第65話「なんか強敵でした」


 ──うしろだ!!

 


 そうだ。

 池の美しさに見とれている場合じゃなかった!


「へ? うおおおお!?」


 悲鳴を上げるベンの真上にはキラキラと輝くスライムが────。


「クソッ!」

 池に目を奪われている隙に、上から襲うって寸法かッ。スライムのくせに知能があるのか!?


 よく見れば黄金に輝くスライムの体の中には複数の骨が浮かんでいる。

 頭蓋骨の形状からしてグレーターゴブリンだろう。


「ベンっ、避けろッ」


 ベンを巻き込みかねないので火球や氷塊は使えない。

 こういったときは、こいつで────石礫ッ!


 バキュンと飛んでいく石礫、柔らかそうなスライムの表面を簡単に貫くかと思ったが──……ポシュン~。


 ──へ?


 スライムの体表に当たったとたんに煙のようになって消えるビィトの魔法。


「あ? あ……な!?」

「お兄ちゃん! うしろッ」


 うげ!?


 また、うしろ!?


 ザバァッァァンと、池を割って出てきたのは巨大なスライム。

 池の底に浮いていた黄金が一瞬で移動して、池の底が真っ黒の土に戻る────。


 つまり池の底にいたのは、全部!? っていうか────でかっ!!


「逃げてッ」「逃げろっ!」


 ドッパァッァァン!


 うにょ~~んと池から体を伸ばした奴と、ベンを背後から襲った奴が挟み撃ちをせんッ、とばかりにビィトを強襲する。


 ベンはうまく逃げられたようだが、ベンに気を取られていたビィトはワンテンポ遅れる。

 そして、そのビィトに警告したエミリィは更に遅れる────。


 エミリィ!!


 ザバァァンン! と、池から全身を現した黄金色のスライムは、さもうまそうにエミリィを飲み込む。


 バカな──!


 ゴールデンスライムは黄金にしか興味はないはずじゃ────!?


 いや、

 くそ──。


 希少種レアモンスターの生態なんて完全に分かるはずもないか!


 実際、グレーターゴブリンは飲み込まれている。

 どうやって捕食するのか知らないが……。


 物理攻撃でも、かなりやっかいなはずのグレーターゴブリンですらやられている。

 簡単にやられるような珠じゃないはずのグレーターゴブリンが、だ。


 クッ、

 どうりでグレーターゴブリンがここに近づかないわけだッ。


「エミリィ! 今行く!」

「器用貧乏ッ! テメェじゃ無理だ──」


 うるっさい、ベン! 黙ってろ!


 洞窟の外に逃げたベンを追って、ゴールデンスライムが体の一部を分離する。

 そしてヌタヌタと動きつつ存外早い動きでベンを追いかけ始めた。


「ひぃぃぃぃ! 器用貧乏──援護しろォぉ!」


 知るかッ、自分で何とかしろッ。


 ベンの命令とも懇願ともつかぬ叫びに、ビィトは真っ向から反抗する。

 そのため呪印が発動したらしく、胸がギリギリと痛み始めた。


 だけど、


「エミリィぃぃぃぃぃぃ」

「ごっぼおぼおぼ(おにいちゃん!)」


 全身をゴールデンスライムに飲み込まれたエミリィが苦し気に叫ぶ。

 息なんて出来ないだろう。


 内部の圧力で圧縮するタイプかと思ったが、ゴールデンスライムは獲物を窒息させてゆっくりと溶かすタイプらしい。

 スライムの中にも凶悪な種として、アシッドスライム──なんて恐ろしい種類もいたりして、そいつらなら飲み込まれた瞬間全身ドロドロになるというが……まだマシか!


 だけど、こいつ────!


「は~な~せぇぇぇぇぇぇ!!」


 エミリィを巻き込むわけにもいかないため火も氷も使えない!

 仕方なしに、石礫を放つのだが、体表に当たったとたんに煙となって消える。


 ためしに、水矢を撃ってみたが──効かない!


 こ、

 こいつ……。


 魔法耐性が高すぎる!


「ごぼ……ゴブブッ」


 エミリィの吐き出す泡の量が少なくなっている。

 彼女の息はスライムの体表から出ずに、奴の頭? の部分に溜まっている。


 表面はうっすらと硬く、膜で覆われているかのようだ。


 くそ! 物理攻撃しかないのか!

 でも────。


 ビィトの持ち物の中にはグールシューターの巣から回収した装備品がいくつかある。


 ベンに取られなかった装飾の凝った剣も腰に差している。


 だけど、

 だけど、


「お、俺は剣士じゃないんだよ! くそぉ!」


 それでも、剣が握れないわけじゃない。

 振れない程力がないわけでもない!


 チラリと、豪剣を振るジェイクの姿が脳裏をよぎった。

 彼の如く剣が振るえれば──。


 ッッ!


 ──────やってやる!


 別に剣士だけの専売特許というわけでもないだろう。

 ただ、それが上手く扱えるか否かの差だ。


 ジクジクと胸が痛むが──くそッ。ベンの奴!


 今ベンを援護に行けば、エミリィは確実に死ぬ。

 人間そんなに息が続くわけがない。


 だから、ベンのもとへはいけない。


 ビィトにとっての優先順位はエミリィが最上位だからだ。そこに自分の命は二の次になっている。


 奴隷の呪印で苦しむことなど、戦闘の邪魔になるという程度でしかないッ。


 ぎゃああああぁぁ! というベンの声が聞こえるが、それはまだ元気に逃げ回っている証拠だ。


 ゴールデンスライムの行動範囲が何処までかは知らないが……。

 おそらく、コイツらは定期的にゴブリンを襲っているはずだ。


 でなければわざわざゴブリンとて、ここに捕食されに来るはずがない。

 体内のゴブリンの骨は外で捕食された連中のものだろう。

 それから察するに、恐ろしく好戦的なスライムだ。


 ……ベン! うまく逃げろよ。


 援護は──できない!

 わかっているとは思うが、下手にグレーターゴブリンに襲われるところまで行かれても困る──。


 それより、


「今行くッ!」

 エミリィ────!!


 使い慣れない剣を抜くと適当に構える。

 ビィトには正しい剣の構え方なんてわからない──……くそ!


 脳裏にジェイクのそれを思い浮かべながら何となく構えてみたがさまにもならない。


 だけど────。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ザクッ──ブシュ!!


 …………。


 通った!


 ぶにょんとスライムの体を剣が貫くも────、


「って、貫いたから……どうなるものでもない、か!」

 こいつらに痛覚があるかもわからいないうえ、切ったところでゼリーに切り込みを入れたような感触があるだけ。


 ビィトが苦戦している間にエミリィの口から酸素が止まる。

 喉を抑えてジタバタしているが、だんだんその動きも弱々しくなり──。


「だ、だめだ、エミリィ!!」


 なんとかスライムから逃れようと、もがいてはいるも……ほとんどその場から動くこともできないようだ。


「くそぉ、くそぉ!!」


 ザック! ザック! と切りつけるも手ごたえがない。

 スライムを倒す定石は魔法攻撃で殲滅するのが一番楽なのだが……まさか魔法が全く効かないなんてッ!


 魔法耐性があるとは知っていた……。

 知っていたが────!!


 こんなぁぁ!!


 石礫も魔法で練成するため物理に見えて──実はそうではない。

 やはり根っこは魔法攻撃らしい。








「ど、どうやって倒すんだよこんなやつ!」

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