第60話「なんか汚いもの見ました」

 硬直するビィト。

 勢いよく飛び込んだものの、目の前の光景は想像を絶する酷さ。


 いや、ホントに酷い……。

 

 覚悟はしていたとはいえ、

 ゴブリンキングの巣の最奥にて──。


 ビィトはこの世で最も汚いものを見た気がした。


 えぇ、

 そりゃ、

 もう、

 とっても、

 汚い、

 きったな~~~い、


 それ。


 ……大型動物の毛皮を敷いたベッドのようなところで、ベンがクネリと体にしな・・を作ってヨヨヨヨヨと、涙を流している。


 それはもう、声もなくさめざめと……。


 指は子供がチュパチュパと指をしゃぶる様に、自分の親指の爪をカミカミとしつつ歯を食いしばっている。


 そんでもって、…………なんか、うん汚れてる。

 

 ええ、そりゃもう、汚れてます。

 と・て・も、汚れているとだけいっておこう。



 ヨヨヨヨヨヨヨ……。

 ベンの泣き声が静かに響く。



「エミリィちゃん。見ちゃだめよ」

 背中に隠していたエミリィをさらに隠す様に、後ろ手に自らの背中に押し付ける。


「わぶっ! なに? どーしたのお兄ちゃん!?」

「こ、子供には刺激が強すぎる……から」


 いや、まぁ…………。

 …………。

 俺にも刺激が強いわ!


 臭いも、

 見た目も、

 存在そのものも!!


 つーか、くさッ!

 

 イ◯臭ッ!


「べ、ベンさんは無事なの!?」

 エミリィがモゾモゾと動き、ビィトの背中から出ようとするが、断じて許さぬッ。


「ぶ、無事と言えば無事だ────それより……」


 ぬぅー……と、ベンを確保していた大男のような体躯の、醜悪な容貌をした人物が起き上がる。


 いや、人ではない────。


 まぎれもなく、ゴブリン。

 それの最強種たるゴブリンキングだ。


 今は、鉄の鎧も兜も脱ぎ、体には髑髏のネックレスのみ着けていた。


 ゴブリンキングの裸体は、

 その……なんというか、スッゴい立派。


 筋肉ガッチムチ!


 だが、その鍛え抜かれた体躯がドロドロに汚れている。

 もともと風呂に入るような種族じゃないだろうし、

 奴の体中には、なんだかよくわからない汚れた液体が付着し、下半身には血もついていた……。


 そんな凶悪な風体の奴が、ポイすとベンを放り捨てると、敵愾心溢れる目でビィトを睨み付けてきた。


「ゴブリン──キング」


 ポツリと漏らしたビィトの声に、ニィ~と笑い返される。

 その様子に背筋がゾゾゾゾゾゾと震えあがる。


 ベンの惨状を見ていれば、次に自分がああならない・・・・・・とも言い切れない……。


 ってか、ベン──大丈夫かッ!?

 なんか、オイタされた婦女子のように────……あ、いや。うん。


 動揺するビィトを尻目に、(尻に目を!?)

 ゴブリンキングは部屋の隅に転がしていたダンビラを拾いに行く。


 ベンに比べて随分と堂々としており、

 それを隠しもしないで部屋をノシノシと横切る。


 パッと見、汚いオッサンにしか見えないゴブリンキングと、

 元から汚いオッサンの……ベン、そのダブル────。


 うん、すっごい絵面です。

 ゲロがこみ上げてきそうだ。


 そもそも、なんだこの地獄のような匂いは……!


 ビィトは気を取り直すと、油断なく魔法を放とうと構える。しかし、ビィトの様子など気にした風もなくゴブリンキングは余裕そうにダンビラを拾い上げた。


 その拍子にガラガラと崩れ落ちる白骨の山。

 中には肉がこびりついていて新鮮なものや、腐敗した肉にまみれたものもある。


 どれもこれも、人型で──人間やらゴブリンのものらしい。


 さばいていたばかりと思われるズタズタの死体なんかが匂いの原因らしい。


 オエエェェェェ……。


 思わず、口を押えたビィトに、ゴブリンキングが小馬鹿にしたように笑う。


 それはもう、

《ギィエエエエエエ!!》

 ──掛かって来い、と言わんばかり。


 クッ!


「エミリィ! これをもってベンのところまでいって!(エミリィに見せたくはなかったが……やむを得ないッ!)」


 毛布を取り出し、エミリィに押し付ける。


 ベンの保護を、エミリィにさせるのもどうかと思うが、今はベンを安全地帯に逃がして、ゴブリンキングとビィトが一騎打ちをした方がよさそうだ。


 下手に魔法をぶっ放しても、ベンを巻き込んでしまいそうで……。


「う、うん! ……て、きゃ──!」

 エミリィが顔を覆って硬直。

 

 うん、ベンの状態は酷いもん。痛々しい、汚い。

 うんうん、わかるよ。わかるけど──、


「いいから、なるべく見ないように、早くッ」


 トン……とエミリィを押し出し、ベンの下へ……急いでくれッ。


《ギィエエエエエ!》

 渡すか、この野郎! と言っているのだろうか──ゴブリンキングの興味がエミリィに移る。


 女に興味がない以上。ゴブリンキングにとってエミリィは食肉程度だろう。殺すことに躊躇はない!


 ──させるかぁぁ!!







「エミリィに触るなぁぁ!!」

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