第19話「なんていうか、朝になってました」

 チュンチュン……。


 チチチチ……。


 小鳥の囀る声にビィトの意識は緩やかに覚醒する。

 横たわる感覚はなく、深く椅子に腰かけたような気怠さが残っていた。


(違う……。実際に椅子で寝たんだったな)

 

 キィキィと音を立てる揺り椅子の上で目覚めたビィトは、体にかかっている毛布からそっと這い出した。


(エミリィは……────)


「すぅ、すぅ……」


 小さな寝息を立てる少女がまるで天使の様な寝顔を見せて寝ている。

 たれーん……と零れる涎がシーツに滲みこんで、頬のあたりがガビガビだ。


 その微笑ましい表情に緩く口角をあげるビィトだったが、少し体を起こした途端に鋭い頭痛に襲われる。


「ぐ……」


 思わず頭を押さえてうずくまる。……こりゃ飲み過ぎだ。


 ゆっくりと昨夜のことを思い出しつつ、解毒魔法を自らに施していく。


 アルコールも毒素の一種らしく、解毒魔法が効くのだ。


「あー……ちくしょう。あんなに飲んだのは久しぶりだ」


 ヒューヒュー!

 ピュ~ィピュ~ィ♪


 と、昨夜散々食堂で囃し立てらたことを、まざまざと思い出した。


 そうとも──鬼畜ロリコンこと、ビィト・フォルグは不名誉極まりない二つ名を拝命し、つつしんで自棄酒やけざけあおったのだ。


 普段それほど飲まないビィト。

 ましてや酔うほど飲むなどほとんどなかったというのに……。


 食堂で好奇の視線に晒されながら、今後この二つ名が流行ったらイヤだなーと考えているうちに、ついついワインをガブガブと飲んでいた。


 エミリィはよくわかっていない様だが、自動的にビィトが次々と料理やツマミ、そしてお酒を頼むものだから、彼女もついついお酒に手を伸ばし────結果ベロンベロンに酔ってしまった。


 気が付いた時には、ビィトも結構な量の酒を飲み、エミリィはグーグーとカウンターに撃沈していたというわけ。

 しょうがないので、アルコールでフラフラする足取りのまま、ビィトがエミリィをお姫様抱っこで運んだ記憶がある。


 そのときの客のはしゃぎようと言ったら……。


 酔ってて気づかなかったものの、今思えばひどく恥ずかしいことをしていたものだ。


「こりゃ早いとこ宿を出よう……」

 

 朝飯はパンでも買って軽く済ませて、残りは外で食べようと決意するビィト。

 どうせ食堂に行っても冷やかされる未来しか見えない。


 つーか、俺は断じてエミリィ不埒な事はしてないぞ!

 酔ってすぐ寝ちゃったからそもそも、その辺の記憶も曖昧なんだよ────。


 いや、酔って無くてもなんもせんけどもね!?


 グっ! と一人、拳を握りしめるビィトだったが、

「ん~…………? ふぁ」


 エミリィの起きる気配にベッドに目を向けると────。

 おうふ!?


 な、ななななななんちゅう格好してまんの!?


「──あぅ? ……お、おはよーお兄ちゃん。んー?? ここは?」

「…………ここは、宿屋──おへそ出てるから隠そうね……。俺、ちょっと出てるから」


 そそくさと部屋を出るビィト。

 うん……おへそ出てるとかそういうレベルじゃない。そもそも、あの鎧にへそを隠す力はない……。


 とりあえず、言っとく! 俺は何もしていない────はず!


 ベッドで普段は寝たことがないであろうエミリィは寝相があまりにも悪く──かつお酒に酔っていたため相当に暑かったのだろう……。


 うん。


 エミリィのがどんな格好をしていたのかは追及しないでくれッ!

 二つ名がさらに凶悪になってしまう!!


「え? お兄ちゃん──」

 バタン。


 …………。


 俺だって男の子ですもの。

 ちょっとドキドキしちゃうわい!!


 ふぅ……。

 

 ※ ※


 コンコン。

「エミリィ? 入るよ?」


 店主にいってパンをもらってきたビィトが扉をノックしつつ入ると、頭を押さえたエミリィが床にしゃがみ込んでいた。


「エミリィ!?」

 その様子にビィトが慌てて駆け寄るも、

「ううう……気持ち悪いッ」


 プーンと酸っぱい匂いが漂う。

 見れば便桶に吐しゃ物がタップリ──。


 くっさ……!


 エミリィは青い顔で俯いている。

 部屋に置き去りにされた恐怖より、今は気持ちの悪さが勝っているようだ。

 それもそうだろう。ビィトですら起きた当初酷い二日酔いだったのだから……。


 エミリィならいわんやと言ったところ。


「ま、待ってて──今、解毒まほ」

「オロロロロロロロロロロロ……!」


 ひいいいぃぃぃいい!?


 ビィトの目の前で、桶に顔をつっこみ盛大にリバースするエミリィ。

 すっごい既視感デジャヴを感じる思いでそれを只見ているしかないビィト────くっさ!


 この子、くっさ!!


「げ、解毒魔法かけるね……」

 胃の中をひっくり返さんばかりで、オロロロロしているエミリィだが、ビィトの言葉は聞こえたようでコクコクと頷いている。

 大丈夫……。

 二日酔いは死にそうになるけど、死にはしない……多分。


 下級魔法の解毒とはいえ、ビィトのそれは連続してかけ続けることができるので、徐々に毒素を浄化できる。

 二日酔い程度ならさほどでもないが、全身に万遍なくかけるため、少し時間がかかる。

 そのため、エミリィは青い顔をしながらずっと吐き続けていた。


 ……すげー匂い。

 うぷッ……! 俺もリバースしそう。


「大丈夫?」

 背中をさすってやると、弱々しく頷くエミリィ。

 部屋に備え付けられていたカップに、水差しから水を汲んで差し出してやると、ガブガブと飲み干す。


「ゆ、ゆっくりと飲んで。一気に飲むと胃がビックリしちゃうから」

 

 もはや胃液しか出ないため、口も胃もかなり荒れているだろう。そんな時に冷えた水をがぶ飲みすると、胃痙攣を起こすことさえあるのだ。


「うん……。ごめんなさい。……部屋、汚くしちゃって」

 カップを抱きしめる様にしながら、申し訳なさそうに上目遣いでビィトを見上げるエミリィ。


 怒られると思っているのかシュンとしている。


 あー……まぁ、不可抗力だね。

 臭いことは臭いんだけど……。こればっかりは仕方ない。


「気にしないで、清掃料も込みなんだから」

 そうとも、結構なお金を出して宿に泊まっているのだ。

 掃除までさせられるいわれはない。


 ……無理やり汚したわけでもないし、幸いエミリィがリバースしたのは便桶のなか。

 もともと汚いものだから、ダメージはほぼゼロだ。

 臭いは凄いことになってるけど。


 肩を軽くさすってやり、ビィトは窓を開けて空気を入れ替えた。

 朝の冷え込んだ外気が肌を刺すが、部屋の中の酸っぱい空気を拡散してくれる。


「う、うん」

「もういいから、──気持ち悪いのは治まった?」


 解毒魔法は効いているはずだ。その効果をエミリィに確認すると、

「あ……。本当だね! もう大丈夫みたい、お兄ちゃんありがとう!」

 すっきりとした様子で、屈託なく笑う顔に、ビィトも微笑み返す。


「よかった。じゃぁ朝ごはんにしようか。パンくらいしかないけど」

「う、うん。ありがと…………わぁ!」


 ただのパンだと言うのに、エミリィは輝かんばかりの顔。





「カビが生えてない!」





 ガンッ。

 エミリィの余りに幸せレベルの低い発言にビィトがずっこける。





「そ、それで普通だから……」

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