第10話「なんて言うか、地図とか貰いました」
バタン──。
ギルドマスターが部屋に籠ってしまうとたちまちギルドの喧騒がビィトの耳について。
それはいつもの喧騒だったが、いくつかの声の中にビィトを注目しているらしきものも含まれていた。
「おい、見ろよ──器用貧乏だぜ?」「ほんとだ、ギルドマスターに呼ばれたってことは……」
「例の件だろうな」「っかー。腕っこきは景気が良くていいねー」「俺ぁ、頼まれてもジェイクの救出なんて御免だよ」
「「「違ぇねぇ」」」
ザワザワとヒソヒソが入り交じる空間。
ビィトは居心地の悪さを感じていたが、エミリィにクイクイと服を引っ張られて我に返る。
「テリスさんが、来いって……」
エミリィの視線の先では、腰に手を当てたテリス。なんか知らんけど、すげー威圧してくる。
「あ、あの」
「はい」
ガチャン! と音を立ててズダ袋を押し付けてくるテリス。思わず受け取ったビィトは恐る恐る中身を確認すると、ポーションや薬草、治療薬に、消耗品などのギルドマスターが言っていた物品がぎっしり詰まっている。
「支給品──サイン」
「あ、あぁ」
「はやく、名前。ランク」
「えっと、」
「エミリィさん、書く」
って、お前は
単語ばっかり並べやがって────。
そんなに俺と会話したくないのか!? なぁ、なぁなぁ!
っていうか、なによ。
何でコイツはいつもいつも──。
「え、えっと、はい」
エミリィは戸惑いつつも書類を書き終えテリスに渡す。
ランクの関係上、この依頼はエミリィが受けていることになっている。
俺?
ただの仮免許のランク外。
エミリィに雇われた……ただの
テリスは書類を受け取ると、
「ほら」
ポイっと、紙切れをビィトに投げ寄越す。
半ば顔に叩きつけるようにして渡されたそれは、
「……地図?」
手書きの荒い地図だったが、ダンジョン深部の地図で、件の『悪鬼の牙城』とその周辺地図らしい。
どうも遭難場所を予想してそこに至るルートや近辺の情報を記載した物を纏めたもののようだ。
手書きとは言え、内容は現地を見てきた冒険者のマッピングによるもので、その者の腕にもよるが比較的現実の情報に近い。
そして、それらの情報はギルドが冒険者から買い取って地図化し、売りに出しているのだ。
相当の高額で取引されるそれは、ギルドの収入源でもある情報だ。
それもかなりの深部……。もとは
……ちなみに、
なので、今渡された地図ももの凄い既視感があった。
「あー……ありがとう」
とは言え、ビィトも記憶は定かではないので、こうして完成品を貰えるのはありがたい。
それにビィトが当時マッピングした以上に情報は精査されている。ありがたい。
「ふん。…………エミリィさんに何かあったら、千切るわよッ」
それだけ言ってテリスはズンズンと去って言った。
え?
えええ!?
ち、
………………千切るって何をぉぉぉぉ!?
え、ナニを?
ナニぃぃぃぃいいい!?
「お、お兄ちゃん? えっと、」
「エミリィ。君は全力で護る!」
――千切られちゃかなわん。
グっと、エミリィの手を握りしめてビィトは固く誓った。
なんか、エミリィは突然のことでアワアワしつつ顔を真っ赤にしているがテリスがカウンターのほうから凄い目で睨んでいるので、すぐに離れた。
周りの冒険者どもがニヨニヨしてみているのも調子が悪い。
「い、いくよエミリィ!」
「う、うん……」
ぐあ、なんだろう!
勢いで言ったけど、俺超恥ずかしい事言ってるよ!
プロポーズかっつーの!
足早にギルドを後にするビィトとエミリィを冒険者たちが生暖かい目で見送っていた。
一部、鬼のような形相をしたものもいたけど……。
※ ※
ギルドをでると、今度は街の喧騒が耳に入ってきた。
この街はどこもにぎやかだ。
ギルドとはまた違った喧騒に、目を細めていると、
「で……どうするの? お兄ちゃん?」
クリクリとした目でビィトを見上げる。
その目にドギマギとしつつも、ギルドを後にしたビィトは街の中ほどへ向かい喧騒の中を歩いていく。
「えっと、……ジェイク達の場所もある程度特定できたし、準備資金も
チャラっと銀貨の詰まった革袋を振って見せる。
「うん!」
エミリィは大金に無邪気に喜んでいるが……。
「だけど、準備資金にしては少し足りないんだ」
そう、銀貨50枚。
金貨換算にしても少なすぎる……だって一枚にも満たないもん。
ビィト20分の一です。ハイ。
「そ、そうなの?」
お金が全然足りないと聞いてシュンとするエミリィ。
彼女の金銭感覚は致命的だ。
銀貨50枚はたしかに大金だが……。
冒険の準備資金にしては少なすぎる。
普通に冒険をしていてもこれくらいの資金はすぐに収支にあがるものだ。
消耗品に武器や防具、そしてメンテナンスに街での滞在費。
とにかく金がかかってしょうがない。
エミリィだって、ベンの元で冒険者をやっていたのだから多少は知っているかと思ったが、おそらく、奴隷生活が長すぎてお金の感覚が掴めないのだろう。
ベンの言いつけでお遣いに行った際に、買い物のお金を預けられても基本は彼女の物ではない。そのための、唯々諾々と言われた通りに使うだけ。
――そりゃ金銭感覚も身につかない。
お金の使い方は肌で覚えないと、金銭のありがたみは分からないのだ。
「う、うん……だから、ちょっと準備しないとだめかも」
今度は受け取った支給品の入ったズダ袋をガシャンと一鳴らし。
「???」
「ふふ、ちょっとだけ寄り道するよ。物資も買い揃えないといけないしね」
そう言ってビィトは雑踏の中をスイスイと進んでいく。エミリィも慣れたもので多くの人で行き交う雑踏を物怖じせずに進んでいく。
小柄な彼女はともすれば埋もれてしまいそうなので、心配ないとは思いつつもビィトは手を繋いでいく。
「あ、ありがとう」
顔を赤くしたエミリィと、ビィト自身も顔が熱くなるのを感じながら人ごみをいく。
二人の関係はまだただの奴隷と主人と言う立場──形状はね。それ以上にパーティメンバーでしかないけれど、その先に好意があるのは間違いなかった。
だから、ふたりとも初々しくも仲良く並んで街を行く。
多分、周囲には仲のいい兄妹程度にしか見られていないだろうけどね……。
えぇ、ちっこい妹にビキニアーマーを着せる鬼畜兄貴程度には……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます