◆豹の槍11◆「なんで話を聞かないッ!」

「ううう……お腹空いた。お腹空いた……」


 寝ころんだまま、ガリガリと床を掻き、一人呻いているのはリスティ。

 その視線は恨めし気にリズを睨み付けている。


 彼女はギリギリと歯ぎしりしつつも、

 知らず知らずのうちに手に持つメイスに力が籠っていた。


 一方、


「…………」


 リズは青い顔をして静かに座り込んだまま眠っている。

 ジェイクが出ていってから寝ころぶ姿勢は止め、今は腰の後ろに背嚢を隠す様にして座り込んでいるのだ。


 そう、リスティから背嚢守るために……。


「うううううう……お腹すいたよー……。オナカスイタヨー」


 ユラリと立ち上がるリスティ。


 じーっと、リズをしばらく観察すると、そろりそろりと近づく。

 まるで夜盗の様にゆっくりとと足音を殺して……。


「…………ダメです。ジェイク様が戻るまで待ってください」


 ──ビクリッ。

 リズの静かな制止を受けて、リスティの身体が跳ねる。


 眠っているように見えて、リズはしっかりと周囲に意識を飛ばしていたらしい。

 ここは完全に安全ではないので、いつオーガに居場所がバレるとも知れないのだから当然だ。


 もちろん、「豹の槍パンターランツァ」ならば、オーガの一体や二体どうということはない。


 ジェイクならば数が多くとも、まとめて殲滅してしまうだろう。

 だが、オーガはあれでいて仲間意識が強い。


 仲間の死体を見つけたらすぐに捜索を開始────。


 敵を見つけるまではそう簡単には諦めてくれない。

 ゆえに、体力的にも余裕のない状態でオーガの波状攻撃を受けた場合、どこまで凌ぎきれるかという問題があった。


 それに遊撃戦力として敵を翻弄する役目のリズがこの有様では……、ジェイクが実質一人で戦わねばならない。

 それは酷く分が悪い戦いだ。


 そのため……、ここ『悪鬼の牙城』の一角で隠れ潜むしかないのだ。

 

「……リズぅぅ──アンタが負傷したせいでこんな目にあっているのよ」


「──すみません」

 …………。

 一言謝ると、リズは会話をする気もないのか黙して語らず。


「すみませんんんん~? ……それで済むわけないでしょうがッ!!」

「──大声を出さないでください。オーガに勘付かれます」


 鋭い目付きでリスティを射抜くリズ。

 だが、リスティとて負けてはいない。


「今は近くにいないんでしょ! 聞いたわよ!」


「……リスティ様のお声はよく通ります。……何匹かは既に反応しております。今のところはこちらの特定には至りませんが、……危険です」


「──く…………!」


 正論で黙らされるとリスティには言うべき反論もない。


 だが、

「…………ねぇ、あんたさー。足ぃ──もう感覚ないんでしょ?」

 ニヒヒと厭らしい笑みを浮かべたリスティがなじるようにしつつ、チョンチョンと足先でリズの負傷したそれを撫でる。


「ねぇ……わかる? ──全身に壊死した足から毒が回りつつあるのよ? それ、……解毒するか回復魔法で回復しないと、アナタ長くないわ」


「…………そうでしょうね。もう──ロクに動けそうにありません」


 感情の籠らない目で負傷した足を見つめるリズ。


「ふふふふ。そうよね、そうよね。ねぇ……助けてほしくない?」


 ???


「──と、言いますと?」


 リズにしては珍しく、リスティの言葉に前向きに反応する。

 つらそうに閉じていた目を開き、その深い目の奥でリスティを見据えた。


 まるで深い湖のような純粋すぎるその目に、一瞬だけリスティは怯みそうになるが、

「あ、う……。わ、私が回復させるわよ。…………私なら出来るもの」


「……そうですね。お願いしたいところですが──」


 リズはすぐに首を振ると、また目を閉じた。


「ジェイク様は、「やめろ」と言われました。……正しいと思います。──現状、我々にはあらゆる物資が不足しています。それに、」


 食料、

 医療品、

 ポーション、

 着替え、

 塩等のミネラル、



 そして、──水……。



「──水を浄化するのも、または水魔法で飲料水を生成できるのも、…………ここにはあなたしかいません」


 地底湖の得体のしれない水の浄化──。

 または無から水を生み出す、水魔法による入手。


 それが現在「豹の槍パンターランツァ」の水を得る手段だった。


 地底湖の水を浄化するのが一番魔力の消耗が少なくて済むが、水を得るのも一苦労だ。


 オーガを躱して、窓や入り口にいき、こっそりと水を汲むのだが────。


 その作業ができるのもジェイクしかいない。


 リズも無理を押していこうかと思ったが、

 一度オーガの群れに遭遇して、怪我の匂いを辿られて逃げ回る羽目になり、怪我をさらに悪化させてしまった。


 一度は、足が千切れかけていたのだ……そう簡単に治るものではない。


 リズは水のため、そして魔力温存のため、リスティにその旨をしっかりと伝えた。

 それがジェイクの方針なのだ。


「──知ってるわよそんなこと。…………多分、私の魔力ももうそれほど持たないわ。……アンタの傷を治せるギリギリといったところ」

「でしょうね」


 ふふふふ。

 そこまで言ってリスティはニヤリと笑う。


「でしょう? ねぇねぇ。……知ってるのかしら?」


 膝立ちになり、ジリジリとリズににじり寄るリスティは、

「──なぜジェイクが私達を生かしているのか。……知っているの? 知ってるわよね? リぃズぅぅう」


 まるで、いたぶるように迫るリスティに、

「……さぁ? 私ごときがジェイク様の考えを推し量ろうという気などありませんので──」

 さらりと躱すリズ。

 だが、

「あぁーら、お利口なこと。いつまでたってもいぬの気分が抜けないのね


「…………ッ」


 狗と言われて一瞬だけ頬をひくつかせたリズだが、特に反論しなかった。


「とっくに自由の身になったのに、──未だジェイクのところに身を寄せる理由は何?」


「それは……」


 ニィ、


「愛でもなければ、──お金でもない……そうよね?」

「えぇ」


 ──あははは!

 楽しげに笑うリスティ。


「……生き方を知らない────「自由」の意味が分からない」

「────そう……、かもしれません」


 ふふふふ、


「でも、それだけじゃないでしょう?」


 キラリと目を光らせたリスティは、

「知ってるんだー。私、」


 追い詰めるように、問い詰めるように、


「……アンタ、兄さんのこと──」

「ッッ!!」


 カッと目を開いたリズが、強いまなざしでリスティを睨む。


「び、ビィト様のことは──関係ありません」

「あらあら、あらーー! あは。ムキになっちゃって、かーわいい♪」


 キャハハハ──と笑うリスティは、


「──いいのよ。アナタが誰を思おうと、好きになろうと、──愛そうと、それは……「自由」なんだから」


「ッッ……!」


「あんな成りでも元は貴族。アンタには高嶺の花に見えるかもしれないけど、今はタダのビィト。ビィト・フォルグでしかないのよ?」


「…………」


「……会いたくないの?」

「ッッ!!」


 珍しく感情をあらわにしたリズが、怒りとも、戸惑いとも、驚愕ともつかぬ顔で、口をパクパクと動かす。


「ほぉらね、……知ってるのよ、私ぃぃい。だから、ね?」


「な、なにを……」


 ここに至り、畳みかけるリスティ。


「アナタ、このままじゃ死ぬわよ。だから助けてあげようって言うのよ」


「それは──しかし、」


「私は『水の生成屋さん』──給水器としてジェイクは生かしている。けど、貴方は? ねぇ……」


 ゴクリと、リズの喉が初めて鳴った。


 生かされている理由。

 理由…………。


 つー……と彼女の頬を汗が伝っていく──。


 それをリスティがチロリと舐めとると、

 うっとりとそれを飲み込み、「リズって、とぉぉっても甘~い♪」と囁く。




「────新鮮なお肉……食ぁべたぁいなぁぁー♪」




 ふふふふふふふふふふふ……。


「…………ッ」


 リズも薄々は気付いていた。

 リスティはとっくに気付いていた。


 ここは弱肉強食の最強最悪のダンジョン────地獄の窯。


 弱いものは食われ────二度と生きて戻れない……。







 ──ダンジョンなのだ。




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