第72話「なんか起きました」



 ……ザワザワザワッ──。


 ──ガヤガヤガヤッ……。


 ボンヤリした意識の中、喧騒が聞こえた。

 起き上がろうとするも、貧血のような感覚が体を包んでいる。


 意識に霞が掛かったような気配に、ビィトはうっすらと思考を取り戻す。


「ぐ……転移酔いか」


 「豹の槍パンターランツァ」にいた頃より、多少は帰還の魔法陣使用の経験があったので、ビィトはすぐに現状を理解した。


 場所はおそらくダンジョン入り口前の詰所──そのとなりにある魔法陣部屋だろう。


 複数の魔法陣があるその部屋は、無数の魔法陣に埋め尽くされており意外と広い。

 しかしながら使用者は限定されており、広さと場所の割には閑散としている所だ。


 外の喧騒は、ダンジョンへ向かう冒険者たちのものだろう。

 ここの使用頻度の低さはダンジョンの難易度と鍵の被発見率に基づく。


 誰もが早々鍵を見つかられるわけもなく、また踏破できるわけではない。


 難易度が比較的低い(それでも困難)ダンジョンであっても鍵が発見できず──ひいてはボスの発見または駆逐に至らないため、転移の魔法陣の使用は早々あり得ないのだ。


 ちなみに、一度使用した鍵は二度と使えない。


 使わずにダンジョンを脱出したとしてもダンジョンを出た時点で、ただの水晶になる。

 水晶としてはそれなりに価値があるので、どうせなら使ってしまった方がいいのは自明の理だ。


 今はベンの手に軽く握られており澄んだ輝きを反射しているのみ────、


 っと!!


「エミリィ! 起きてッ!」


 ビキニアーマーを纏った彼女があられもない恰好でぶっ倒れている。

 それを無理やり、すさぶって起こす。


 転移酔いで気を失っている間は……実にチャンスだ!

 

 ……いや、エミリィをどうこうする・・・・・・チャンスではなく、

 ベンを出し抜くチャンスなのだ。


 おそらくベンは転移魔法陣を使うのは初めてなのだろう。

 転移魔法陣じたいは有名に過ぎるし、ギルドでは使用法も教えられているため誰でも使えるが──実際に使った人間は限られている。


「う……んぅ?」


 パチリと目を開いたエミリィがビィトを見て、また薄っすらと目を閉じようとする。


 いや、だめだ。


「起きて! ギルドに行くよッ!」


 ゆさゆさ──。


「ぐ……んぐ」


 エミリィを揺さぶる隣でベンも覚醒しつつあった。

 まずい……面倒になる前に先にいく。


 一応街中だ。ここならベンを護る必要もないし、とくに明確な命令を出されていない。

 この場所からギルドへ行くくらいならさほど距離もないため、呪印は発動しないだろう。


 ベンにちょろまかされる前に、ドロップ品を換金ないし、ギルドに預けてお墨付きをもらわなければ!


 奴隷契約の細部が不明なので、流石にベンが回収したものまではギルドに渡すわけにはいかないが、ビィトとエミリィが回収したものは権利を主張しても奴隷契約に違反してはいない。


「うう……頭が、いた──」


 もうッッ!

 

 ガバチョ、とエミリィをお姫様抱っこすると、ビィトは魔法陣部屋を飛び出す。

 背後でベンが起き出す気配を感じていたが、まだ意識がはっきりするまでに時間がかかるだろう。


 逃亡ではなく、仕事の報告に行くだけ。奴隷契約には違反していない。

 うん、問題ないッ!


「うぐぐ……ここ、は──?」


 バタ~ン! 薄い扉を蹴立ててビィトは走り去った。



 ※ ※



 すぐ傍にはダンジョン入り口を見張る兵士らがいて、ふだん滅多に使われることのない魔法陣部屋から人が出てきたことに驚いているようだ。


「うぉ!」

「だ、だれだ! …………って、き、器用貧乏?」


 事務的に冒険者を捌いていた兵士らが目を剥いている。


 全く無防備な背後から人が現れ、しかも大荷物でアレな格好の少女を抱いていれば……そりゃ、ビックリするだろう。


 くだんのビィトはといえば、外の陽の光に一瞬目を細めるも瞬時に状況判断し、周囲の目など知らぬとばかりにギルドを目指して駆け出していった。


 街中で一人──少女を抱いて大荷物の青年が駆け抜けていく様は異様に浮いていたが、ここはダンジョン都市。

 ちょっと目を引いただけで大騒ぎになることもなかった。

 そのあとは、

 入り口を守備していた兵は訳が分からずポカンとしていたが、隣の魔法陣部屋の扉が開けっ放しだったので、ビィトの行儀の悪さに顔を顰めつつ、「閉めて行けよ」と愚痴った矢先に────中で倒れている人物に気付いた。


 慌てて、駆け寄り助け起こそうとして、






 ぶははははははははははははははっ!!!!






 なぜか大爆笑していたとか、いなかったとか。


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