◆豹の槍1◆「なんでこうなった!」

 ところ変わってビィトを追い出した「豹の槍パンターランツァ」は、今日もダンジョンにトライしていた。


 先日の失敗により大赤字を出しているため、稼ぎを出さないとダンジョン都市での生活もままならないのだ。

 幸いにも、ビィトを追い出したことにより、若干の支出は減ったので、なんとか一度くらいはダンジョンへトライする資金を捻り出すことができた。


 しかし……。


「リズっ! 何をしている!」


 「地獄の釜」の深淵にトライする資金を稼ぐために、依頼クエストを受けてダンジョン内で狩りと採取を行っていたのだが……。


「リズぅ! 早くしなさいよ!」


 次々に、厳しい口調で詰め寄られているのは「豹の槍パンターランツァ」での盗賊シーフ役を務める、暗殺者アサシンのリズだ。


 彼女は元々奴隷階級であっただけに、リーダージェイクには忠実で、黙々と従っていた。


「は、はい……ジェイク様……申し訳ありません」

 疲労がにじむ声で返すリズ。

 彼女の背には大量の荷が背負われている。


 パーティ内の生活用品に装備、アイテム、ドロップ品、クエスト用の討伐部位に──その他様々な物資・物品だ。


 いくら高レベルでSランクとはいえ、小柄な彼女をして異常なまでの荷物の量だ。


 フラフラの様子を見てもわかる通り、明らかに過剰労働オーバーワーク。……ヨロヨロと歩く彼女は汗だくで息も絶え絶えだった。

 

 その上で盗賊シーフとしての役目も、まっとうせねばならない。


「ぐぅ……ぅぅ」


 ジェイク達に聞こえない範囲でリズは苦し気にうなる。


 だが、仕事には手を抜けない。

 パーティ内でのリズの任務は、経路の安全確認に周辺警戒と非常に重要だった。

 そんなリズの「罠探知」のスキルがジェイクの前にあるトラップを感知する。


「ッッ────ジェイク様!」


 スキルが警告を発したものの、行動にワンテンポ遅れが生じる。それを受けてリズは慌てて手裏剣を投擲すると、事前にトラップを作動させた。


 ブンッと、空気を切る手裏剣がジェイクのスレスレを掠めていく。

 狙いあたわず、スパン! と、トラップを発動させるワイヤーを手裏剣が切り裂く。

 途端に────バィィィン!! と、凶悪な音を立てて大型クロスボウが発射された。

 それは、前方を歩いていたジェイクを指向し──ズドン! と突然目の前に突き刺さる。

「ひぃ!」

 その巨大な矢じりにジェイクは腰を抜かした。


「ッ! り、リズ!! てめぇ──ざっけんじゃねぇぞ!」


 素早く起き上がると、リズの胸倉をつかんで顔を思いっきり殴打する。


「あ゛う゛!」

 容赦のない一撃が彼女の端正な顔を貫く。

 ……口の端からは血が一筋──。


「俺を殺す気か! この野郎!」

「す、すみませんジェイク様──」


 ドカッ! さらに腹に容赦のない一撃を喰らわせるとその場に彼女を捨て置く。


「ぐふぅぅ……う、ぐ」


 ベチャベチャ……と胃の中の内容物を吐き出すリズには目もくれず。


「くそぉ! 全然捗はかどらねぇ! おい、ビ────」

 ──ビィト! と八つ当たり相手を求めたジェイクは、それがいないことに気付いて苛立たし気に舌打ちをした。


「ちぃ! こんな時にいないとは、役に立たない野郎だ!」


 自分で解雇しておいてこの言い様。

 上手くいかないその苛立ちを、更にリズへとぶつけるジェイクは、地に這いつくばって吐き戻しているリズを思いっきり踏みつけた。


「あ゛ぐ!!」


 容赦なくグリグリと頭を踏みつけ、


「早く立て! 今日はノルマの半分も達成していないんだぞ!」

「は、はい……」

 

 グググと、足蹴にされたままヨロヨロと起き上がるリズ。


「ちょっと~……私の荷物汚さないでよね」

「はい…………」


 ふん、とジェイクもリスティも鼻を鳴らしてすぐに興味を失う。

 二人はリズに荷物を待たせているのだから実に軽装だ。


 その分はしっかりと戦闘で貢献しているのだろう。

 ジェイクが進んできた後には確かにモンスターの死体の山がある。


 どれもほとんどが一刀のもとに切り裂かれており、ロクに抵抗出来た様子もない。


「くそ……荷物持ちは、やはり……必要か」

「兄さんのこと? 嫌よ私は──!」


 ヨロヨロと進むリズを見て、ジェイクなりに結論には達していたようだ。


「誰があんな役立たずを使うかッ!」


 思い出すのも忌々しいとばかりにジェイクは吐き捨てる。

 別にビィトが何かをしたというわけではないが(何もしなかったとも言えるが……)、不満のけ口にしていたビィトを今さら呼び戻すなどジェイクには考えられなかった。


 もちろん、それなりに使える男であることは理解していたが、一度勢いに任せて言ってしまった事を取り消して、「また戻ってきてくれ」など────言えるはずがなかった。


「そ、そうよね……兄さん、荷物持ちくらいにしか使えなかったし──」


 そうだ。

 アイツはタダの荷物持ちだ。


 魔法も下級しか使えないカス野郎だ。

 多少は小器用に色々できるのでそれなりに重宝していたが……火力にならない雑用係なんて深部到達の役には立たない。


 俺の剣技さえあれば、何所へ行っても……どんな敵でも倒せる。

 




 ……ジェイクは本気でそう考えているのだ。

 火力さえあれば、どこへでも行ける。だから、途中の暇つぶし・・・・と荷物持ちさえいれば十分なんだ、と──。


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