第16話「なんていうか、お湯を準備しよう」
エミリィは最近風呂好きになった。
ビィトシャワー(第40話参照)が事の発端だが、それでも綺麗好きなことはいい。
意外と軽視されがちだが、清潔にするということは長期間の行動において欠かせない。
欠かせないが────難しい、というのが現状。
しかもだ。そもそも冒険者には清潔を保つという概念があまりない。
そのため、平気で一、二ヶ月は体を洗わない連中もいるし、そもそも風呂に入ったことがない奴もいる。
その点で言えばエミリィもそうなるのだが……。
だが。
だが、だ。
身体を洗わなければ皮膚疾患になるし、体臭はモンスターを引き寄せる。
痒さや、ベタつき、匂いが気になりだしたら睡眠の質も落ちるし、パーティの仲間同士の不和にもなる。
自分の匂いは余り気付かないが、他人の匂いは気になるのだ。
例え慣れてきても、ちょっとしたタイミングで気になり始める。
それがために喧嘩になることもあるだろう。
ゆえに、清潔大事……。
だからお金を払ってもお風呂に入るのだ。
ビィトならお湯くらい作れるだろうって?
…………。
それはね、定食屋に入って水だけ注文して持ち込んだ弁当を食べるようなものです……。
常識──これも大事です。
というわけで、わざわざお金を出して購入した貴重なお湯を──ビィトは湯加減を調整しながら、湯桶に注いでいく。
熱湯を使うのは至極簡単な理由。
適温にしたお湯を運ぶなんて不可能なので、こうして水をあらかじめ注いでおいて、後から熱湯を入れて適温にするのだ。
ここの水は井戸由来なのだろうか?
さほど冷たくもなく、かといってぬるいわけでもないのでお湯との相性がよさそうだ。
トクトクと注いでいきつつ、手を入れて湯温を確認。
その時、ヤカンの方からフワリと良い匂いが漂ってきた。
「ん?」
なんだろうこれ……。
適温になったところで、ヤカンの蓋を開けると中には黄色い──皮の厚そうな果実が三つ。
「良いにおい……」
スゥー、と緊張していたエミリィが柔らかな香りにうっとりと表情を綻ばせる。
「本当だね。柑橘系の……なんだろう」
「うーん……ミカンのような匂い?」
うーむ。それよりももっと香りが強いけど、まぁいいや。
「じゃ、エミリィ──おれは下で待ってるから」
「え!?」
部屋を出ようとするビィトにエミリィが絶望的な顔をする。
「い、いや! い、いかないで!」
「? いや、すぐ下にいくだけだよ。宿にもいるし……」
そういってもエミリィは顔を強張らせて今にも泣きだしそう。
「やだ! おいてかないで、閉じ込めないで!」
「い、いや──その。……か、鍵は閉めたほうがいいけど、エミリィが言うなら開けとくよ?」
「やだ! また閉じ込められるのは嫌だ! いかないで!」
こ、これは重症だな……。
奴隷部屋に閉じ込められるのは良いけど、知らない部屋にポツンと放置されるのは嫌らしい。
といってもな……。
「すぐ外で待ってるから。それならいいかい? お風呂が終わったら──」
「いや!」
ガシ! っと少女とは思えない力でビィトにしがみ付く。
「え、エミリィ……」
えー……どうしろってんだよ。
「せ、せっかくのお湯だよ? 入ろう?」
ぶんぶんぶん!
「いい! いらない! 一緒にいて!」
「いや、そういうわけにも……エミリィは池の水に入ったから洗い流した方がいいんだよ」
「いい! そんなのいい!」
がっちりと腕をホールドされるとビィトは困ってしまい……。
「お湯……もったいないなー」
がっくりと頭を垂れる。この分だとビィトも湯を使うことができなさそうだ。
一生こんな風になるはずもないだろうが……エミリィは奴隷人生が長すぎた。
一般社会に馴染むには少しばかり時間がかかる。
しかし、それを待っている間にお湯はとっっっっっっくに覚めてしまうだろう。
「い、一緒ならいい……」
エミリィがフルフル震えながら懇願する。
……そうかー。一緒ならいいかー。
…………。
ん?
一緒??
って、はいぃぃ?
今、一緒って聞こえましたがー……パードゥン?
「お願い! お兄ちゃん、一緒に入って……」
「そ、それは無理……。さすがに無理!」
ビィトは鼻を押さえつつ、悶絶。一緒に入るところを想像して一人悶絶。
いやいやいやいや! 初めてじゃないよ?
ほら……! 黄金の池。あそこで、いっしょに温泉もどきを、だね。
あ、でも……あれはノーカン?
服着てたし……。
そうだよ。一度黄金の池で入ったけど、あれは色々不可抗力。作業も兼ねていたからね……。
「じゃ、いらない!!」
「むー……」
これは、あれかね?
嬉し恥ずかし、混浴タイム? このちっこい湯桶で!?
おぅふ……。
色々アウトな気がしてならないー……。
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