第17話「なんていうか、お風呂にしよう」

 わしゃ、わしゃ、わしゃ♪


 柔らかな髪を撫ぜる様に洗う。

 備え付けの石鹸は泡立ちがイマイチだったが、髪質の柔らかいエミリィならよく泡が立つ方だった。


「一回流すよ?」

 そう言ってビィトは手桶で掬ったお湯をエミリィに頭にかける。

 身体を抱くようにして防御姿勢をとっているエミリィはきつく目を閉じていた。


 さっき顔を洗ったときに目に石鹸が入ったのが相当痛かったようだ。


 じゃばー……!


「わぷぷ!」

 口と鼻に少し入ったのか、ピューっとお湯を吹くエミリィ。

「大丈夫?」

「う、うん! 大丈夫」


 片目を恐る恐る開けてビィトを見ると、可愛らしく微笑む。

 ……ちくせぅ可愛いなこん畜生。


「か、体は自分で洗ってね」

 そう言ってボディブラシ替わりのヘチマ・・・を渡すビィト。


 ──既に石鹸は塗り込んであるが……。


「う、うん……えっと、背中──」

「わかったから! 背中くらい洗ってあげるから! 他は自分でやって!」

 そう言ってエミリィの上気した肌を直視しないように、ビィトは顔を伏せてからヘチマを渡した。

 この場面は危険すぎる……。


 店主がお湯のお代わりを持ってきたらどうしよう。

 何もしてないとはいえ──これは言い訳できないぞ。


 ……そんな不安を抱えながらのお風呂だ。

 

「んしょ、んしょ……」

 エミリィがゴシゴシと体を洗う気配を感じる。


 チラリとそちらを見ると、健康的で瑞々しい肌が見えるも……幸いにもビキニアーマーを着ているのでセーフだ。

 

 ビキニアーマーって優秀すぎる。


 着たまま体を洗えるなんて……考えた奴も、設計した奴も、売っていた奴も、前に着ていた奴も、────天才じゃね?


 ……うん。

 なんだろ、この既視感溢れる光景は。


 結局、黄金の池でやっていたことと変わらない。

 ……っていうか、エミリィの意識はそろそろ改革していかないと、この子の羞恥心はどこかに置き去られている気がする。

 

 いや、人並みに羞恥心はあるのだろうが、その優先順位が奴隷生活のせいでガラリと入れ替わっているのだ。

 宿屋に一人放置されるより、風呂が一緒のほうがいいとか……勘弁してほしい。


 そうとも、

 今後パーティを組むうえでこれは相当によろしくない。


 このままではビィトの不名誉だった二つ名がドンドン改悪されていく今なんだっけ「ロリコン貧乏」だっけ?


 いや、たしか、……鬼畜ロリコン貧乏?

 ……うわー酷いな。改めて聞くと、これは酷い。

 ま、まぁさすがに、これ以上増えそうにないけど──。


「洗ったよ?」

「あ、うん。じゃ、背中流しちゃうね」


 なんでこんなことやってんだろうなー、と思いつつ、アーマーで少しだけ護られたエミリィの背中にヘチマを当て──、


 ガチャ、

「おい、追加のお湯────」

 唐突にドアを開けて店主が顔を見せる。

 見せた瞬間固まる。



 シーーーーーーーン。



「どうしたの? お兄ちゃん?」

 エミリィは突然動きを止めたビィトに不思議そうに尋ねる。


 いや、そのね。あのね。

 

 ドアを開けたッきり固まっている店主と、

 エミリィに背後から迫る(そう見える)ビィト。


「…………」

「…………」


 …………。


「か、」


 か?


「──覚悟はあるようだな……」


 いやいやいやいやいや!!

 絶対なんか誤解しているよね? よね!?


 アタシゃ、なんもしてへんでー!!


 風呂くらい、どやっちゅうねん!?

 しゃーないやん!?

 っていうか、マジでなんもしてへんで!!


 ってゆーかー! なんで勝手に入ってくんの!?


 ねえ! ねえ! 姉ぇえ!


 パニックで知らない地方の方言がバンバンでてくるビィト。

 しかし、口にしたのは「あぅあぅあぅあー」とかわけの分からない言葉のみ。

 ……のみ!!


「邪魔したな……本物の漢────」


 バタン……。


 ちょ、ちょっと待ってーーーーーーーー!!!


「やめてーーーーー!! 下いっちゃ、らめぇぇぇぇ」


 ビィトの悲しき悲鳴が響く。

 絶対あの親父、客に言い降らすだろうに……。


 その後、エミリィのあとに、自分も体を洗ったビィトであったが顔はずっと落ち込んでいた。

 その足で下に食事に行くのは酷く覚悟がいったとかなんとか……。


「宿屋って、いいとこだね♪」


 お湯を使ってご機嫌になったエミリィが、ポンポンとベッドで跳ねながら遊んでいる。

 ビィトは湯上りの心地よさも感じることなく、揺り椅子に一人深く腰掛け、口から瘴気を吐きつつボンヤリと天を仰いでいた。


 飯食いに降りたくねー……。

 でも行かないと、ここに泊まった意味が薄れる。


 ちょっとお高めの宿屋に泊まったのは、ダンジョンでの疲れをとる目的もあったが、それ以上にエミリィの苦手意識の克服と、普通の生活を教え、かつ慣れさせる目的もあった。


 だが、それ以前にビィトが普通の生活ができなくなりそうだ。


「はぁ……」

 何度目かのため息をつきつつ、クゥゥー……という空腹の音を隣にいる新しき仲間となった女の子から聞くに至り、

「ご飯、食べに降りようか……」


 エミリィは宿屋に入る前に散々食べたというのに、もうお腹が空いているようだ。

 ビィトは軽く食べただけなのでちょうどいい空腹具合だったが、


「う、うん! いいの?」

「いいよ。いこうか」


 下の食堂も人が増えて着た頃らしい、ここにいてもザワザワとした喧騒を感じるほど。


「好きなものを食べていいからね」

 弱々しく微笑むと、エミリィはベッドの反動を利用してビィトの傍に立つと輝く笑顔でお礼をいう。


「ありがとうお兄ちゃん! 嬉しい!」


 ここのところ割と素直になってきたエミリィ。

 ちょっと前までは遠慮が見られたが、こうして素直にお礼をいえるなんてね。


 頭を軽く撫でると、恥ずかし気に顔を染める。


 ……もっとも、今のところ飯関係のみ素直になったようだけど。

 やれやれ、よっこいしょ────。


 ビィトは酷く重い腰を起こして、エミリィと手をつなぐと……やはり重い足取りで食堂に向かった。





 店主に何て言われる事やら……。


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