第59話「なんかベンを追いかけました」

 ひんやりと冷える洞窟は所々明かりが設けられている。


 人の頭蓋骨を利用したそれに、動物由来の脂が溜め置かれ、麻紐のようなものに火をつけた簡易ランタンだ。

 ゴブリンの技術だとしたら……文明の様なものもあるらしい。

 ……かなり原始的だけどね。


「エミリィ──。奥の……ゴブリンキングの部屋まで言ったら、そこで先頭交代だ。俺が先に中を確認する」


「?? ん? うん……。わかった?」


 エミリィは腑に落ちないような顔だが、特に反対するでもなくビィトの意見に賛同してくれた。

 ──最後だけ譲れと言うビィトに、だ。


 理由は──察しがいいなら気づくだろうけど……。

 その、なんだ……。ベンがゴブリンキングにナニをされている最中だとしたら、さすがにエミリィに見せるわけにはいかない。


 いや、俺だって見たかないけど……。

 ──見たかないけど!


 ……子供に見せるよりかはいいだろう。


 うん、いいはず。


 悶々と悩みつつビィト達は慎重に奥へ向かっていく。

 

 ピチョン、ピチョン……と水滴が垂れ首筋を叩く。

 足元を水流が奔り、見たこともない生物がニョロニョロとはい回る。


 そして、唸り声とも呻き声ともつかぬ声が奥から延々と──。


 ベン……。大丈夫──か?


「お兄ちゃん……罠──ないね?」


 そう言いつつもエミリィは鉤棒で周辺警戒を怠らない。

 ビィトも敵の奇襲を警戒している。


 だが、……奥の気配を除いて脅威はなかった。


「よほど腕っぷしに自信があるのかな?」

「うん……一目見ただけだけど……強そうだった」


 エミリィが自分をかき抱き、恐怖を追い出そうとしている。

 その肩に手を触れ、柔らかい肌を軽く撫でた。


「大丈夫ッ! 俺達二人ならやれるさ」


 ニッと笑ってエミリィを安心させようとする。

 もっとも、それは自分自身を勇気付けるためでもある。


 パーティの編成としては、どちらも前衛職ではない。火力やタンクとしては頼りないものだ。


 だが、エミリィを矢面に立たせるわけにはいかないから、必然的にビィトの出番となる。


(一気に勝負を決めないと……!)


 ビィトに勝ち目があるとすれば、一対一の環境下で戦えることだろうか。

 それを最大限にいかして、ゴブリンキングにはこちらを触れる暇も与えずに、遠距離火力で圧倒してしまえば存外勝てるかもしれない。


(やるしかないんだ……)

 ギュッと、魔法を生み出す両の手を握りしめるビィト。


 戦いへの決意を固めるビィト。


 次の瞬間、その姿に向かってエミリィが声をかけた。


「お、お兄ちゃん……」

 ブルブル震える声のエミリィ。震える指は、奥を指し示している。

 なるほど、その先が奴の寝床だと察せられた。


 ビィトの聴覚にも、ゴブリンの荒い息遣いが聞こえる。


 ベンは──────……。


「エミリィ──……行くよ! 最初は俺の背中に隠れてて」

「う、うん!」


 小さな洞窟の奥──。


 急カーブの先に煌々と明かりがともり、角の生えたシルエットが妙に大きく壁に踊っていた。

 それがゴブリンキングだろう。


 ……ここは一層匂いが酷い。


 小走りで突入するビィト達の足元には、白かったり、茶色だったり、赤かったりする──食い散らかされた骨が散乱していた。


 どれもこれも、人型で──人間の物からゴブリンの物まで様々だ。


 バリン、バキバキッ──と嫌な音が響く。


 鳴子なるこの様な効果もあるのか、これでは気付かれずに接近は無理だっただろう。


 人骨を割り砕く嫌な音──。


 だが、ビィトは顔を顰めつつもそれくらいでは怯まない。

 骨を割り砕きながら、一気に駆け抜けると、──バッ! と飛び出す。


 下手な小細工よりも強襲だ! ベンを助けるにも、敵に暇を与えない方がいい────






 って…………。


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