第58話「なんか臭いました」
「ひ、酷い匂い……その、なんだろう。この匂い──……」
いまにも吐きそうな顔のエミリィ。
「エミリィ。嗅覚探知のスキルはもういいよ。ここまで近づけば多少は音が拾えるんじゃないかい? ……その、」
「ベンは生きているかい?」と確認。死んでいたらどうしようもない。
骨くらいは拾ってやりたいところだが、それよりも大事なことがある。
戦い方だ。
ベンが生きて────その、なんだ。ナニをされているなら、彼を巻き込むような戦いはできない。
……いや、巻き込んでもいい気もするが、……まぁ言うまい。
だが死んでいるなら話は別だ。
ゴブリンキングに容赦などせず、洞窟ごとぶっ潰してやる。
アリの巣と同じにな!
だから、いますることは生死の確認だ。──せ○〇じゃないぞ!
ベンがぶっかけられてようが……知らんッ。
と言うか見たくもない。
一瞬、そのおぞましいシーンを想像して怖気が立った。
勘弁してくれよ。
ビィトは物凄く悪寒が
……流石に、エミリィにそのシーンを見てしまうかもしれない偵察をやらせるのは──刺激が強すぎるだろう。
中に入っていきなり、衝撃シーン────とか、トラウマにしかならない。
奥行きが深ければエミリィの出番だが……。
今はまだ、ビィトの仕事の領分だ。
グビリと喉がなるのを聞きながら、ゆっくりと入り口に近づく。
…………。
さて、
中を確認しよう。
……そろそろ~と進み、洞窟の方へ近づく。
嗅覚スキルを切ったエミリィは、今度は聴覚スキルを使って探知しているらしいが、苦労しているようだ。
複雑な地形と、水流は洞窟内にも流れているらしい。
ベン──────。
生きてるのか?
そ~っと、覗き込んだ洞窟の中は薄暗く奥まで見通せない。
しかし、それほど奥行きがあるわけでもなく、生き物の気配がわりと近くから感じ取れた。
それに合わせてなんとなく、生臭い匂いが漂ってきた気がする。
(やはり……いるな)
エミリィだけに頼るわけにもいかないので、ビィトも身体強化を使って聴覚を上げて索敵する。
ザァァァアアア、と地下やら空洞のどこかを流れる水流が邪魔だったが、たしかに生き物の声が……する。
……ぃぃ!
ッッ!!
──ひぃぃぃ!
ベン!?
あのダミ声は聞き間違えようがない。
何か追い詰められたような……切羽詰まった様な声。……きっと、死ぬような目にあっているのかもしれない。
だが、間違いなく生きている……!
「(エミリィ! ……ベンはまだ生きている──多分、ここからそう遠くない)」
「(うん。私も聞こえた……! ベンさん生きてるッ)」
嬉しそうな──とはちょっと違う感じだが、エミリィはベンのことを案じていたようだ。
「(ここは狭い……。多分行き止まりの洞窟だと思う。その一番奥にベンはいるな)」
「(そう……みたい。ベンさんだけじゃなくて……その──)」
そうとも……ベンを玩具にするため攫ったなら、必ずその持ち主がいる。
すなわち……ゴブリンキング。
本来なら、奴には多数の手下がいるはずだが、この洞窟にはその気配がない。
ふむ、
ここは奴のプライベート空間なのかもしれないな……。
たしかに、耳を澄ませば水音に混じって──グヒャヒャヒャヒャアアア!! と、例のゴブリンキングの声がする。
その後にベンの苦悶の声が響くのだから……何してるんだか。
いや、ナニしてるのか……。
────その、なんだ。……超見たくない。
「(お兄ちゃんッ! 急ごうよ!)」
「(そ、そうだね)」
焦燥感に駆られたようなエミリィの顔を見て胸が痛んだ。
この子は本気でベンを案じている。
あわ良くばと考えていた自分が、実に浅ましく感じられた。
……そう、だな。
ベンを助けよう。
今なら、ここにはベンとゴブリンキングしかいないみたいだし。──大勢に囲まれる心配はない。
うまくすれば、数ではビィト達の方が上になる。
「(よし……)行こうッ! エミリィ!」
「……うんッ!」
潜めていた声を戻し、決意と共に意思を示す様に声を上げる。
その瞬間──。
一瞬だけ、洞窟内の音が消えたような気がした。
まるで、敵意が溢れるような気配。
……間違いなくゴブリンキングはこちらの存在に気付いただろう。
もう後戻りはできない。
「……気付いたみたいだね」
「うん……でも、動く気はないみたい」
エミリィが真剣な眼差しで洞窟の奥を睨む。
覚悟は既に決まっているようだ。
「気を付けてねエミリィ。……ここは君に先導してもらうしかない」
そうだ……ゴブリンキングの巣。罠があるに決まっている。
「うん。まかせてお兄ちゃん」
真剣なまなざしのまま、鉤棒を取り出し地面と壁──そして天井を警戒しながらエミリィは進み始めた。
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