第13話「なんて言うか、買い食いしよう」


 宿屋に向かう途中で街を見て回る。

 以前と違い、ビィトもエミリィを気分は軽やかだった。


 片やパーティを追い出された間抜け。

 片や犯罪の片棒を担がされた奴隷。


 どっちもろくなものではなかった。


 だけど、今やどうか?

 

 二人とも拘束を解き放たれ、二人で好きな場所に行くことができる。

 お金も潤沢ではないとはいえ、それなりにある。


 言って見れば二人は満たされていた。

 そんな気分で街を歩けばウキウキするというもの。ビィトはかつての仲間のことが気にはなっているが、それも今は出来ることは全て終えている。

 物資は揃え、覚悟もある。

 あとは休息の手筈と出発に適した時間まで体を休めること。


 落ち込んでいたエミリィも街の様子に気分が向上しているようだ。

 奴隷だったころに比べ、光輝いてみえるだろう。


 だから二人は露天をめぐる。

 楽しい気分でめぐる。


 ここはダンジョン都市。冒険者が一攫千金を夢見て訪れる街──。

 どこもかしこもダンジョン都市は露店だらけだ。


 そして、また新しい露天街に行き当たる。

 さっき食べたのとは違う露天の並びだ。ここは少し生臭い匂いがキツイ。そういう食べ物を売っているのだろう。

 どうも、御国ごとに露店が固まる傾向があるのかもしれない。


 店先を覗いて見れば、ここに露店は魚介系の食べ物が多く並んでいるのが見える。


 桶に泳ぐ魚や、店先に吊るされた干物たち。

 それらが網の上でパチパチと焼かれていた。油を潜らされる哀れな魚もいる。


「おいひぃ! おいひぃ!」


 そんでもって、エミリィはさっきと打って変わってご機嫌なご様子。

 両手に魚の串をもって、モッフモッフと食していらっしゃる。現金だね~。


「小骨に気を付けてね。あ、これ旨ッ」


 二人して気になったものを早速買い求め、仲良く買い食い。

 ビィトは軟体生物の干物を軽く炙ったものを少しずつ裂きながら食べている。

 うん、堅いけど旨い。


「そういえば、エミリィはこんなのでいいの?」


 こんなの。を取り出すビィト。


 さっき露天で見かけた乾物類だ。

 砂糖を練り込んだビスケットに岩塩をたっぷり効かしたプレッツェル。


 ほかにも、黒糖の塊や瓶に詰められた数々のジャム。


「うん! 甘いの好きー」

 といいつつ、しょっぱい味付けの魚をガツガツと食べている。


「そ、そう……よかった……?」


 宿の向かう途中で、面白そうな露天をのぞいてはエミリィに勧めたのだが、彼女はかたくなに固辞してきた。

 ビィトとしてはもっと気楽にしてほしいのだが、そもそもエミリィは食料以外を嗜好品を娯楽の一環として買うという考えがないらしい。


 洒落たアクセサリーや小ぎれいな服にも興味がない──いや、興味はあるのかもしれないけど、買いたい! などとは一言も言わなかった。


 だけど、興味を示したものがある。──それが甘味類だ。

 

 何件か露店をめぐるうちに、ビィトの買ったものは取りあえず食べてくれるけど、彼女から欲しいという意思を示すことはなかった。

 しかし、とある露天顔を出した時、エミリィの様子が一変する。


 「ふわぁぁ……」と目を輝かせたエミリィはその露天に釘付けになった。


 そこは優しい顔をしたおばあさんが営業している露店で、種々様々なジャムが売られている。

 あわせてライ麦パンも売られているので、客はジャムとそれに合うパンを買うことができると言う事だ。


 エミリィの様子に機嫌を良くしたビィトが彼女のためにいくつかのジャムと試食(お金は払っている)させてあげると、


 ────まぁ食うわ食うわ。


 むっしゃむしゃバリバリと、大の大人が数人がかりで食べるライ麦パンの焼きたてを丸々一本・・食べてしまった。


 輪切りにした一枚ではなく、焼きたてを切る前のパンだ。

 ……結構大きいんですよ、これがまた。


「お嬢ちゃんよく食べるねえ」

「(うん、おいひぃ!)」


 ニコニコ見守るおばあさんの前で物凄い健啖っぷりを見せるエミリィ。──ちょっと財布に痛い……。


 口の中をモゴモゴしながらジャムとパンを頬張る。

 ちなみに、ジャムが1に、パンが1と言う割合だ。

 見ているビィトは甘さだけで胸焼けしそうになってきた。


「どうだい? お嬢ちゃん用にお土産としていくつか買ってかないかい?」


 そう言ってニコリとほほ笑むおばあさんだったが、結構財布に機微良くなってきたビィトにはニヤリと言う笑いにしか見えなかった。


「お兄ちゃん……」


 ジッとこちっを見てくる目に────。

 お、おう

「──買ったるわぁぁぁあ!」


 気前よく財布の紐を緩めるビィトであった。

 そして、瓶ごと買ったためちょっとお高いジャムを始め、甘味の露天には興味を示すエミリィ。

 決して買ってとは言わないが、エミリィが恥ずかしそうに見上げてくるたびに、財布を軽くしていくビィト。


 結局、かなりの甘味を買ってしまった気もしたが……まぁエミリィのことを考えると悪い気分ではない。


 そうして、ひと段落すると、ビィト自身も軽食をかねて魚介類の屋台を覗き、軽食をつついているというわけだ。


「エミリィはまだ食べれる?」

 干物を食べつくすと、ビィトは口の中をパンパンにしているエミリィに聞く。


「(ん? うん)」

 モグモグ、ごくん。



「食べれるよ!」


 マジかいな。


「そ、そっか。どうしようか。ここでご飯を、買ってもいいけど宿にも食堂があるかもしれないし……」

「え……そ、そうなんだ」


 宿と聞いたとたんに、顔を暗くするエミリィ。あーもう、大丈夫だから!


「う、うん。取りあえず宿を決めてからにしようか?」

「うん……」


 宿にも食堂併設タイプと宿のみのタイプに分かれる。

 食堂併設タイプなら泊り客にも食事を供することが多いので、手間暇を考えるとそれも悪くない。


 気乗りしないと言った様子で途端に牛歩になったエミリィの手を引いてさっさと歩いていくビィト。

 エミリィの気持ちもわかるけど、論より証拠。


 宿に入れば考え方も変わるだろう。

 トボトボ歩くエミリィの手を引く姿はどことなく人攫いに見えなくもない……。今日だけでビィトは随分と誤解を招きかねないことをしているが知らないのは本人たちばかり。





 雑踏の中、少女の腕を無理やり引っ張って歩く姿は子どもを持つ親でもない限り、このダンジョン都市では酷く浮いていた……。

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