第2話「なんて言うか、腹が減っては戦はできぬ」
「……随分長いな」
ビィトは「
救出に行くという腹積もりはとっくにできていたが、『地獄の釜』は広すぎる。
ジェイクのことだから、深部到達にトライしていると思うのだが……万が一にも派生ダンジョンに突入していることも無きにしも非ず。
イライラとしながらギルド備え付けのベンチに腰を落ち着けている。
その横にはチョコン座るエミリィ。いつの間にかベンから貰った首輪をしている。
その姿格好で、時々ビィトをチラチラと見ているのだが……。
「あ、あの……」
「遅い!」
「あぅ……」
ちょうど何かを言おうとしていたエミリィだったが、タイミング悪くビィトの唸り声にかき消される。
だが、
「何だよ?!」
いかにもイラついてますと言った様子でビィトが見下ろしてくる。
「あぅぅ……な、何でも──」
「いいから言えよ!」
…………。
あ、しまった。
と――ビィトは思ったが、後の祭り……。ついつい苛立ちのまま声を荒げてしまっていた。
「ひぃぅ……なんでもないです」
エミリィは肩を小さく振るわせて俯く。
そうだ、この子はこうしたキツイ当たりに弱い。
奴隷時代が長く(一応今もビィトの奴隷と言う扱いだけど……)、ベンのような粗暴な主人に当たれば時には直接的な暴力にさらされる。
だから、大声を出されたりきつい言葉を掛けられるとこうして委縮してしまうのだ。
(しまったな……)
やってしまったという思いはあったものの今更どうすればいいのかわからない。ビィト自身女の子とこうして話す機会は……実は滅茶苦茶少ない。
リスティやリズは別にすれば──だが。
「あー……ご、ごめん。ちょっと気になっちゃって」
「う、ううん。私のほうもお兄ちゃんの気になることの手伝いできなくて……」
ションボリ顔のエミリィ。
「いや、そんなことはないよ。エミリィがいてくれて助かってる!」
これは本音だ。
少女とは言え、C級冒険者で
「俺だって、こんな町に一人でいるのは嫌だからな……。エミリィがいないならきっととっくにリタイヤしてるよ」
この街に残れるのも、冒険者稼業を続けられるのもエミリィのお陰。それに、ビィト自身エミリィと一緒にいたいのだ。
今はもう隠す気もないし、一々自分から言い出す気もないが……ビィトははっきりとエミリィに好意を抱いている。
「う、うん……ありがとう。お兄ちゃん」
ホッとした顔のエミリィだが、
「で、なに?」
さっき何かを言おうとしていたなら、落ち着いた今こそ聞こうと思う。
「あ、その──ね。お兄ちゃんがギルドの人を待っているのは分かるんだけど……」
上目づかいでビィトを見上げると、
「ご、ご飯……どうしよ」
くーーーーきゅるるるる。
エミリィのお腹が可愛らしくなく。
そう言えば随分食事をとっていない気がする。
最後に食事をとったのって、グールシューターの巣以来か……。
その後、ベンがあんなことになって──ぶふ!
(思わずベンの恰好を脳裏に浮かべてしまった)
って、イヤイヤ……。
そう言えばそうだな。なんやかんやで食事の機会を逃していた。
「あーでも、お金……」
「はい」
そう言ってエミリィは銀貨を一枚差し出してくれた。
以前、貯金していた残りだろう。
いつの間にかギルドの窓口からおろしてきたらしい。
でも……。
それを使ってしまえば、ビィトもエミリィも無一文だ。
回収した装備品の大半は売り払ったし……。エミリィの薄いビキニアーマーを売るわけにもいかない。
ビィトも着ている服の
んん?
え!?
あ、ありゃ……もしかして結構詰んでないか!?
「救出よりも先に……こっちが救出されそうだ……」
ビィトごときを救出してくれるかは別だが、――実際問題としてお金は無一文に近いのだ。
「はー……。取り敢えず、ご飯食べてから考えようか」
「う、うん……」
さすがにメシを食わないわけにもいかない。
それにしても、前途多難だな……。
ビィトはすぐにでも救出にいきたかったが、そうもいかない様だ。
ジェイク達が上層で遭難するはずもないから、普通に考えてかなりの深層なのだろう。
それも、ジェイクの力で切り抜けられないようなやっかいな場所。
この情報だけでもある程度場所は搾れるのだが、完全を期すためにもギルドの情報開示を待つしかない。
何れにしても、ビィトが潜るにはそれなりの準備がいる。
食料や傷薬等の消耗品だ。
エミリィにも、もちろん付いてきてもらうつもりなので、彼女の装備も必要になってくるだろう。
それらの準備金を考えるとどう考えても今すぐと言うわけにはいかなかった。
だが、ジェイク達に残された時間がどれほどあるかはわからない。
「
仮に物資を失ったとしたならばダンジョン内でサバイバルをすることになるのだが……。階層によってはそれも困難になる。
動物系や植物系の魔物がいるなら何とかなるかもしれないが、アンデッドやゴーレムのような食べる部位のないような連中が蔓延る階層なら、その時点でアウトだ。
他の冒険者がいれば、物資を融通してもらうことも出来るだろうが……。
なんたって最深部トライ中の「
「やはりまずいよな……」
焦りが顔に出ていたのだろう。ビィトの様子を心配したエミリィがクイクイと衣服を引っ張っていた。
「あ、あぁ大丈夫さ。大丈夫」
何が大丈夫か自分でもわからないものの、大丈夫なのだと自分に言い聞かせる。
「ご、ご飯にしようか」
「う、うん……」
まだまだギルド奥では報告と対策が話し合われているのだろうか……。固く閉ざされた扉の先に思いを馳せつつも、ビィトは一端ギルドを後にする。
物凄く後ろ髪を引かれながら……。
だって人間ですもの……。
お腹は空くんだもん……。
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