────、


「あ!」


 そこでハタと思い出した班長は、


「あ、あいつ! き、ききき『器用貧乏』だ!! 「豹の槍パンターランツァ」にいた、寄生魔術師の器用貧乏じゃねぇか!」

 そうとも、

 「豹の槍パンターランツァ」は超有名。そこに所属していた雑魚魔術師のビィトもそれなりに・・・・・顔も名前も知られていた──。



 それなりに、ね。



 ……幸いにも、街の衛兵たちたが交代で勤務するこの場所にはまだビィトの新たな二つ名は轟いていなかったらしい。

 昨夜誕生した二つ名はまだまだ浸透していない。

 だが、蟻の巣の奥で──ズルッと誰かがズッコケるような気配を感じたとか感じなかったとか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る