第62話「なんか鍵をみつけました」


「ベン……これを使えよ」


 ビィトは荷物の中から着替えを取り出した。

 冒険者は荷物を極力少なくするため、着替えなどは持ち歩かないことが多い。(そも、服自体が結構な値段がする)


 そういって渡したのはベン用の下着だ。


 自分だけはちゃっかりと下着を持ち込んでいるベンに呆れを感じるが、衛生的なことは長期間の行動において結構重要だったりする。


 その点では、ベンは長く冒険者をしていたのだろうという片鱗を感じさせる。


 ちなみに「豹の槍パンターランツァ」では、着替えが一つあればあとはビィトが水魔法や火魔法を駆使して短期間で洗濯していたものだ。


 おかげで荷物が少なくて済んだ。

 そういえば、リスティは中々下着を洗わせようとしてくれなかったっけ……。


「お、おう……」

 バツの悪そうな顔で受け取るベンは、部屋の隅でコソコソと着替え始めた。


 着替え中──────デブ禿が、ほぼでいるのはすごく違和感がある。


 「ベンさんや、下着はどうしたんだい?」と聞いて見たらどんな反応をするのだろうか。


「お、お兄ちゃん……いじわるそうな目をしてる」

「あ、ごめ──」


 エミリィには見透かされていたらしい。イカンイカン……。


 でも、さ。ちょっとくらいね……。ベン嫌いだし──。


「ちくしょう……ちくしょうッ!」

 と涙声が聞こえるので……うん。そっとしておこう。


「ベン。代わりの装具を置いておくぞ」


 グールシューターの巣でみつけた冒険者の装備を漁ったうち、比較的軽い皮の胸当てなどがあったのでそれを置いておく。


 もとの装備まで、とはいかないが薄着や下着一枚よりマシだろう。

 ……さすがにゴブリンの鉄鎧は着る気にならないだろうし……。


 っと、そうだ! ゴブリンキングっ。


 ベンの有様に気を取られていたが、ゴブリンキングは仕留めたわけではない。

 ないが…………。


「うわ……なにあれ? お兄ちゃん……」

 エミリィが若干引きながらゴブリンキングを遠目に見ている。


 あれ……?

 アレって……あれかーーー。


 うわ~……色んな汁が出てる。南無……。


 既にゴブリンキングは事切れていた。

 一見して冗談のような攻撃だったのだが……なるほど、柔らかい内臓を突き破ってしまったらしい。


 ドクドクと溢れる血とか変な汁とかが、奴の最期を物語っていた。


 まぁ……あんな太いもんが根っこまで刺さったら死ぬわな。

 人の大腿骨丸々一本ですもの。


「エミリィは……見ちゃダメだ」


 うん、教育に悪い。

 後から抱締めるようにエミリィの目を隠すと、くる~り、体ごと出口へ向けさせる。


「ここは俺がやるから……エミリィは入り口を見張ってて」

 流石に子供に見せていいものではない。


 適当に口実を付けるとエミリィを外へ向かわせる。

 ……確かに見張りは必要だけどね。


 しくしくと泣き始めたベンを無視しつつ、ゴブリンキングの耳を切り取る。


 その瞬間、ポイン♪ とドロップ品が沸いた。


 結果、

 ゴブリンキングの耳×1。


 謎骨の指輪×1


 以上。


(なんだろうこれ?)

 指輪の骨は何かの動物なのは間違いないが、綺麗に磨かれておりツヤツヤだ。


 売ればそれなりに価値がありそう。


 ベンは未だにシクシク泣きつつ、ビィトが置いておいた装具を身に着けている。


 禿デブのオッサンが、革の胸当てを────。


「ブフッ!!」


 やばい、超うける。

 なにその踊り子チックな格好は──ぶふッ!


 革の胸当ての持ち主は普通の体格だったらしく、それを付けたベンは滑稽なまでに自分のオパイを主張している。


 腰に巻いている毛布がヒラヒラと揺れているものだから、どう見ても南国風踊り子だ。


「な、なに笑ってやがるッ」

「…………ワラッテマセンヨ」


 ニヨニヨ。


「嘘つけ! ……ぐむむむむッ! お、覚えてろ!」

 そんな恰好忘れられんわッ! ブフハッ!


 ベンは着替え終わると、イソイソと妙な歩き方で洞窟を逃げるように出ていった。

 おかげでドロップ品の回収には気付かれなかったらしい。


 これ幸いと、残りのドロップ品を探る。


 部屋の中は、ほとんどゴブリンキングの食いカスだらけだが、中には冒険者の持ち物らしきものもある。

 脂でベッタベタにとけたナイフやら、固着した銅貨。血を吸って物凄い悪臭を放つ衣類などがあった。


「どれも──……」


 って、これ!?


「…………鍵だ」

 正確には水晶玉のような形状をした魔石。



 ダンジョンのボスが持つアイテムで、これを最奥の魔法陣に乗せると一気に地上部へ帰れるのだ。



 最奥の黄金の池ではなく、ここにボスがいたらしい。

 すなわちゴブリンキングが嘆きの谷のボスだったのだろう。


「帰り道を短縮できるだけでもありがたいな……」


 またグレーターゴブリンやら、クリムゾンゴブリンの群れとかち合う・・・・のは御免だ。


「これで……生きて帰れる可能性が高くなった……」

 シミジミと鍵を見つめると、洞窟内でユラユラ揺れる火に透かした。


 嬉しさよりも安堵感がある。


 ──生きて帰れる……。


 正直、ダンジョン攻略でここまで危機を感じたのは初めてかもしれない。

 「豹の槍パンターランツァ」にいた時もピンチはあったが、それを跳ねのける火力を持った味方がいた。

 火力のジェイクに、守りのリスティ。そして、陰に日向にパーティを支えるリズ。


 ……本当にバランスのよいパーティだった。


 だが、それを追い出されて行きついた先が、ベンの奴隷パーティ。しかも即席。


 まさか、役立たずのビィトが前衛火力から回復、防御、ときには索敵までこなすことになるとは思わなかった。

 ある程度はできる自信はあったが、まさか全部自分でやることになるとは……。


 たしかにエミリィは優秀だし。ベンによる奴隷補正効果はあったかもしれない。


 ──それでも、だ。


「なんだろうな──俺はもしかして……」

 いや、考えるな。


 その考えが正しければ、「豹の槍パンターランツァ」を追い出されるはずもない。


 しょせんは器用貧乏。


 踏破済みのダンジョンで鍵を手に入れただけでいい気になってどうする。


 洞窟の奥で物思いにふけるビィト。


 それは、「豹の槍パンターランツァ」での評価と周囲の冷遇に自分を見失いかけていた彼が一歩だけ……前に進もうとする時間だった。


 あぁ、もしここを生きて出られれば……自由になって──。

 エミリィと、そうだ……エミリィともう一度────……やり直そう。



 もしかすると、知らない自分がみえてくるかもしれない、と──。




「────お兄ちゃ~~~~ん!」



 エミリィの声が洞窟に響き渡り、ビィトはハッとする。

 

 そうだ……。

 まずはここを出る。


 そして、自分を買い戻すんだ。



「今行く~~~~~!!」


 ちゃんと返答し、もう一度部屋を見渡して見落としがないかを確認。


 荷物も回収し──あとはいくだけ。





 一路──黄金の池へ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る