◆豹の槍8◆「なんでコソコソしてるんだ!」

「ジェイク様……ジェイク様!」


 ゆさゆさと体を揺さぶられて目が覚めたジェイク。

 彼の目の前には美しい顔の小柄な少女──リズがいた。

 彼女は無表情ながらも、心配そうな表情で覗き込んでおり、気気遣かってくれている。


「あ、あぁ……リズか」


 どうやら随分本気で寝込んでいたらしい。

 空腹もさることながら、ここに来て神経が休まらないせいだろう。一度寝込んでしまえば、その眠りは深く容易に覚めない。

 だが、これは危険な兆候だった。

 リスティの結界が使えない以上、完全に安全な場所などダンジョンにはないのだから……。


「──どうした? 何があった……?」


 チラリと視線を向けた先ではリスティはまだ眠り込んでいる。

 懸念していた食料泥棒でも出たのかと思ったが──食料はジェイクは頭の下に敷いており、無事だ。


「いえ、とくには────ただ、オーガの気配が近辺から遠ざかっています。今ならチャンスかと、」


 それを言うと、リズは自ら起き上がり外へ向かおうとする。


「私が様子を見てまいります。ジェイクさ────うぐ!」

 それだけ言った後、リズは急に表情を歪め寝床にへたり込んでしまう。


「何やってんだ! お前に行けるわけがないだろうが……。──ち、厄介なときに、厄介な怪我をしやがって、──厄介だな……」


 本気で面倒そうにリズの足に目を向けるジェイク。


 彼女の左足は赤紫色に変色しており、ちょっと考えられないくらいに腫れている。

 その様子から、なんらかの毒物による怪我だと察せられた。


 幸いにも応急処置が功を奏したらしく、止血帯を巻いている膝より上は異常がなさそうだった。

 だが、毒の回りは足の周辺に抑えられても、怪我をした足が良くなるわけではない。


 毒もすでに効果を失っているようだが、代わりに壊死した組織と、今まさに進行している壊死のため酷く化膿しているのだ。


 微かに悪臭も漂っている……。


「俺が行く。お前はそこでリスティと待ってろ。……いいな、食料は配給以上に食うなよ。…………リスティにも渡すな──これが厳命だ!」

「は、はい!」


 痛みと鈍痛に顔をしかめながらもリズは頷く。

 本来、訓練によって痛み等に強いはずのリズであったが、この表情を見るにその激痛は相当なものなのだろう。


 ジェイクはリスティに用意させた・・・・・・・・・・水の入った水筒だけを手にして、起き上がる。


「1時間で戻る……。交渉がうまくいけばいいが……最低でも何か・・食料を入手してこよう」

「ご無事でありますよう──」


 ……ち。

 お前の怪我がなければな。


 ──小さく嘆息したジェイク。


(こんなクソ面倒なことは……こいつに行かせるところなんだが)


 ジェイクは苦々しい表情のまま立ち上がると、愛刀を手にして潜伏場所から這い出ていった。


 空気も悪く薄暗い灰貯めの狭っ苦しい空間に比べれば、雲泥の差を感じる外。凄まじい解放感を感じた。


 だが、そこは悪鬼が徘徊する空間だ。解放感のかわりに危険がつきまとう。


 そこへ、ソロリと這い出たジェイク。彼は慎重に周囲を窺う。


 ジェイクにはリズのような敵を探知するスキルはないものの、生来の勘の良さと鍛え上げた能力の底力から、なんとなく敵の気配くらいなら感じ取れた。


 もっとも、スキルとは違いそれは五感を頼みにしたものなので、あくまで感覚的なものだ。


(本当にいないな……?)


 ススーと、潜伏場所から音もなく出ると隠れていた暖炉から一気に距離をとり疾駆する。


 身体は万全ではないとはいえ、ジェイクほどの腕前の者なら、その不調をも無視して戦闘に集中することができた。


 もっともそれは常に神経を張った状態なわけだが……。


 スタン、スタン! と、飛び跳ねる様に進み、物陰を拾いながら前へ前へと──。

 幸いにも巨大な牙城の内部は、人間一人が隠れるにはうってつけの場所が多数あり、進むこと自体に問題はない。


 そうして、一気に進むこと十数分ほど。

 ジェイクは牙城の入り口付近にたどり着いていた。


「ち……やっぱり復活してやがるか」


 彼の視線の先には牙城の入り口を護る様に二体のオーガが立っていた。

 体躯は赤と青の二匹。


 巨大な棍棒を持った赤いオーガと、馬鹿みたいに長い爪をした青いオーガ。


 そいつらは牙城の門番だと言われている。


 実際、二匹の視線の先は牙城の入り口の門に向けられており城の内部からきたジェイクには気付いてもいなかった。


(一気に仕留めるッ)


 チャキと鯉口を静かに切ると、抜刀の手前手止める。

 親指だけは剣に添えており、すぐにでも抜き出せる体勢で一気に突っ走った。


《グルォ!?》


 背後から迫る足音に気付いた青いオーガがジェイクに気付く。

 赤いオーガは未だ気付いていない様だが、青いオーガの様子に何か気付いて、彼に問うていた。

 が……そんな悠長なことをしてかなうと思っているのか!


 一匹は気付き、一匹は未だ気付かず────。


《ぐるぉぉぉおお!!》


 大声をあげて振り向いた青いオーガが───。

 そしてようやく気付いた赤いオーガだが、……もう遅い────!!


 気付いた敵と、気付いていない敵──。どっちをしとめる?


 きまってる────まだ気づいてない方だ!


「首が、がら空きだッ!」


 タンッ! とおもいきりよく跳躍すると、走った勢いのまま赤いオーガを切り裂いた。

 ずばぁぁ!

 ──ドン、ごろり…………。

 ジェイクの剣が煌めき、神速の居合切りを放つ──! 


《ぐぅぉおおおおおお!!》


 相方を一瞬で惨殺された青いオーガが怒り狂って爪による斬撃を繰り出してくる。

 まずは右手の5本の爪による斬撃ッ!


「おせぇ!」


 その爪の間を体を丸めて潜り抜けると、二撃目を繰り出そうとして左手の肩口に刀を叩き込む──。

「らあぁああ!」


 分厚く硬い筋繊維を切り裂く感触を僅かに感じるも、ジェイクの持つ銘刀はそれすらも煩わしいとばかり、刃の鋭さのみで切り裂いていく。


《ぐぉおおおお!!??》


 ブシャ! と血が飛び散るも完全に無視──返す刀で右手の手首から先を切り飛ばすと、くるりと刀を返して刃を真上に向けると、


「とどめぇ!」


 逆袈裟気味に真上に斬り抜くと股間から顎先まで一気に切り裂き、素早く背後に飛びのく。

 その瞬間にブババババッ! ──オーガの腸と真っ黒な血が噴き出し床を汚した。


 ゴフゥ……と最後の息を吐いて、青いオーガも地響きを立てて倒れ伏した。


「ふぅ……一々、再出現リポップしやがって……」


 ポィン! とドロップ品の鬼の爪に鬼の角が湧き出たので、一応拾っておく。

 こんな物でも交渉品になるかもしれない。すでに大量に入手・・・・・しているのだが……。 


 刀を振り、刀身に滑る血を振り払うと懐紙で軽く拭って鞘に納めた。


「……連中、いるだろうな」


 そっと、正面扉に近づくとゴギギギギ……と重々しい音を立てて扉を開いていく。

 体力を消耗した今ではこの作業も酷く疲れる。以前開けっ放しにしておいたのだが、いつの間にか閉っているのだから始末に負えない。


「ふぅ……」


 無駄な戦闘、重量物の移動……神経を使う潜伏行動。

 そして────。



 びゅぅぅうううう──…………。


 ダンジョン内ではあるが、外と言った雰囲気の牙城の先。

 分厚く幅の広い跳ね橋がそこにはあった。






「やっぱりいやがったな……」

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