第14話「なんて言うか、お泊りしよう」
「ふああー……!」
宿屋の立ち並ぶ区画を歩いて探すこと数分。ビィトは財布事情と勘案してそこそこのグレードの宿を選んだ。
今目の前に聳えるのは一泊銀貨2枚程度の宿だ。ちなみに食堂付き。
エミリィは感嘆の声を上げたッきりポケーっと見ている。
街中を歩くことはあっても、宿屋区画に用事などなかったので今まで来たこともなかったらしい。
奴隷商人たちが利用する場所とは全然場所が違うのだ。
「今日はここに泊まるよ、さ──行こ」
ビィトはエミリィの手を引いて中に入ろうとするが、
「え……で、でも」
ガシリとビィトの腕を掴むと、その場に引き留めようとする。
「な、なに?」
フルフルと首を振り、
「わ、私こんなとこ入れないよ……」
彼女にとってはここはお金持ちや、奴隷以外の人間が入る場所なのだろう。
お金持ちと言うほど高級宿でもない。そんな宿に泊まるのはどっかの国の要人くらいなもの。「
ここはそこそこに懐が温かく、そして規模の小さなパーティが使う宿だ。
「
一泊の値段は銀貨1~2枚程度だろう。
「大丈夫だから……行こう、ほらッ」
嫌がるエミリィを宿に無理やり引っ張り込むビィト……。
少女を無理矢理宿に連れ込む男──相変わらず凄い絵面だ。
眉を顰める近所の宿屋のオバサン連中が多数あるというのに、二人はそれに気付かない。
そもそも、エミリィは奴隷だなんだというが、それ以前にC級の冒険者だ。この街ではそれこそが意味を持つ。
けっして上位と言うわけではないが、中堅クラス並みには働ける。
……いや、エミリィの実力なら恐らくB~A級の腕前はあるとみて間違いない。
今までろくに訓練もせず、貧弱な装備だけで、何度も何度も何度も……ベン達のような奴隷使いに連れられてダンジョンから生還しているというのは、常識的には考えられない。
初めて出会った時に、彼女はベンの保有するたった一人の奴隷であったが、それは彼女以外が全滅し──彼女だけが生き残ったという事。
実力……そして、生い立ちこそ不幸であれ、今の彼女の持つリアルな
──エミリィ。恐ろしい子。
なのに……、
「やだ! 石投げられる! 怖い人に追い出される!」
ブンブンと首を降って頑なに否定。段々ビィトも手に負えなくなって無理やり引っ張る始末。
……ここまで激しく抵抗し、奴隷の扱いにこだわるくらいなら、大人しく奴隷商人用の宿に泊まってもいい気もするが……(もちろん、檻に入れるのではなく、同じ主人用の部屋に泊まるのだ)。
「エミリィ! いい加減にしろッ。……この街に奴隷を宿屋に泊めてはいけない──なんて法はないんだ!」
そもそもそんな法律がある国は過少だろう。ビィトをして聞いたことがない。
奴隷商人用の宿はあくまで商人側の都合だ。
もし、奴隷が逃げずに、主人に忠実ならば──別に普通の宿でもいい。
逃亡したり、寝首をかかれたり……単に宿代をケチりたかったり、面倒くさいときに利用するのが奴隷商人用の宿だ。
まぁ、大抵はすべて上記に当てはまるわけだが……。
「いやぁぁっぁ!」
ブン! と無理やり腕を振りほどかれるが、ビィトは構わずエミリィの首根っこを掴んで抱き上げる。
ヒョイっと肩に担いでエミリィを無視して中に、「やだ! 離してー!!」ポカポカと背中を叩かれるが、無視だ無視!
顔の横にはエミリィのケツがプリっと出てるが無視だ……ウッ。む、無視だ!
ガチャ──ぎぃぃ。
「いらっしゃ、……い」
宿屋の店主は外の騒ぎを聞きつけていたのだろう。厄介そうな客だなー……と顔に浮かんでいた。しかし、それでもまさか少女を担いでケツ丸出し(一応ビキニアーマーである!)で突入してくるとは思わなかったのだろう。
引き攣った顔がピクリと震える。
料理人の格好をしているのは併設されている食堂の料理長も兼ねているのだろう。
疎らな客の大半はノンビリとお茶をすすりつつ、興味深そうにビィと達を見ていた。
「あー……そのぉ、お客さん、」
「すまん。前金で払うから──」
そう言ってさっさと、銀貨を渡すと店主は肩をすくめて、
「んー……ベッドをあんまし汚さんでくれよ。シーツ代は汚れ具合に──……」
「ちょ、ちょちょちょ、変なことに使わないって! ただ宿泊だよ!」
ベッドにシーツを汚すって……いかがわしいことでもすると思ってるの!? ……思ってるよね、これ。
「ふん……部屋は一つしか空きはない。奥の205号室だ」
ビィトから受け取った銀貨を眺めながら、ピィンと弾いてパシリと握り込むと、店主は代わりに鍵を一つくれた。
受け取る際に見えたが、ゴツイ腕だ……。
料理人も兼ねているらしく、フライパンを毎日握っているということもあるのだろうが、おそらく彼は元冒険者。
引退後に宿屋を始めたのだろう。それゆえ、冒険者の流儀が良く分かっている。
――こまけぇことはいいんだよ! ってやつである。
……ちゃんとお金も払ったしね。
「素泊まりならこれでいい。──食堂利用、湯浴み、その他諸々のサービスはチェックアウトの時に清算だ」
「わかった。……とりあえず、汗を流したい。──湯をもらえるか?」
ダンジョン内で黄金の池風呂に入ったとはいえ、あれは有毒な池。しっかりと体を洗った方がいいいだろう。とくにエミリィはビィトと違い解毒魔法が使えるわけじゃない。
遅効性の毒や、皮膚疾患を起こすものなら危険だ。
「あぃよ。あとで持っていく。湯は──……二人で一緒に使うのか?」
「ブッ! 一人ずつだよ! だから二人分くれ! 湯桶は、」
「部屋にある。……二人分ね。湯は一人分ずつ、あとで時間差を置いて運ぶ。それでいいな?」
「あ、あぁ……言っとくが、エミリィは仲間だ。変な関係じゃないぞ?」
といいつつも、ビィトが担いでいるせいでローブが剥げて、ビキニアーマーと首輪が丸見え。奴隷だと一目でわかる。
エミリィはさっきまで暴れていたのに、店主の視線に怯えて縮こまってしまった。
プルプルと震えて子犬のようだが……。その様子が一層ビィトを怪しい男に見せている。
「
知る人ぞ知る冒険者。あまり周囲に興味を持たない連中なら、ビィトのことは聞けば思い出すと言った程度だろう。
この場でのビィトは、少女を担いだ怪しい男……。
嫌がる女の子を部屋に連れ込もうとしている、街が街なら即お縄に掛かるに違いない。
幸いにも、ここはダンジョン都市。よかったなビィト君。
好奇心丸出しでこちらを注視している目に気付くと、ビィトは慌てて鍵を持って階段を駆け上がっていってしまった。
その様こそ、一刻も早く部屋に潜り込みたい男に見えて、皆はニヤニヤとその姿を見送るのみ。あとに響きそうな声を期待して────。
だけど、その全てを否定する様にビィトは勢いよく扉を閉めた。
ふざけんな! そんな気持ちを代弁するように、扉は盛大な音を立ててくれた。
――バターン!
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