第76話「なんか解放されました」


 ──俺の身を買うッッ!


 そう宣言してベンの前に金を、ジャリーーーンと積み上げてやった。


 ここはギルドだ。

 下手なことは出来ないだろう!


 しばらく金とビィトを交互に睨んでいたベン。


 そして──……彼は諦めた様に、一度ギルドの天井を仰ぐと無言で金を受け取った。


「チ──わかったよ……」


 言葉少なげにそういうと、

 一度場所をギルドの空きスペースに移し、あとはもう何も言わずに粛々と契約解除に応じてくれた。


 ただ一言。


「へ……ずいぶん稼がせてもらったよ器用貧乏ッ。お前のおかげで、また本家本元の奴隷使いベン様の本領発揮だぜ!」


 ニヤリと笑うベン。


 なるほど……たしかに、かなり稼いだだろう。

 ダンジョンから持ち出したものを隠し持っていただけのビィトであの稼ぎだ。


 そのほとんどを換金できるベンと、さらにゴールデンスライムの依頼クエストを達成しているのだ。どれほどの金を得ることやら……。


 その金を使えば多数の戦闘奴隷を揃えることができるだろうし、奴隷以外にも腕利きの用心棒を雇うことも出来るだろう。


 まぁ、ベンのことだ。奴隷使いゆえ、護衛には奴隷に拘るのだろうが……。


 ビィトが服をはだけてみると、そこにあった呪印は綺麗サッパリ消えていた。

 それを見るまでもなく、

 もういけ、とばかりにベンが手でシッシとビィト達を追い払う仕草。

 ビィト達に顧みることなく、あの爆笑スタイルでそのまま窓口に向かって依頼達成の報告をするようだ。


「行こうか……エミリィ」

「……うん」


 ちょっと感慨深げに床を見ていたエミリィが、ゆっくりと顔を上げて──一度だけベンの背中を見る。


 それだけだ。


 あとは、ビィトを見上げてニッコリ──。


「行こ! お兄ちゃん!」

「あぁ!」



 二人して頷くと、ギルドを──────。








「エミリィ!」







 え?

 

 エミリィがピタリと足を止める。

 呼んだのはビィトではない。


 でも、


「────ベンさん?」



 クルっと振り返ったエミリィがベンを見ると、


「退職金だ」


 ポイっと投げてよこす何か。


 首輪?


「似合うぜきっと。イイ女になれよ──エミリィ!」


「あ、あり──」


「数年したら抱いてやるぜッ」


 ニヤッと笑ったベンはそれだけ言うと踵を返してギルドの雑踏に消えていった。(……例の踊り子風の格好なので目立っていたけど)


 ってか、抱くって……おま──。

 最低だなベン。


「ありがとうございますッ。ベンさん!」


 ペコリとベンが去った方向にお辞儀するエミリィ。

 どこの国の風習なんだか……。


「首輪が退職金替わりね……ベンのやつ」


「ベンさん……初めて名前で呼んでくれた──」

 どこか温かみのある目で首輪を見るエミリィ。


「知ってるのか? その首輪……?」


 中古らしいソレは使い込まれているようだが、シッカリと手入れされている。革の保湿液も塗り込まれているため、見た目のゴツサに反して実に柔らかい。

 外側には鋼線が編み込まれているのか、かなり頑丈な作りとなっていた。


「うん……ベンさんのところに以前いた──長年使えていた奴隷長の人が使っていたの」


 いい人だったよ、と。


 あー……あのベンが長らく冒険者としてやっていけたのは多分ソイツのお陰なんだろう。

 無能に過ぎるベンが根拠のない自信を持っていたのは、優秀な奴隷がいたからだと思っていたが……なるほど。


「『忠義の首輪』……奴隷でいる間は、身体能力が少し向上するんだって」


 奴隷限定のマジックアイテムか。


 そんなもの──、


「ってなにしてるのかな? エミリィちゃん……!?」


 カチャカチャとその首輪を躊躇なく首に巻くエミリィ。

 そして、クルリとその場で回って見せる──。

 どうかな? と、…………いや、視線で訴えられてもね……!


「ど、どうかな?」


 ──口に出されてもね!!


「に、似合ってる……よ?」


 そうとしか言えまへんがな!



 あーーーもう、可愛いなこん畜生!



 っていうか……。


 ギルドに残っている冒険者間でヒソヒソとささやき声が、

 どれもこれもビィトとエミリィを。


 というか主にビィトを。


「おい見ろよ……器用貧乏が小さな子に首輪付けてるぞ」「お兄ちゃんとか言わせてるぜ」「ひくわー、ロリコンとか引くわー」


 ……泣いていい?


 っていうか、

 ロリコンちゃうわ!!


 首輪はこの子が勝手につけてるの!

 お兄ちゃんも、言わせてるわけじゃないの!!


 いや、……そりゃ。

 好意は────うん、あるけどさ!


「うわ、あの格好でクルクルまわらせてるし」「小さい子にビキニアーマー? ひくわー」「ロリ器用貧乏に改名だな。いや、ロリ貧乏?」


 うっせー!!


 クルクル回って何が悪い!

 この格好ビキニアーマーはやむを得なくてだな!!

 つーか、ロリ貧乏って、タダのロリコンの貧乏やないかい!! 器用はとるなよ!!




 あーーーーーーーーーーもーーーーーーーーーーーーーーー!!!





「あはっははははは!」


 エミリィは笑う。

 楽し気に朗らかに笑う。


 今後の展望も何もなく、仮免許とCランクの冒険者でしかない二人だけど──。





 ビィトにとっては初めて。初めて仲間と言える信頼できる存在ができた。

 媚びを売るでもなく、機嫌を取るでもなく。


 助け。

 そして、

 助けあう仲間。


「は──…………はははは!」



 いいさ、他人がどう言おうと────。


 俺はエミリィが好きだ。


 仲間として、

 友人として、




 一人の女の子として────。




「「あはははははははははははははは!」」


 二人は笑う。


 やり直そう。


 エミリィも、ビィトも────。


 自由になってやり直そう。



「行こうか」

「うん、行こう──」



 まず、手始めに……。


 ビィトの故郷へ冒険者カードの再発行────────。









 バンッ!!!!!!










緊急依頼要請スクランブルです!!」


 息を切らせて飛び込んできたダンジョン管理の兵士。




「ぜぇ、ぜぇ……Sランクパーティ、「豹の槍パンターランツァ」がダンジョン奥地で行方不明ッ! 救援要請の魔法信号のみ確認……!」







 こ、故郷へ────…………。



──────────────────

これにて、一章終了です!

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