第20話「なんていうか、チェックアウトしました」

「カビが生えてない!」

 わーい♪


 エミリィの余りに幸せレベルの低い発言に顔をひきつらせながらも、ビィトは彼女に大きめのパンを差し出す。


 一応焼きたてらしいので、ほんのりと温かい。

 出来立てパンにカビが生えるでもなし、心遣いとして少し大きいほうを差し出すと満面の笑みを浮かべるエミリィは礼をいって受け取った。


 良い匂いだ……。

 香ばしい香りも食欲をそそる。


 エミリィもさっきまでゲーゲーとリバースしまくっていた割に食欲は十分あるらしい。

 まぁ、胃が空っぽになったのでそういうものかもしれないが……。


「じゃ、食べよっか?」

「うん」


 エミリィが遠慮するといけないのでビィトは先にかぶり付くことに。

 ムシリと大きく千切ると、白く柔らかそうな部分をバクリと齧り取る。


 麦の風味が鼻を抜けていき実に香ばしいッ!

 そして、うんまいッ。


 エミリィはと見れば、──あ、もう食べてるし。

 食べ物にはホント遠慮がなくなってきた。いい傾向だけどね。


 口の中をパンパンにして、コクコクと頷いている。よほど気に入ったらしいが……。


「やわらか~~~~い!!」


 幸せそうな顔でモッソモッソと食べているが、……なるほど、まずは食感に感動しているらしい。

 今まではカビパン程度。カチカチのくっさい……酷い状態のパンばかり食べていたのだろう。


 焼きたてのパンなんて普通はクッソ高いからな。

 一般的に食べられるのは焼いて時間が経って固くなったパンだ。

 それはそれでうまいけど、焼きたてのそれには敵わない。


 ビィトも懐に余裕がなければ、日置したパンを買っているだろう。焼釜を備えた宿屋の特権でもある。


「よかった。パンくらいしかこの時間はやってないらしくてね」


 まだ、朝も早い。

 店主は手間と時間のかかるパンを焼き上げてから料理に取り掛かるようだ。


 もう少し待てば料理もできるらしい。

 スープとサラダと卵か肉料理ていどらしいが、朝も食事を供しているらしい。

 でも、昨夜のこともあるので食堂に顔を出すのは控えようと思う。


 ──おちょくられるのは御免だ……。


「んーん! 美味しいよ!」

 そう言ってエミリィは、昨日買ったジャムを取り出すと一瓶あける。それをビィトに差し出しながら、

「これも食べよ?」


 甘い、柑橘系の匂いが漂うジャム。ミカンやレモンなどだろうか?

 匙で救ってパンに乗せると、これまたよく合う!


「お、旨い!」

「ね~!」


 エミリィは幸せそうにパンを頬張っている。

 それだけでビィトも満たされた気分になってくるのだから悪くはない。


「あ、そうだ。昨日のスープがあったね」


 ギルドマスターから分けてもらったトマトスープがあったはず。

 ポットごともらったそれは部屋の隅に鎮座していた。

 当然すっかり冷め切っているが、水分を欲しているビィトもエミリィを冷えている事なんかまったく気にせず、カップに注いだそれを飲む。


「あ、うまい」

「ホントだ。きのうより味が……濃い?」


 ビィトもエミリィも首を傾げているも、

「──おいしいからいいや!」


 素直でよろしい。


「うん、そうだね……。放置したおかげか、コク・・がでているね」


 カップに注いだそれはドロリと濁っており、昨日飲んだ時よりもトロミがあった。

 それに浸したりしてモグモグとパンを食べる。うむ……うまい。


「それにしてもスープか……」

 手の中の赤いスープをジッと見つめるビィトに、

「どうしたの?」

 エミリィが口の中をパンパンにして聞いてくる。


「ん? うん……。ギルドマスターがスープをくれただろ」

「うん? おいしい! …………それがどーしたの?」

 …………。

「いや、多分……俺らは期待されてないんだなーってさ」


「????」


 スープで? とエミリィは首を傾げている。……まぁそうだろうな。


「ほら。普通は客人を奥に通すときにはコーヒーや紅茶を出すだろ……? っていうか出すんだよ」

 しまった。

 エミリィの普通は、多分俺の普通じゃない。

 コーヒーに紅茶を出すと言われてもピンと来ないかもしれない。


「うん……?」

「だけど、あの時──ギルドマスターはコーヒーでも紅茶でもなく、余りものっぽいこのスープをだした……」


 つまり?


「──たぶん、俺たちがギルドマスターの依頼を聞いた最後のパーティなんだろうと思う」


 でなければ、余りもののスープなど出さずにキチンとコーヒーや紅茶を出すだろう。


 そして、期待しているパーティに余り物など出すはずがない。


 ……つまり、一番最後のどーでもいいパーティに念のため依頼を出しておくか──と言う程度。

 元Sランクパーティ所属とは言え、下級魔法しか使えないビィトのことはギルドマスターなら知っていて当然。

 つまり、「豹の槍パンターランツァ」が遭難するような場所に、雑魚を送り込んでも意味がないと思っているのだろう。

 だが、ビィトは元「豹の槍パンターランツァ」でもある。

 なんらかの方法でジェイク達にたどり着くかもしれないという賭けもあったのかもしれない。

 気分は良くないが、ビィトとしては都合よくもあった。

 おかげで物資も地図も情報も手に入ったのだから文句を言うのは筋違い。そもそもビィトの考えすぎの可能性もある。


 とはいえ、やはり報酬は安いし、支援もまったくない。


 要するに、全く期待されていない。

 そう考えても仕方ないだろう。


 そうとも、

 失敗しても失うのは、せいぜいギルドが卸しているポーション等の物資と、銀貨50枚だけ。


 投資としては悪くないはずだ。

 当たれば儲けもの程度。


 少しガッカリとするものの、当初の目的である救出のための資金と準備はできた。

 ならばあとは行くだけだ。


「期待されてみたいだし……今後ろくなサポートを受けることは期待できない。最悪……ダンジョン奥地で二重遭難する──」


 それでも、


「それでも、エミリィは来てくれるかい?」

「うん!!」


 間髪入れずエミリィは頷いてくれた。ビィトのことを微塵も疑っていないのだ。


「──ありがとう」


 ビィトも素直に返すと、二人して笑い合い。トマトスープを最後まで飲み干した。


「じゃあ、行こうか!」

「うん! お兄ちゃんと一緒ならどこでもいく!」


 ぱぁ、と花の咲くような笑みをみて、ビィトも正面から笑いかける。

 ……ありがとう。君と出会えてよかった。


 ビィト達は部屋据え置きの食器などはそのままに、荷物をもって部屋をでる。

 もう、エミリィは宿屋に対する忌避はさほどないようで、一人でもとくにパニックにはならなかった。


 そうして、肩を並べて店主の前に立つと、


「チェックアウトだ」

「おう。昨夜はお楽しみでし────」


 ギロッ!


「──…………サービス料は別途だぜ」

 余計なことを言おうとした店主を一睨みして黙らせると、勘定を見せてもらい財布を開けようと────。


 って!!!

「な、なんだよ、この額…………」


 あり得ない金額がががががががが……!


「なにって、サービス料だ。食事代は別だって言ったろ?」

 そ、そうだけど……。えええええ!?


「ほ、ほとんど有り金全部だぞ」

 銀貨でぎっしりだったはずの革袋の財布。

 その大半を吐き出す羽目になる……。


「ぼぼぼ、ボッタくりだぞ!」

「ぬかせ────おまえ昨日自分がどんだけ飲み食いしたか覚えてないだろ?」

 

 食堂の勘定書きを持って来た店主。

 そこには多数の料理と沢山のお酒が記載されており、種類もバラバラ。

 だけど、間違いなくビィトのものだという。

 たしかに……見覚えのある勘定書きと料理だけど……。


「お前、高いワインばっか頼んでただろうが……。やめとけって言ったのに聞きやしない」

「え? マジ…………??」


 そういえば、鬼畜ロリコンの悪名を頂戴した時────。

 凄い自棄になってガブガブ飲んでいたような……。う、頭が!


「そんなわけでコイツは正当な請求だ。いいな?」

「お、おう……」


 ジャララララ~……ちーん。


 ビィト・フォルグ。所持金、銅貨22枚。


「…………ゴメン、エミリィ」

「え、あーうん? いいよ、お金なんて」


 そう言ってニッコリ微笑むエミリィちゃん。ホンマええ子やで。

 しかし、エミリィの笑顔とは裏腹に、また無一文に近くなったビィトはしょんぼりとして宿をあとにした。

 

 若干気の毒そうに店主は見送っていたが、商売は商売。




 ザララララ~と、銀貨をテーブルの引き出しにしまっていく──。

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