◆豹の槍9◆「なんでこんな奴等に!」

 ──やっぱりいやがったな……。



 ジェイクの視線の先──半分だけ降ろされ、半分だけ跳ね上がった状態の跳ね橋。その根元に奴ら・・はいた。


 粗末な天幕とその周囲で燃えている焚火。

 焚き火では簡単な料理が行われているらしく、パチパチと油の弾ける音が聞こえてきた。

 どうやら、塩漬け肉か調味料に漬け込んだベーコンでも炙っているのだろう。

 ここまで漂ってくる肉を炙るよい香りに匂いに思わず喉がなる。


 距離はさほどでもない。

 香りが届くくらいだ。当然ながら、その下卑た笑い声すら聞こえてきた。


 そこに向かってジェイクは歩を進めていく。


 ギィ、ギィ……と跳ね橋が鳴るのも構わず、連中の────雇ったAランクパーティの下へ。


 ……ただし、幅の広い堀のうち──跳ね橋の半分までだが、


「(ん? おい……見ろよ。ジェイクさんだぜ)」

「(ぎゃはは──んん? おぉー本当だ。まぁだ生きてるぜ!)」


 のっそりと起き上がった男達。Aランクパ―ティ「鉄の拳アイアンフィスト」の連中だ。


「(おい、みんな起きろ! ジェイクさんだぜ、うひゃははは!)」


 遠くに離れていても連中のだみ声はここまで響いてくる。

 そして、数名の男達は特に構えるでもなく、ニヤニヤと対岸の野営地からジェイクを眺めると、


「よぉぉ! どうしたんだいジェイクさんよー」

「先に進まないのかい? ひひひ! 最強パーティなんだろー?」


 く……。

 誰のせいで……──。


 ギリギリと歯が噛み鳴らされるも、ジェイクはぐぐぐ、と拳を握るのみ──彼にしては忍耐強く堪えて、努めて冷静な声で応じた。


「物資が入用いりようだ……。返してもらおうか?」


 …………。


「はぁぁぁあん? よく聞こえねぇなー」


 ぐぐ、

 この野郎──。


「──俺達の……俺の物資を返せッ!!」


 挑発にならないように、ジェイクも端的に返す。


 しかし、連中は圧倒的優位にいることを知っているため、まとめに答えるはずがない。


「か・え・せ……だぁぁあ?! あああん、ゴラ……口の利き方がなってないんじゃないか? ジェイクよぉ」


 ニタニタと厭らしい笑みでジェイクをなじるクソ野郎ども。


「か・え・し・て・く・だ・さ・い……だろ? ええゴラ?!」


 ギリギリギリ……!!

 ジェイクの拳が、刀の柄を思いっっっきり握りしめる。

 あまりに力を籠めているものだから手が真っ白になっていた。


「ほらほら~?」「ひゃはははは!」「言って言って~」「ジェイクさんのいいとこみてみたい~」


 はやし立てる「鉄の拳アイアンフィスト」の連中によって短気なジェイクが歯を食いしばって耐える。

 その顔色たるや……。

 ジェイクの顔色は、もはや真っ赤から──真っ黒になるほど怒り狂っている。

 だが、


「か」


 表情筋が死んでしまったかの様に、一転して──すぅーと無表情に。


「か?」「か、なによ?」「ほらほら~」


 …………。


「──返してください……」


 ────────しーん……。


 静まり返る跳ね橋の上のジェイクと、対岸の「鉄の拳アイアンフィスト」。


 しかし、それは一瞬のことで……。


「ぶふッ……!」

「ぶははははははは!!」


「「「「ぎゃはははははははははははは!!!」」」」


 哄笑となってダンジョンに響き渡った。


「ひーひー! は、腹が苦しい、うひひひひ!」

「き、きいたか!? 「か、かえしてくださいぃ~~ん」だってよ──」

「ひゃはははははは! あ、あのジェイクが! か、かえし……。ぎゃっははははは!!」


 わははははは、うひひひひひ、げらげらげらげら!


 モンスター蠢くダンジョン内で大笑いするAランクパーティ。

 だが、対して能面のように表情を凍り付かせていたジェイクからは、


 そのうちに、バリリ──と口中で音が響く。


 凄まじい音であったので、何事かと思えば彼の口の端から血が一筋……。

 ──つつーと垂れてきた。


「ひひひ……ジェイクよぉぉぉぉおお……。ちょ~~~~っとばかし誠意ってもんが足りねぇんじゃないか?」

「そーそーそー」


 言いたいだけ言う「鉄の拳アイアンフィスト」の連中は更に調子に乗ると、


「言葉じゃ~足りねぇ。わかるな?」

「………………何が欲しい」


 怒りのあまりに震えそうになる声。

 それを押さえつつ──、


「──欲しいものはもう渡しただろう。金……地図。マジックアイテム。まだ足りないか? ドロップ品ならいくらでもくれてやる」


 そう。

 そうなのだ。


 ジェイクが言うように、彼は渡すものはもうほとんどを渡していた。

 

 ──「鉄の拳アイアンフィスト」に騙されたらしいジェイクたち。

 彼等は先行して牙城に突入したときに、対岸にいた奴等によって跳ね橋を境に分断されてしまった。


 そのときに──全てを……。


「いやいやいや。まだあるじゃねぇか?」

 

 リーダー格の男はニヤニヤと笑いつつ、


「食料や物資が欲しいんだろ? そっちの手持ちはあとどれくらいだ? ……くくく」


 リーダーの足元には大量の食糧などが詰まった背嚢がある。

 ジェイクが深部探索のために、なけなしの金を叩いて買い集めた物資だ。

 そして、それらを運ぶ強力な荷運びポーター達……。


 いや、元荷運びか……。

 今はタダのたかり屋──否、盗賊だ。


「お前らには関係ない……。元の物資を返して欲しいだけだ。もう仕事はいいから、俺達の物資を返してくれ」

「俺達? 何言ってんだ、お前の分なら考えなくもないぜ? お前の分だけならな……」


 少しニュアンスの違いを直すリーダー格にジェイクは訝しがる。

 何が言いたいんだ──と。


「ほら、お前んとこの女二人────……それを貰おうかな? ダンジョン内で退屈してんだよ。……お前が干上がるのを待つのも中々苦痛なんでな。ひゃはははは!」





 ……ゲスめ。

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