第4話「なんて言うか、野菜を食べよう」


「はー……まいったな」


 とりあえず、エミリィの格好は刺激的過ぎるので、一先ずの応急処置としてビィトのローブを着せておいた。

 ボロボロで少々臭うかもしれないけど我慢してね?


 クンクン、

「えへへ……なんか、お兄ちゃんの匂いがする」

 

 何故かニマニマしながらエミリィは喜んでいる。

 ブカブカで裾を引き摺っているため歩きにくいだろうに。


「く、臭いよね! ごめん。服も買えなくて……」


 本当の安物なら買えなくもないんだろうけど、ダンジョントライを考えるなら頑丈なものが良い。


 それを考えると、以前の持ち主が大事に使っていたのであろうビキニアーマーの方がまだマシな気がする。


 ……防御力はほぼないけど。

 破れる危険性はない。


「ううん? いいよ、服なんていつもボロばっかりだったし……ちょ、ちょっとこれは薄すぎるけど」


 ポッと顔を赤くしたエミリィ。

 ローブの中の自分の格好を覗き込んで恥ずかしそう。


「わ、わかった。とりあえず、ご飯も食べたし、なにかお金を稼ぐ手段を探さないとね。やっぱり……ギルドに行くしかないのかな?」

「うん……私でも受注できるクエストがいくつかあると思うし──」


 そうだった。

 これでいて、エミリィはC級冒険者だ。


 推奨レベルを多少無視すればB級やA級のクエストも受注できる。


「じゃあギルドに行こうか」

「うん。あ……!」


 急に何かに気付いたように声を上げるエミリィ。

「お兄ちゃんの言ってた、苦いものってなに?」


 って、飯の話かい!


「はー……。そ、そうだね。食べようか」

「う、うん! ちょっと気になるの!」


 エミリィは育ちざかりなのだろうか?

 まーよく食べるわ食べる。


 体が小さいのは、おそらく成長期に十分な栄養が取れなかったせいかもしれない。

 ……今ならまだ間に合うだろう。


「ん~っと……。あった!」


 どこにでもあると思っていたけど、やっぱりあった。


 ──ビィトのお目当ての屋台。


 焼き物やら煮物、揚げ物が大勢を占める屋台街において異色の屋台。

 一見寒々として見えるのは当然のこと。この屋台では火を使っていない。それどころか水を使っているのだ……しかも氷水。


 あまり売れていないのか屋台の主は暇そうにアクビをかいていた。

 ただ、悲壮感はない。

 火を使った食べ物とは違い、この屋台で売っている物はソコソコに日持ちする物。

 冷水に着けておけばなおさらだ。


「すみません。二つ良いですか?」


 銅貨を渡すと、愛想のない主はクィっと顎でしゃくる。

 勝手に持って行けと言う意味だろう。


 付け合わせとして、つるりとした表面の葉っぱに盛られた塩を少し貰う。


「はい、どーぞ」


 ジャブンと冷水に手を突っ込みソレを引っ張り出すとエミリィに差し出した。

 そして一本はビィト用だ。


「え? これって……」

「キュウリだよ。ここのはブツブツが多いからね、多分美味しいはず」


 ビィトの言葉を聞きつけた主が、眉を上げて驚いている。

 野菜に詳しいビィトを気に入ったらしい。黙って真っ赤なトマトを一つ奢ってくれた。


「あ、ありがとう」

 無言で頷く主。それを尻目に、エミリィは困惑顔だ。


「や、野菜なんて……その、」


 ──苦くて嫌いなのだろう。


 そもそも、量や栄養価のわりには、高価で大して腹の足しにもならない野菜を奴隷が食べることは、なかなかない。


 エミリィも、そもそも食べたことがあるのかどうか……。


「少し齧ってみて。塩付けて……こんな風に」


 パリッ!


 ……シャリ、シャリシャリ。


 あ、うまッ!


 なんだろ!?

 これ、苦みはもちろんのこと……ほのかに甘い。うま!!


「うめーだろ」


 ニィと唇に笑みを浮かべた店主が小さな声で宣うが、聞かなかったことにしてエミリィに勧めて見る。

 

 エミリィは恐る恐ると言った感じで、塩をチョンチョンと付けている。


「に、苦くない? 苦くないよね?」

「ん~……ま、食べてみて」


 ビィトは更に一口、二口と食べ進める。

 塩との相性が抜群で無茶苦茶うまい。


 エミリィも────ポリッ……シャリ、シャリ、シャク。


 恐る恐ると言った感じで少しだけ齧り、咀嚼している。眉間には物凄く皺が寄っていたが……、それが突然伸び切り、目を見開く。


「おいひ!」


 パァァと輝くような笑顔で実にいい顔だ。


「な、おいいしいでしょ?」

「うん! なんだろ、苦いんだけど……苦くない?」


 ……あーうん。

 語彙に乏しいのか、よくわからない誉め言葉だ。


「塩付けすぎないようにね。ちょっとでいいんだ」


 こんな風に、チョンチョンと──。

 パリ、シャクシャクシャク。


 うん。旨いッ! 何回食ってもうまい!


「野菜って美味しいんだね!」

 

 さっきまでの様子と打って変わってキュウリをパクパクと食べ進める。

 塩も少し多いくらい付けている。 


「だろ? トマトも食べる?」

「たべゆ!」


 ニコォと笑ったエミリィの顔に小さな幸せを感じつつ、軽く塩をもみ込んでトマトをエミリィに差し出すと喜んでかぶり付いていた。


 多分、食わず嫌いだったのだろう。

 あるいは、よほどひどい野菜を食べていたか……だ。


 ベンが野菜を出すなんて気の利いたことをするはずがなし。

 ベンのところに行くまでに飼われていた場所で酷い食事を食べていたのかもしれない。……ベンの食事も大概だったけどね。


 トマトを食べつくしたエミリィがまだ物欲しそうだったので、追加のキュウリとキャベツ、そしてニンジンを購入した。

 どれもこれも冷えているうえ、新鮮で旨かった。

 

 塩だけで十分に食べれるのだから、中々いい野菜なのだろう。

 適当に見繕った屋台だったが当たりを引いたようだ。


「おいひーね!」


 馬かと見まがうほど、ボリボリと人参を齧るエミリィ。

 これで大分散財してしまったけど、まぁ悪くない。


「そりゃよかった。また食べような」

「うん!」


 両手いっぱいに野菜を持つ姿も中々浮いているが、今更なのでビィトは気にしない。

 少なくとも、ビキニアーマーを来た首輪少女を引き連れている姿に比べれば万倍もマシだと思う。


「ギルドに行って、割のいい仕事を探そうか。今日の寝床と、……探索のための資金を貯めようと思う」

「う……うん」


 探索と聞いてエミリィは不安そうな顔をする。


「どうしたの?」

「う、ううん」


 それでも言葉を濁して答えない。何かあるようだが、追及して聞いても仕方ないだろう。


「?? うん? あ、そうそう。……ギルドじゃ、エミリィに期待するよ」


 エミリィの反応がよくわからないので、ビィトは殊更明るい声を出してエミリィの機嫌を取る。

 どうも、探索に行きたくないような気配を感じるのだが……。


 でも、エミリィがいないとクエストの受注もできないし、ダンジョンに入ることも出来ない。


「んと……ダンジョンに行くのが怖い?」

「? ううん?! こ、怖くないわけじゃないけど。……冒険者だもん」


 グっと力こぶを作る仕草のエミリィ。

 なるほど……散々ベンに鍛えられイジメられてるだけはある。ダンジョンへ潜ることへの忌避はさほどないようだ。


 エミリィくらいの年齢で潜る子も山ほどいるのだから、特別な例と言うわけでもない。


「ありがとう。ちゃんとエミリィのことは守るから」

 そう言ってエミリィの頭を軽く撫でる。

 

 特に嫌そうにしないのでワシャワシャとかき混ぜる。少しシットリしていて脂っぽいが、どこか良い匂いがした。


 ダンジョンで体を洗ったのが功を奏しているのだろう。


「あと、そうだ! パーティを組むんだから……パーティ名を決めないとね!」

「パーティ!? う、うん!!!」


 ここで初めて嬉しそうな顔をするエミリィ。……もしかして、


「エミリィは……俺が元のパーティを見つけたら、俺がまた彼らと行動すると思ってる? ……エミリィを置いて」


 その言葉を聞いてビクリと体を震わせるエミリィ。

 ……やっぱりか。


「ち、ちがうの?」

「違うよ。……『豹の槍パンターランツァ』のことは心配だけど……」


 ──もとのパーティに戻りたいわけじゃない。


 ビィトはベンのところでパーティを組んで、多少なりとも他所のパーティの現状を知った。

 そのうえで考えるなら、「豹の槍パンターランツァ」でのビィトの扱いは不当に過ぎる。


 雑用をやるのは仕方ないにしても、見張りや荷物の運搬、後方支援など、多岐にわたる仕事をほとんど一人でやっていたのだ。

 それでありながら、あのジェイク達の態度。


 とても仲間に接するものではない。あれはまるで奴隷扱いだ。


 そのことに、今更ながらに気付いたビィト。

 そこだけとって言うなら……ベンの下で奴隷をしたのも良い経験だったと言える。

 なにより……エミリィに知り合えた。


「──それでも、ケジメはケジメ。俺はあのパーティから追い出された。それは事実だからね……今さら戻れるとも思えないし、もう戻りたいとも思わない」


「でも……なんで?」


 ──なんで助けに行くの?


「……エミリィだって、ベンのことを助けに行ったじゃないか」

「!! そ、それは……」


 ビィトの言葉がエミリィに突き刺さったようだ。


「嫌いだから、害されたから……色々理由はあると思うけど、」


 そうだ。人間そんなに単純じゃない。


「──困ってる人や、助けを求めてる人見捨てる理由には!なりえないんじゃないか?」


 その言葉を聞いて、じっと目をつぶるエミリィ。

 そして、エミリィに語りかける以上に、その言葉はビィトに染み渡っていった。

 

 偉そうに語っては見たものの、ビィト自身なぜ「豹の槍パンターランツァ」を助けに行きたいのか完全には理解できていなかった。


 彼らは昔馴染みでもあるし、リスティは妹だ。


 嫌われてはいても、それを理由に見捨てるほど──ビィトは薄情でもない。


「そうだね……。うん! わかった!」

 目を開けたエミリィは決意に満ちた目で、


「私も全力で協力する! お兄ちゃんのためになんでもするよ!」


 お、おう。


 な、なんでもとな?!


 ハッ! いやいや、よこしまなことは考えていませんよ。ええいませんとも。


「あ、ありがとうエミリィ──」

 エミリィの目線を直視できずに、照れた様に俯くビィト。

 あとは二人してギルドに向かうだけ。





 どこか顔を赤くした二人と、両手いっぱいの野菜は滅茶苦茶街中で浮いていた。

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