第12話「なんて言うか、今日はこのくらいにしよう」

 気安い感じで店主と別れたビィトはエミリィの手を引いて店を出た。

 かなり買ったはずなのに、店が広くなったりしないのはなぜだろう。商品が動いた形跡もない。


「か、変わったお店だったね?」


 エミリィが店を振り返りながら言う。


「ん? あー……そうだね。あんまし大きな声じゃ言えないけど──」

 雑踏の中でビィトはエミリィの耳元で小さな声で話す。

「──いわゆるモグリの店だよ……ちゃんとした正規物じゃなくて、その……」


「え? まさか、……違法!?」


 って、エミリィちゃん、声大きい!! ムギュ! っとエミリィの口を押さえて背後から抱きかかえる。


 その絵面は酷くヤバイ。


「エミリィ! そういうこと大きな声で言わないでって! ……ちゃんと合法だよ」

「(むぐーーーー)」


 合法だよ、とか言いつつビキニアーマーを着た少女を抱きすくめる男────。


 え? 俺アウツ?


「ぷは! ご、ごめんなさい」

 拘束を解かれたエミリィはバツの悪そうな顔。

 手……凄い涎が。

「う、うん……。あの店は、中古や自作の薬や保存食を売ってるんだけど、仲買を通さずに自分の販路から仕入れているんだ」


 その分安くなると、


「あと、ギルド製の品物を作る時に工房から落ちた品や、正規品を薄く割ったりして独自の薬品をいれて、モグリのポーションを作ってるんだよ」


 別に違法ではないが……信頼性の問題で普通は買わない。

 ……だが、ビィトはこの街に来てそれなりに時間が経つ。豹の槍パンターランツァでは物資の補充は基本的にビィトに一任されていた。


 しかし、金銭の管理はジェイクが行っていたため、元貴族の彼のイマイチあれな・・・金銭感覚のため、普通ではありえない額での調達を命じられることもしばしば。


 とにかく、渋ちんなのですよ。ジェイク君は……。


 仕方なく限られた予算の中で調達していく上でビィトはこうした正規品以外を取り扱う商店を開拓していった。


 最初の頃は失敗の連続で、酷い粗悪品をつかまされたり偽物だったりで随分苦労したが、要領を徐々に掴んでいき、信頼できる店を開拓することができるようになった。


 結果として、さっきの店にたどり着き、安心? と安全のお安い商品を手に入れることができるようになった。

 そのため、ジェイク達が自分でギルド窓口で買う商品を除けばほとんど全てがビィトが調達した非正規品バルク品だった。


 そして、それらの品でも、豹の槍パンターランツァはこれまでに最も最深部へ到達しているパーティの称号を得ている。


 ──つまり品質は折り紙付きと言う事。


「ふ~ん……でも、お店ボロ──」

「エミリィちゃんや、そういうことはあんまし言わないの!」


 ふー……この子危ないな。


 そういった話はどこで店主の耳に入るか分からない。

 あんな何にも興味なさそうなふりしてちゃんと見るべきところは見てる。

 それが商人というものだ。


 即金で銀貨を受け取る当たり、金回りも相当いいはずだ。

 ビィトが卸したギルドの正規のポーションだってそのまま買えばクッソ高い。

 それを上手く使ってあの店主は何倍もの利益を出している。

 恐らくビィト以外にも懇意にしている冒険者は多いのだろう。


 簡単に冒険者の中古一式を出せる当たり、在庫状況もかなりで、それが捌けるほどには回転率もいいということ。


 ぼろくて、小さく見えても金の循環は相当なものだろう。


「取りあえず、一通りは揃ったけど、あと、エミリィが欲しいものはある?」


 まだ銀貨は半分以上残っている。


 今日はさすがに疲れたので、探索に行けないけど、明日から本格的にダンジョンにトライしようとビィトは決めていた。


「ううん! 大丈夫だよ!」


 ありがとう! ニコリと笑って返すエミリィにビィトはその顔を直視するには眩しすぎるのでちょっと目をそらしながら、

「わかった。じゃー……ご飯食べてから宿に泊まろう?」


 宿と聞いて途端に顔を暗くするエミリィ。


「え…………は、はい」


 ???


 その目は、初めてエミリィに出会い──彼女に救いを求められたときの者に酷似していた。


「ど、どうしたの?」

 エミリィの態度にオロオロし出すビィトだったが、

「宿……嫌い」

 ポツリと呟くエミリィに、ようやく合点がいったビィト。


 彼女にとっての宿というのは────あの奴隷使い専用の宿をいうのだろう。

 奴隷を閉じ込める個室付きの宿……。いや、個室なんて言葉がおこがまし、ただの檻だ。

 ──牢獄よりも狭い……汚い酷い環境。


「だ、大丈夫だよ! 普通の宿だから!」

 その──……あーなんていえばいいんだ!


「でも、……お兄ちゃんの奴隷だし──」


「──エミリィ! え、えっと、」

 特に意味もなく大きな声を出してしまった。ただビィトが言いたいのはエミリィが奴隷だということに拘る必要のないこと。

 それにビィトはエミリィのことを奴隷だなんて思っていない。


 普通の可愛い、とても頼りになる──……少し気になる女の子だ。


「俺と一緒の宿で、俺と同じ部屋だよ! ベンみたいに、奴隷専門の宿なんか取らないから!」


 それでも彼女は懐疑的だ。

 おそらく、普通の宿なんていっても見たことも入ったこともないのだろう。


 あったとしても、それは奴隷になる前の──ずっと昔のこと……。


「うん……」

 理解したかどうかは知らないけど、エミリィは暗い顔のままトボトボと歩き出した。

 

 ……あーこりゃ全然理解してないよな。


 ビィトは革袋の中の銀貨の感触を確かめる。

 まだまだたくさんあるソレは頼もしさを感じさせるものだった。


(しかたない……ちょっと散財だけど、)




 ビィトは残りの銀貨の使い道を脳内で微修正しながら、宿屋が多く並ぶ地区に足向けた。

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