第15話「なんていうか、部屋を確認しよう」

 バターン!


「よいしょ……」

 部屋の扉を締めると、階下の食堂から響く人の声が間遠になる。


 肩に担いでいたエミリィをゆっくりと床に降ろしてやる。


「エミリィ。……エミリィ?」

「うぅ……」


 顔色を悪くしたエミリィがヨロヨロと起き上がる。

 そして、


「ど、どこに入ればいいの?」


 狭い部屋をぐるっと見回す。


 そこには、備え付けのベッドが一つ。揺り椅子が一つ。書き物机が一つ。そして湯桶があるだけの簡素の部屋だった。


 服や装備を仕舞うクローゼットもあるが、中には何もない。


 キョロキョロと見回すエミリィだが、彼女の探し物はビィトにはわからなかったが──────……あ。もしかして?


「奴隷専用の部屋なんかないよ。……ほら、これで全部」


 ガチャっとクローゼットを開けるも、そこには寒々しい空気が入っているだけで何もない。

 微かに前の使用者の香りが残っている気もしたが、古い家具の匂いに混ざってよくわからなくなっている。


「そこに入るの?」


 チョコチョコと歩きクローゼットに入ろうとするエミリィ────……いや、ホンっっト君ぃ……徹底してるね!?


「入らないから! ほら、ここは服とかを仕舞うとこ! 見てッ……人は入れないでしょ?」


 入れなくはないが、ここで寝泊まりするのはかなり困難だ。

 奴隷宿の奴隷部屋より狭いし、暗い。


「で、でも……」


 暗い顔をするエミリィだが、

「もう……君は自由なんだよ? 奴隷契約も、いずれ解除しよう? 俺にはやり方がわからなくて……。ほら、ね……俺は君の仲間で、主人じゃない」


 少し視線を落とすために屈むと、エミリィと視線を合わせる。


「う、うん……」

 本当に分かっているのか甚だ怪しいが、一応頷いてくれた。


「うん! 分かったらエミリィものんびり過ごして。ほらベッドは君が使っていいよ。俺はコッチの揺り椅子を使うから」


 寝具は一つしかないが、ダンジョン探索用の毛布がある。

 揺り椅子も大きめなので寝るには十分だ。


「そ、そんな悪いよ! ベッドはお兄ちゃんが使ってよ」

 エミリィはとんでもないとばかりに固辞するが、……もう面倒くさい!


「いいから、エミリィはベッドを使う! それでいいね!?」

 ちょっと強めの口調で言うと、エミリィはシュンとして頷く。


「は、はい」


 その様子にビィトは少し胸を痛めるが、エミリィにはこうして少しずつ奴隷以外の生活を知っていってもらわないといけないかもしれない。


 今までの彼女の人生の大半を占めていた生活は、奴隷生活が基準のため──それは本当に大変な道のりなのだろうが……。


 コンコン……。


「? はい」


 ノックに気付いてビィトが扉を開けると、大きなヤカンと水桶を持った店主がいた。


「湯だ。入るぞ?」

「あ、あぁ」


 そう言えば湯浴みを頼んでいたな。


「お楽しみのところすまんな。さっさと準備して出ていくから」

 イラッ……。


「そういうのやめてくれよ! もうーーー!」


 さすがに今日一日でビィトとしてはこの手のやり取りに、いっぱいいっぱいだった。


 一々否定するのも段々バカバカしくなる始末。


「お、おう? す、すまん?」

「エミリィは仲間なんだよ! 俺の大切な仲間! オッサンが考えてるような下世話な関係じゃない! ……下の連中にも言っといてくれ」


 はっきり言っておかないと飯を食べに降りるときにも変な注目を浴びそうでウンザリだ。

 ビィトはともかく、エミリィが委縮してしまいそうだ。

「あぁ、すまん……最近は冒険者の質も落ちているからな……」


 おいおい、俺がそうだってのか? 

 ビィトとしては聞き捨てならない話だが、

「質の問題じゃない。……覚悟の問題だろ?」


 そうだ。

 食い詰めたが故に冒険者になるのと、更なる高みを目指すために冒険者になるのとでは違う。


 ジェイクは違った……。だから強い。

 リスティも彼に惚れたのはそういうところだろう。


 ビィトはどれも中途半端だったから、追い出された。

 きっとそうだ。


「──そうかもな」

 そう言って、部屋にズカズカ入って来た店主は湯桶を部屋の真ん中に引っ張り出し水を桶からダパーとあけた。

 かなりの重さだろうに……すごいな。


 その時ちらりと見えたのは、小指の欠けた左手だ。


 ……多分、彼が冒険者を辞めた理由。

 覚悟のあった冒険者のなれの果て……。


「ん? ──あぁ、……昔のことだ」

 ビィトの視線に気づいた店主は肩をすくめる。


 彼の言う昔がいつかは知らないが、鍛え上げられた体は、衰えを全く感じさせない。

 単純な戦力で言えばベン程度の冒険者なら束になっても敵わない強さだろう。


「……湯は自分で調整しろ、ここに置いとく」

「ありがとう」


 何か言おうとしたビィトだったが、店主は湯の入ったヤカンを置くと、さっさと部屋を出ていってしまった。


 ──覚悟か……。悪い事言ったなぁ。


 恐らく、店主は──ビィトのいうところの、いわゆる覚悟のある冒険者だったのだろう。でなければ引退後に宿屋を立てる資金など作れない。


 食い詰めたが故の冒険者ではなく、冒険者として生計を立てることを志していた。

 だから、預金もあったし、宿屋を立てるコネもあった。


 面積に限りのあるダンジョン都市では固定住居は、おいそれと建てることも出来ないのだから。

 表の露天街を見ればわかるというもの。


「ふぅ……」

「ど、どうしたの?」


 所在無げにベッドに腰かけていたエミリィだが、ビィトの表情に少し怯えがちに声をかける。





「なんでもないよ──お風呂にしよう?」

「う、うん!!」

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