第3話「なんて言うか、腹ごしらえをしよう」


 ガヤガヤ……。

 ワイワイ……。


 最強の冒険者パーティが遭難したというのに、街はいつもと変わりがない。


 独身者の多い冒険者を目当てにそこかしこに食べ物を売る屋台が出ておりあたり構わず良い匂いをさせている。


「いー匂い……」

 エミリィがうっとりとした声で呟く。

 ダンジョン内で粗食ばかり食べてきたのでビィトもその言葉には完全同意だ。


「何食べようか? エミリィは食べたいもの──……あ、」

 やばい。

 偉そうなこと言ってるけど、このお金はエミリィのじゃないか。


 彼女は確かに立場上ビィトの奴隷ではあったが、個人のお金まで奪う権利はない。

 つまり……何というかあれです。


 奴隷に奢ってもらうご主人さまの図です。


 ……何のプレイだよ。


「ん? なんでもいい! 甘いのも、辛いのも──酸っぱいのも好き!」

 おっふ、可愛い!! すっごいキラキラの目で言われると困る。


 エミリィの粗食っぷりは目に余ったから仕方がないのだけど……。

 だってこの子の主食ってカビたパンだったもん。


 しょっちゅう下痢してたとかなんとか……。よく生きてたね君。


「わかった、じゃー甘いのと辛いのと酸っぱいのを食べようか! 苦いのもいくつか行ってみよう!」

「え、苦いのはちょっと……」


 あはは、やっぱり苦いのは苦手か。


「大丈夫、きっと気に入るよ」


 そう言ってビィトは街へ繰り出していく。

 銀貨一枚とは言え、食べるだけなら十分だ。あとのことはあとで考えよう。


 楽観的なのか適当なのか分からない考えのもと、ビィトはエミリィの手を引いて歩く。

 いつの間にか手を繋いでいたのだけれど、どっちも自然な流れで気付きもしていなかった。


 そして、到着したのは屋台街。


 そこでは様々な屋台が並び、色んな物を売っている。

 独り者の多い冒険者はこうしたファーストフードで飯を済ませることが多いので需要は鰻登りだ。


 なんせ、冒険者が増えれば増えるほど需要は高まる。


 稀に自分たちで自炊するパーティもあるにはあるが、そんなものは特殊な事例だ。

 ちなみにビィトは「豹の槍パンターランツァ」では時々作っていた(作らされていた)。


 そもそも、ほとんどの冒険者は宿屋住まい。そこに食堂が併設されていればいいが、そんな宿はそれなりに上等な部類に入るものだ。

 普通の貧乏冒険者はベンが使っていたような寝るだけの宿屋だ。


 それでも宿屋に泊まれるだけマシではあるのだが……。


(っていうか……きょうの宿代すらままならないんだよね)

 

 クンクンと鼻を鳴らして涎を垂らしそうなエミリィを尻目に、ビィトは頭を抱えていた。

 取り合えず食事にしようといったものの、そもそもがエミリィのお金だし、なにより使ってしまえば次はない。


 とはいえ、


 感激して上機嫌のエミリィを前にしてやっぱりやめようとは言えず……。


「エミリィの好きなもの選んでいいんだよ」

「ほ、ほんと!?」


 いや、これ君のお金だから。


「う、うん……どれにする?」

「──じゃ、じゃぁ! これとこれとこれとこれとこれとこれとこれと~」


 おぅふ!


「そ、そんなに食べきれないと思うよ」

「ふみ?」


 既に欲しいものを買いたいだけ買ったエミリィ。

 手には購入した食べ物でいっぱい。

 さすがシーフ。動きは素早い。


「あ、うん……残さないようにね」

 

 ちょっと呆れた顔のビィトだが、大人しく店主に料金を払っていく。

 エミリィの健啖っぷりを見つつ、ビィトも代金を払いホットドッグを一つ買う。付け合わせにはピクルス。


「あと、ビールをお願い」「あぃよ!」


 どの店でも大抵ビールを置いているので、買う側としては便利でいい。

 この街に限らず生水を飲むのは自殺行為だと経験的に知っているので、こうしてビールやワインを飲み物として提供するのだ。

 しかも、個人で作っているので味がそれぞれ異なり面白い。


 自前のカップがないので店のものを借りて、軒先にあるベンチに腰を下ろす。

 エミリィはその辺で買いまくった物をガツガツ食っている。


 なんというか……うん、汚い。──食べ方がね。


「おいひーよー、おいひーよー」


 ボロボロ零しつつ次々に食べていく様を見ながら、ビィトも購入したホットドックにかぶり付く。

 

 もしゅ……もっもっも……。うん、うまい!


 バゲットは焼き立てらしく、中はフワッフワで表面はカリッカリ。

 そこにナイフで切り目をいれて、茹でた大きなソーセージを挟んで胡椒をサッと一振り────不味いわけがない。 


 そしてビールをひと啜り……。グビ、グビ……ぷぅ。


「うまい!」

「お、あんちゃんイイ飲みっぷりだね!」


 愛想の良い親父は二カッと、いー笑顔。


「もう一杯いくかい? 奢るぜ」

「本当か? ありがたい……この子に振る舞ってやってくれないか?」

「おう、……ほい、嬢ちゃん」


 なみなみと注いだビールを受け取るエミリィ。

 口の中が一杯なので、「ぁぃぁぉぅ」とか言ってるし。


 クピクピ……ふはー。


「おいしい!」


 ニッコリ笑うエミリィの笑顔は実に眩しい。


「にしてもアンちゃん……そんなちっこい子にエライ恰好させてるな? まぁ、人の趣味にとやかく──」


 はぃ?

 恰好?


 …………。


 おぅふ!?


 ビキニアーマーに、首輪……。


 おっふ!?


 やばいよ。この格好ヤバいよ!?

 すっかり忘れてた!


「あ、いや、その……」

 ダラダラと冷や汗を流すビィト。

 「豹の槍パンターランツァ」の遭難のことがあったとはいえ、何やってんだよ!?


 ビキニアーマーに首輪ってアンタ……!


 ドツボですやん?

 ロリコン器用貧乏の噂が立ってしまう!


「ま、なんだ……若いっていいよな!」


 ニカッと良い笑顔。

 いい笑顔!


 …………。


 ……誤解だぁぁ! やめてくれ……。


「??? おいひーね!」





 ビィトの苦悩など知らずに、エミリィは際どい恰好でモッシャモッシャと食べ続けていた。


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