◆豹の槍7◆「なんで隠れてる!?」

 ズシン……。ズシン……!


《ゴルルルルルルルル……》


 薄闇に沈む牙城に足音が響く。それを息を殺して窺うものが一人。


(ち……まだうろついてやがる)


 そっと、巨大な暖炉の隅から外を窺うジェイク。

 彼の視線の先では、紫色の体躯をしたオーガが暖炉の周りをうろついていた。

 うろうろしつつも、時折クンクンと鼻を鳴らし匂いを探っているらしい。


「(ちょっとジェイク! あんまり姿を出さないで!)」

 小声にしては大きな声でリスティが呼びかける。

「うるせぇ!」


《グルルッ?!!!》


 ズンズン!


(やば!)


 思わず出した大声にオーガが反応する。

 そして、ぬぅ──と暖炉の中を覗き込んだ。


 …………。


 くんくん……。


《グルルルルルルルルウル……?》


 くんくん……。


 しばらく匂いを嗅ぎ、積もった灰の化石の跡をガリガリと掻きむしっていたが、そのうちに興味を失ったようにその場を去っていった。


 ズン、ズン、ズン、ズゥン……。


(ふーーーー……)


 ジェイクは暖炉の────奥にある、灰溜めの中から深い安堵の息をついた。


「心臓に悪いぜ……」

 実際、バックンバックンと跳ねる心臓。それをググと抑えながら、背中につけていた壁越しにズルズルと滑りつつ床にへたり込んだ。


「ちょっと! 大声出すからでしょ? どうせなら殺せばいいじゃない!」

 キンキンとやかましい声を上げる高位神官ハイプリーストのリスティ。その声にうんざりした目をむけると、


「……何回言わせりゃ気が済むんだ!」


 吐き捨てるジェイクの言葉に、リスティも食って掛かる。


「何回でも聞くわよ! 何回でも言ってやる! ──アンタの無策のせいでこんな事になっているんでしょう!」


 はぁはぁ……! と肩で息をしているリスティだが、顔色がひどく悪い。それは怒りのせいばかりではないだろう。


「いい加減だまれ……! お前の繰り言に付き合って体力を消耗する気はないッ」


 普段ならもっと食って掛かるであろうジェイクだが、今回ばかりは随分とおとなしい。

 見ればジェイクも疲弊し顔色がひどく悪かった。


「くぅ……なんでよ! なんでこんなことになってんのよ!」


 ジェイクがまともに相手をしないことに気づくと、リスティは目に涙を浮かべながらソロソロと奥に引っ込んでいった。


 ここは普通の暖炉の中でも相当に大きいので十分に人が入れるのだが、やはり広いといえるほどでもなく、奥の灰溜めにいたっては空気の通りも悪い。

 もともとの環境ゆえ、どこか灰の匂いが籠っている気がする場所だった。


 だが、不幸中の幸い、おかげで匂いが混ざりオーガに気づかれにくいという利点もあったらしい。


 そんな狭くて暗くて臭い空間に三人の男女が隠れており、ヨロヨロと歩くジェイクもリスティの後を追うように奥へと進んでいった。


 そこは少しだけこんな殺風景な空間においても生活的な場所であり、少しばかりの旅荷物と毛布が敷かれていた。


 そこには……。


「ジェイク様……ご無事ですか?」

 この中でも最も顔色を悪くした少女が、ぐぐぐ……と体を起こしてジェイクに声をかける。


「──寝てろ」


 しかし、ジェイクはそっけなくリズに言いつけると、部屋の奥にドカっと腰掛け、薄く目を閉じてしまった。


 しかし、その前に隅でゴソゴソと動いているリスティに向かって──。


「触るな」


 ドン! と、彼女が触れていた背嚢へ鞘に収まった刀を乗せた。


「ちょ! ど、どけてよ!」


 抗議の声をあげるリスティは、ぐいぐいとその刀をどけようと四苦八苦する。だが、ジェイクが多少なりとも力を込めているのだろう──びくともしないようだ。


「おい、何の真似だ。あぁん!? ……食料は今朝渡しただろう。……次の配給は明日の朝だ。何べんも言わせるな、……寝ろ」

 ジロリと片目だけ薄く開けると殺気のこもった眼でリスティをにらみつける。


 その目に怯えたように身をすくめるリスティだったが、

「い、いやよ! け、今朝だって固パンを半分だったじゃない! た、足りないわよ! お腹空いたのよ! ねぇ!」


「聞き分けろ。……それで、凌ぐしかない」


 自身もそれだけしか食べていないのだ。

 ギュルルルルとなる腹を抑えて耐えるジェイク。


「じゃ、じゃぁリズの! リズの分を頂戴! ね? それなら、いいでしょ?! ねーリズぅ? くれるよねー?」

「ふざけるな……! 少しの辛抱だと言っているだろう」


 イラついたまま声を荒げるジェイクに、


「い……いいんです。リスティ様に──」

「ダメだ。……少なくとも、今はな……。いよいよとなったらその時は俺が決める。……いいな」

「は、はい……」

 そう言われてしまってはジェイクに忠誠を誓う彼女に反論しようもない。


 ひどく負傷した・・・・足を庇うようにしてリズは横たわった。


「なによぉ……リスティはいいって言ったじゃない!」


「だめだ……(今はな)」


 有無を言わせぬ言葉に、リスティは涙目になりながらも恨めし気に背嚢から離れるとペタンを力なく座り込んでしまった。


 毛布に潜り込む気にもなれないようだ。


「寝てろ……体力を使うな」


 グゥゥ、ギュルルル……再び鳴る腹に、ジェイク自身も背嚢の食料をすべて食べてしまいたい衝動に駆られる。

 だが、……必死で耐えた。

 今、それをやると間違いなく詰む。


 打開できる状況までの辛抱だ。

 それには、……相当耐えなければならない。


 そう、かなりの忍耐を以て、だ。

 いつ来るかもしれない救助を待つためにも……。今は耐えるしかない。


(救助が来れば…………、だがな──)


 チラリと目を向けた背嚢はたったの一個。

 リズが持っていた小さなものが一つだけだった。





 残りの背嚢は?


 それ以前に雇ったというA級のパーティはどこに……。

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