第63話「なんか目指しました」

 黄金の池。


 聞くだけなら、凄まじい財宝に溢れていそうな池を想像するだろうが──そんなわけはない。

 たしかに砂金を含んだ土が池の底に溜まっているが、ここは毒物の含有も多く採掘には手間も掛かるし、なにより危険が伴う。


 なんとか採掘しても汚染された毒は強力で、除染にまた一手間……ようするに、労力に見合わないとしてここは採掘場とはなり得ない場所だった。


 欲深い人間なら、本来もろ手を上げて喜ぶところだけど、ね。


 モンスターはスライムがいる程度でその危険は少ないとは言われているが……、そもそもこの奥地にたどり着くのが困難だった。


「ベン……早く歩いてくれよ」


 ビィトの呆れたような声が谷の奥地で響く。

 先細りした谷は、上層までそびえておりどれ程の高さがあるか想像もつかない。

 うっすらとした白線が、谷の切れ間だろうか。

 谷底には光が届かず、空が暗くなるほどで不気味な雰囲気だ。


 鬼の巣を抜けた先は細い小径があるだけで、他に行き場所はなかった。


 つまり一本道、最後の通路だ。


 とはいえ、グレーターゴブリンが大挙して押し寄せないだけ、はるかにマシと言うもの。


 あのゴブリンキングの部屋を脱出して以来、グレーターゴブリンはすっかり鳴りを潜めてしまった。

 遠巻きに観察はしているようだが、こちらに手を出す気配もなく、

 ──少々不気味ではあるがそのまま鬼の巣を抜けさせてもらうことにした……。


 眼が潰れて転げ回っていたゴブリンもいくらかはいたはずだが、ビィト達がゴブリンキングの部屋から出たときにはその影も形もなかった。

 かわりに……その場所にはベッタリと血が残っていたり、乱暴に切りつけた跡があったので──多分、哀れな彼らは同族のディナーにでもなったのだろう。


 ──本当に悪食な連中だ。


 実際うまいのかね? ゴブリンの肉って────、絶対食わないけど。


「お兄ちゃん──それ」


 クイクイと服を引っ張るエミリィを見れば、恐る恐ると言った感じでビィトの背嚢に括りつけてあるズダ袋を指していた。


 中からは乾いた木のような音がする。


「あぁ……ゴブリンキングの部屋で見つけた────冒険者たちの遺骨だよ」


 総勢何体分になるのか分からないが、

 ゴブリンキングの部屋には相当数の遺体があった。

 それは、よほど乱暴に食い散らかされたのだろう。

 

 アンデット化すらできないほどボロボロで、

 廃品の丘にもいけずに、スケルトンやグール化することもなくぐちゃぐちゃになって捨てられていた冒険者の残骸だ。


 一応、下顎を主に回収してきた。


 何体分になるか分からないほどだ。

 ビィトがこれまで集めてきた遺骨の数はかなりのものになる。


 大したお金にはならないけど────報酬以前に死んだまま、忘れ去られてギルドの名簿にも行方不明のまま放置されていたのでは哀れに過ぎる。


 持ち主のわかる装備も回収してきた。


「そう……優しんだね」


 曖昧な笑顔を浮かべるエミリィ。

 ……そうか、エミリィの父親もダンジョンで行方不明になっていたんだったな。


 野ざらしの遺骨に思うところもあるのだろう。


 あまり触れない方がいいのかもしれないが……機会があればエミリィの父親の行方を捜してもいいだろう。


 生死のことは触れずに……。


「優しいわけじゃないよ。これだってお金も貰えるし……一応冒険者の義務なんだよ」

 もっとも、ほとんど順守されてはいない。

 大した報酬にもならないし、荷物としても嵩張る。


 なんといっても────やはり、遺体にせよ、遺骨にせよ。あまり気分のいいものではない。


 今、ビィトのズダ袋の中を見ればちょっとしたホラーだろう。

 人の遺骨──しかも下顎ギッシリ……。

 グールローマーやシューターのそれは、まだ骨の中に髄液が残っているのか、…………少々臭うしね。


「そっか……」


 それっきり黙ってしまうエミリィ。

 ノロノロと歩みが遅くなり、後方を妙な歩き方で追従しているベンと肩が並ぶ。


「う……、お、おい! ガキ! 俺の後ろに立つな」


 ベンがケツを押さえてピョンと逃げる。

 エミリィが物思いに耽り足が遅くなったため、たまたまだ。

 イチイチ目くじらを立てるほどでもないだろうに。


 だが、アレ・・以来ベンは頑なに後ろに人が来るのを嫌がる様になった。


 危険地帯なら率先して隊列の中央にいたくせに──だ。


「ご、ごめんなさい」

 エミリィはハッとして、すぐにビィトの横に並ぶ。


「(ベン、大分参ってるな)」

「(そ、そうだね……ゴブリンキングのところで何かあったのかな?)」


 …………うん。

 ナニかありました。──多分、ね。


「(あまり触れてやらないでくれ──面倒くさいから)」


 そうだ、

 からかいたいのは山々だが、ここはまだダンジョン。

 さっき、この細い小径に入って以来──グレーターゴブリンの気配は一斉に失せた。

 

 恐らく彼らのテリトリーから抜け出たのだろう。


 なぜ彼らがここに入ろうとしないのかはわからないが、……気にしていてもしょうがない。






 さぁ、ラストだ。


 黄金の池とやらを目指そう。

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