第18話「なんていうか、食堂にいこう」

 ザワザワ……。

 ざわわわ……。


 宿屋の食堂は、ほどよく混んでいた。

 思ったより客の数が多いのは泊り客以外にも、外からの客もいるからなのだろう。


 エミリィが人の多さに少し怯えているが、ビィトは彼女を庇うように半歩前に出て手を繋いで食堂に入った。

 やはり、宿屋の空間はまだ完全に信用しきれていない様だ。


「(大丈夫だから……)」


 そう言って優しく囁いて微笑むと、エミリィもゆっくりと頷き返す。

 ……ちなみに、ビィトが大丈夫かどうかは知らない。


 喧騒の中、二人が食堂に踏み入れた瞬間──……一瞬だけ、シンと静まり返る。

 その雰囲気を敏感に感じ取ったエミリィがビクリと震えるが、ビィトは構わずズカズカと入っていく。


 空きを探すも、二つ席というのはない。

 テーブルには大抵客がついていて一つくらいの空椅子はあるのだが、そこにズカズカと座るのは少々忍びない。


「んーと」


 キョロキョロしていると、幾人かの冒険者風の奴らと目が合う。

 ビィトがチェックインしたときから食堂で管を巻いていた奴らだ。

 連中……ニタニタと笑いビィトを観察している。


 その様子からも、店主から何があったのかを聞きだしているのだろう。(多分、相当脚色されたやつを……)


「おい、こっちに座れ」


 見かねた様子で、店主がカウンター席を案内してくれた。

 そこには空き椅子がちょうど二つ。カウンターはそれ以外は埋まっていたところを見ると、別の客に移動してもらい、ビィト達の席を作ってくれたのだろう。


「あ、あぁ、ありがとう」


 さっきのことがあるので、素直に店主に礼を言うのは気が引けたが遠慮している場合ではない。


「エミリィ、こっち」


 ビィトは小さく縮こまっているエミリィの手を引いてカウンターに座ると、

「え~っと、取り合えず適当に腹に溜まるのを頂戴。あと飲み物は──俺はワインで、……エミリィは?」

「お、同じもので良いです」


 周囲に人が多いので、だいぶ委縮しているようだ。

 外や冒険者ギルドなら気にしてもいないのに、宿屋の空間で不特定多数の人目につくというのは彼女にはかなり辛いらしい。

 それでも、漂う料理の匂いに、心を奪われているのがみてとれた。


 そんなエミリィをホッコリと見ていると、


「よう、鬼畜ロリコン」


 ガン!


「ひゃあ!?」


 ビクビクビクゥ! とカウンター席の客とエミリィが一斉に驚く。

 見れば、ビィトが額をカウンターに打ち付けて顔面だけ大魔王になっている。


 声をかけた冒険者も驚いて仰け反っている。

 だいぶ酔っているのか、ビールの入った器を片手にバシャバシャと撒き散らしていた。


「び、ビックリさせんなよ!」

 抗議の声をあげるも、ビィトは完全無視。


「お、おっさんよぉぉぉ……」


 ピクピクと表情筋を蠢かせながら、ビィトは……ゆらぁぁり──と顔をあげる。


「なんだ?」


 コキュ、コキュ……と皿を拭いている店主は、ビィトの恨みがましい視線にも気にしたそぶりもない。


「何でコイツらに話してんだよ……」


 チラっと目を向けて来た店主は、

「酒場や食堂は情報収集に適している──」

 んなことは知ってる。

「──金を貰ったら、聞かれたことには答えるの当たり前だろう?」

 そう言ってポケットから銅貨を数枚見せてきた。


 …………。


「え? こいつ等わざわざ金払ったの?」

「あぁ、湯を持って行ったあとすぐな。……気になってたんだろ?」


 ……ま、マジか!

 どんだけ暇なんだよ!?

 ってか金払ってまで人のパーティのこと聞き出すなよ!


「で……なんて言ったんだよ」


 ジロっとビィトが睨むと──、店主はトントンと指でカウンターを叩く。


「……おい、まさか」

「相場は銅貨数枚だ。情報によるがな」

「ぬかせ!!! ────……えっと、一枚でいい?」


 だって、自分のことだよ?


「ふん。まぁいい」

 ピィンと銅貨を弾いて渡すと、カッコよくキャッチする店主。無駄なところで元冒険者を発揮してやがる。


「────ふむ、たいしたことじゃないが、」

(俺には大したことだよ!)

「普通に見たままを言っただけだぞ? ──見たままを」


 …………。


「それがダメなんだよ!!」


 うがーーーーーーー!!


 俺の事情も知らないでぇぇ!!


 うがーーーーー!!!


「いや、そう言われてもな……──ちっこい子にビキニアーマー着せて風呂に入れてたってだけだぞ? しかも、わざわざ二人分のお湯代を払う太っ腹」


 ガン!


 びくぅ! カウンター席に客がビックリ&スゲー迷惑そうな顔。エミリィは慣れた。

 ビィトはカウンターに額を打ち付けたまま項垂うなだれる……。


「──か、金払いが良かったせいで貧乏が消えとる……」 

 どんよりとした顔のビィト。


 鬼畜ロリコン貧乏 → 鬼畜ロリコン


「『器用貧乏』の二つ名……さようなら」


 ビィト・フォルグ────本日『鬼畜ロリコン』の二つ名を得る……一部地域のみ。


 っていうか、貧乏抜けたらより一層あやしくなったわ!!

 鬼畜ロリコンって、……俺変態やん!

 どど、どどどどーすんの! 大変な変態ですよ!?


 変態、大変。


 えぇ?

 エミリィちゃんとか、その被害者なん?


 俺が何をナニして何してんの!?


 えええええええ!?


 えーーーーーーーーーー!?


 …………。


「もう勘弁してくれ……」


 ぷしゅう……──。

 カウンターに突っ伏したまま、ビィトはしばらく置き上がれなかった。


 その横で、エミリィは注文した料理に舌鼓を打っていた。


「おいひーーー!!」


 メニュー。

 ダンジョン産岩塩のニンニクパスタ。

 ダンジョンクラブの殻を煮込んだスープ付き。

 二人分で締めて銅貨30枚。


 サラダと焼きたてパン付きで+銅貨5枚。

 バターはお好みで──────。


「おいひーよーーーー!!」


 ──うん、楽しんで食べてね……。

 俺、しばらく起き上がれない……。


 ぷしゅー……。


 口から魂を吐きつつ、鬼畜ロリコンビィトはしばらく沈んでいたとかいなかったとか……。

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