第66話「なんか救いました」
ゴールデンスライム──!
魔法が効かないなんて……。
くそッ!
ゴブリンキングよりはるかに厄介だ。
その時、ビィトの背後からゼイゼイと息を切らせながらベンが戻ってくる。
「ぐは! ま、まいてきたぜ……しつけぇ! って、うおッ!」
今更巨大スライムに気付いたのか、ベンがのけぞる。
「で、でっけぇ! こりゃ報酬がすごいことになるぜ!」
「馬鹿野郎ッ! 今報酬とか言ってる場合か──え、エミリィが!」
報酬なんかどうでもいい!
「おお!? ちぃ、ガキめ……飲み込まれたか──ありゃ、じき溶け出すぞ」
それだけか?
くそ、なんて奴だッ!
確かにベンの言う通りエミリィの衣服が溶け出している。
草を原料とする安物の衣類だ。
比較的溶解度の薄い、このスライムの体液にも耐えきれないようだ。
ゴブリンの骨が残っていることをみるに、なんでも溶かせるわけではないようだが……少なくとも肉は溶かせる。
「ベン! 俺の攻撃じゃ通らない! アンタの攻撃のほうが──」
「馬鹿言うな! こいつは大物だぜ──……俺じゃ、無理だ無理だ」
ふざけるなよッ!
「ガキはあきらめな」
「ッ、この野郎!」
思わず掴みかかろうとしたビィトだが、その視界の端でエミリィが最後の一泡を吹いて白目をむく。
え、
エミリィ!!!
「くそッ!」
ベンの胸ぐらをつかむと、突き飛ばす。
その途端に胸に激痛が走るが……知ったことかッ!
「援護してもらうぞ、ベン!」
「あぁ!? てめぇ! 誰に向かって口を──」
「うるせぇ! てめぇのケツに起こったことをギルド掲示板に書き込んでやろうかッ、ああん!!」
ビキスッ! とベンの禿げ頭に青筋が浮かぶが、
「ぐぅぅぅぅ!! てめぇぇぇ……」
二の句が継げなくなっているようだ。
だが、エミリィが死んだら、そんなくらいではすまさないぞ!
「鞭を俺の腰につけろ! あとは──合図したら引っ張れ! いいな!」
四の五の言わせぬうちに、ベンの鞭を腰の剣帯に巻き付ける。かなりの長さを誇るそれの先端をベンに握らせる。
「ベン、アンタに身体強化の魔法を足と腕にかけた──……効果は常時かけ続けていないから俺が自分で使うよりも、もたないけど──」
──その分魔力を充填した!
そう宣言すると、ドサッと荷物を置き────、ビィトは躊躇なくゴールデンスライムに飛び込む。
このスライムは体内に獲物を取り込んでいるときは、動きが鈍くなるらしい。
しかし、人を襲うとは…………。
本来、黄金を主食にしていると聞いたが……話半分ということか!
エミリィ!! 今いく!
どぼぉぉぉん!
途端に視界が金色の世界になる。
濁った水の中のようでわずかに肌を刺す刺激が伝わる。
すでに溶解液に浸されているのだろう! くそッエミリィは!?
腰につけた鞭のおかげで動きが鈍るが、一気に抜き手をきってエミリィがいたと思しき場所を目指して泳ぎだす。
すぐに彼女の小さな体を見つけると、しっかりと確保した。
まだ、助かる!
ベン!!
ひけぇぇぇぇ!!
「ごぼほぼぼぼ、ぼおッ(引けぇぇぇぇベンッ)!」
「ち! 偉そうに……くそ、後で覚えとけよ」
ベンには見捨てる選択肢はない。
戦闘力として自信が頼りないことは、ベン自身がわかっている。
いくら生意気な奴隷とはいえ、ビィトがいなければコイツを倒せないことくらいわかる。
魔法が効かないとはいえ、……それはやり方だ。
「おらぁぁぁぁぁっぁ!! でてこい!!」
ぐぐぐぐぐと引っ張るも、ビィト自身も泳ぐも…………最後の膜の部分が破れない!
外から入ることはできても、中からはそう簡単に出れないようになっているらしい。
「ごぼぼぼ、ぼぼおおお(くそぉぉぉ! エミリィ!)」
白目をむいたエミリィ。
まだかすかに胸は上下している────って、裸!?
辛うじて服の残骸がくっついているとはいえ、エミリィの白い肌がゴールデンスライムの体液の中でもくっきりと見えた。
濁った視界でなければもっとはっきり見えただろう。
……多分ベンからは危うい所以外丸見えだ。
って、それどころじゃない。
──ごめん、エミリィ。
一言謝ってから、ビィトはエミリィに抱き着く。
そのまま、大きく口を開けてエミリィのそれにかぶせると息を吹き込んだ。
ビィト自身も肺に残った空気に余裕があるわけじゃない。
一呼吸が精いっぱいだが、やらないよりはましだ。
エミリィの肺が一度膨らんだのを確認したビィトは、ベンにハンドサイン。
外から切れ! と合図する。
するが……伝わるか!?
一瞬ベンが怪訝な目をしていたようだが、すぐに合点がいったのか、ビィトの荷物のうち冒険者の残骸から回収した手斧を取り出す。
そのまま、片手で鞭を保持しつつ、空いたその手でゴールデンスライムの体表に切りかかった。
ズバァァ! その途端に引っかかっていたような内膜の圧力が消える。
(今だ!)
ベンもすかさず引き出しにかかると、一気にビィトとエミリィの姿がスライムから引き出された。
ダッパァァァッァン!!!
「ゲェェェェホ、ゲホッゲホ……ゲホぉぉ!」
ビチャビチャと、スライムの体液を吐き出し咽るビィト。
新鮮の空気がことのほかうまい────ッ、エミリィ!!
「エミリィ!! エミリィ!!!」
「…………」
ピクリとも動かないエミリィ。
まだ体は温かいが──……。
ガバリとそのささやかな胸に顔を寄せると、
「し、心臓が!!」
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