第55話「なんかピンチになりました」

「おいおいおい、あいつら素手すてごろだったんじゃないのかよ!」

 突然慌て始めたベンに、

「馬鹿野郎! さっきは奇襲するためにわざと装備を置いていたんだよ、奴らは──」


 だが、エミリィに探知され、毒と血肉で姿を暴かれてしまい──結果、手痛い反撃を食らった。


 ならば、正攻法で! と連中が考え直していてもおかしくはない。


「──並みの冒険者より、強いと言っただろう!」

 徒党を組んだグレーターゴブリン。その動きはまるで軍隊のようで、谷の前後からビィト達に迫る。


 もはや同化するためのスキルは使用しておらず、むしろ身体強化などの攻撃力を重視した構えだ。


 グレーターゴブリンの醜い姿がありありと見える。

 あれでいてスキルが使えるという厄介な奴ら。


「くそぉ!」

 まずい……! のろのろしている間にこれだ。


 鉄製の盾や木の盾、何かの甲羅に、骨の盾。雑多な防具だがそれは頑強な防御陣を組むには十分すぎる。


 それにしても……盾だと!?


 クリムゾンゴブリンですら、せいぜいこん棒に吹き矢だったというのに!


「前からも……来ちゃった!」


 エミリィが絶望的な声を上げる。


 前方のゴブリンは盾持ちが半分、残りは槍や剣で武装している。

 これだけ見ればわかるというもの、後ろの盾持ち部隊で逃げ道を塞ぎつつ強襲。

 前からの攻撃で八つ裂きにしようというのだろう。


「お、おい! まずいぞ、なんとかしろ!」


 って、ベン! お前のせいだろう──!!

 こんなところでノロノロしているから、こんな敵に時間を与えるんだ。

 さっさと突破すればいいものを……。


「グルゥァァァアアアアアア!!!」


 前方の集団から、一際体のでかい個体が進み出て、ブッ太いダンビラをビィト達に向ける。

 そしてベロリと舌なめずり……。

 その目としぐさを見ただけでビィト達は震え上がった。


「ひ、ひぃ! き、器用貧乏! 早くあいつをぶっ飛ばせ!」

 くそ! 簡単に言うなよ──。


「ベン! グレーターゴブリンは武装してこそ本領を発揮する。さっきまでの連中より、はるかに手ごわいぞッ」


 そうだ、同化スキルで奇襲をやめた以上、正攻法でビィト達を圧殺しようとするだろう。

 実質それが少数のパーティを殲滅するのに都合がいいはずだ。


「それがどうした! さっきみたいに連射しろよっ」 


 だから、なんでも簡単そうに言うなよ!

 下級魔法をいくら打っても効かない連中だっているんだ──。


「おめぇは自分が雑魚だと思ってるのかもしれないがな、てめぇは──」

 グルアアアアアアアアアア!!!


 ベンの言葉を最後まで言わせずに、グレーターゴブリンの大型個体……おそらく、キングが突撃ラッパを鳴らした。


 それに合わせて一斉に動き出す武装ゴブリンたち。


 後方から迫る盾持ちのゴブリン達はジリジリと迫り、

 前方の槍と剣持ちのゴブリンはものすごい勢いで突っ込んできた。


「くっそぉぉぉぉぉおお!!」


 ベンとエミリィを守るように前方に出ると魔法を放つ。


 何が効くかとか、広範囲に殲滅とか……考えていられない。

 今は奴らの姿がはっきり見える──だから、狙って当てさえすればいい。


 火球、氷塊!


 まずは小手調べ! 生物相手にはこれがいいはず──。

 クリムゾンゴブリンにも効いた!


 そして、勢い良く突っ込んできた二匹にそれぞれ命中する。


《グギャアアアア!》

《ギィエエエエエ!》


 その瞬間、

 火球の命中した個体は燃え上がり、あっという間に火柱のようになる。

 氷塊の当たった個体は下半身が凍り付き、地面に固定。無理に動こうとした拍子に凍り付いた部分から砕けてしまった。


「あれ? 効いてる……?」


 ただの下級魔法なのに……。


「いいぞ! やりゃできるじゃないか!」


 いや、違うぞベン。

 多分、このダンジョンのモンスターは魔法防御力が低いんだ。クリムゾンゴブリンもそうだったしな。


「よ、よし! す、隙は作れるかもしれない」

「隙どころじゃねぇ! お前が殲滅せんめつするんだよ!」


 だから無理を言うなって──……! 

 何発でも打てるけど、手は二本しかないんだよっ。

 打ちまくっても、圧殺される未来しか見えない!


「ベン! 前を突っ切るしかない!」


 本当なら後ろに逃げたいところだが、こいつ等がどこまで追ってくるかわからない。

 廃品の丘でアンデッドや、あるいはゴブリンの集落にいるクリムゾンゴブリンと鉢合わせしたら数で圧殺される。

 それくらいなら、鬼の巣を突破して黄金の池まで行ったほうがいい。


 地図を見る限り、黄金の池にはゴールデンスライムがいるだけだ。

 つまりここが最後の難関──ボスエリアということ。


「くそ! さすがに数が多すぎるか……よし、器用貧乏! 先頭に立て、お前がこじ開けるんだ!」

 そー来ると思ったよ。


「わかってる……! なんとかするさッ」


 できるかどうかわからないが、敵集団を統率しているゴブリンキングの気をらせれば突破は可能かもしれない。

 鬼の巣の構造はこの谷の一本道と無数の洞窟だ。

 洞窟は複雑で、中に入れば迷子になるのは必須だ。そもそも、入る必要があるのか? と言われれば……まったくない。

 中はゴブリンの巣になっているだけ。


 だからこそ、グレーターゴブリンも道を塞いでいるのだろう。


 ベンとビィトが議論しているその間にも、次々に突っ込んでくるグレーターゴブリン。

 槍持ちが勢いに任せて突っ込んでくるが、盾を装備していないので、ビィトの魔法を防ぐ術がない。

 それを氷塊と火球で順繰りに凍らせ、燃やしていく。


「よし、今の敵で槍持ちは全滅だ! あとは剣と盾ち持ちだけ!」

 槍持ちは間抜けばかりだ!

 だが、剣と盾持ちはガッチリと防具を構えて隙がない。


 現状を確認しつつ、次なる策を──。


「ベンっ! これから、幻影魔法で奴らを鈍らせる! その間に突っ切る……いいな!?」

「色々できるじゃねぇか! 乗ったぜ──おら行くぞガキぃ!」


 乱暴にエミリィの首根っこを掴むと自分の前に置き、しっかりと盾役にすることも忘れないベン。


 一列縦隊での突破。


 ビィトが強引に突撃し、そのあとをエミリィを盾にしたベンが突っ切っていくのだろう。


 危険は当然、先頭ほど高い。


 エミリィの扱いに、ひとこと言いたかったが、後方の盾持ちがかなり接近していた。

 くそッ、もう時間がない!


「いくぞ!」

「さっさと行け!」


 ゴブリンキングの指示は逐次投入。

 知恵はあるようだが、戦術センスのない典型的な脳筋タイプらしい。

 一斉に襲い掛かられれば手数で負けていたかもしれないが、少数の攻撃ならしのぐことができる。


(逃げ切るだけなら、できそうだ……)

 まずは、敵の集団に向けて幻影魔法を放つ。

 下級の幻影魔法は目くらまし程度の光を生み出すものだ。クラスが上がれば、もっと様々なことができるらしいが、下級ならこの程度。


 灯り魔法と似ているが、灯り魔法と違って指向性があり照射方向を選べる。


 当然、これもビィトは鍛えに鍛えていた。さらに、ビィトなりの微調整をしている。


 ただ、ビカビカと光らせるより、瞬間的に強力な光にしたほうが効果的なのでは? と思い、照射時間を極限までに絞り、光量を強くしてみた。

 その結果が────、



 これだ!!



「みんな目つぶれ!」

 ──喰らえっ。




 ──────カッ!




 自身の目さえ、くらましかねない、強烈な光がゴブリン達をまともに貫く。

 指向性があってさえ、この眩しさ。

 ビィト達が閉じている瞼の裏からでも一瞬、真昼のように明るくなるのがわかった。


 直射したらしばらくは目が見えなくなるだろう。

 どれほどの効果があるのかは自信がない。今までは効果のほどを確かめる前にジェイク達が仕留めていたからだ。


「よし! 効いてるッ、────今だ!」


 うっすらと目を開けたビィトには、目を抑えてゴロゴロと転げまわっているゴブリン達が映った。


「やるじゃねぇか! 値段の割に……お前はお買い得だったな」

 ざけんなッ!

「凄い、お兄ちゃん!」

 感心してる場合じゃ……。


「いいから二人ともついてこい!」


 一気に谷の小道を駆け抜ける。


 小道を埋め尽くしていたゴブリン達をかき分けるように突っ切り、なんとか集団をすり抜けていくが──……。


 くそ!


「やっぱりタフだな!」


 いち早く、視力を回復したのはやはりゴブリンキング。

 ビィトの前に立ちはだかるとダンビラを突き付けてきた。

 それをかろうじて躱すも、一歩も引かない構えに足が止まる。


 奴を真正面から観察し、魔法をぶっぱなす隙を探る。


 体躯はビィトよりもやや大きく。人間でいえば大男。

 武器は巨大なダンビラに、冒険者から奪ったらしい鉄の鎧に鉄兜。首には喰らった人間やら同族の頭蓋骨を、いくつもひもでつなげてぶら下げている。


 鎧の表面には──血が乾いているも……多数の犠牲者らしき手形がいくつもついていた。それは、彼らが最後の抵抗をした証で、そのあとに生きて引き裂かれて喰われたことがわかる。


「やっぱり一戦交えないと──」

 スっ、と魔法を放とうと構える。

「すげぇじゃねぇか、ここらのゴブリンどもは全部目が潰れてるぞ…………──って、おいぃぃぃ!?」

 いつの間にか引き離してしまったらしいベン達がようやく追いついてきたらしい。

 全力で走り抜けた勢いでベンがビィトに迫る。足場が悪いというのに、急にビィトが立ち止まったものだから、

 その背後から…………、

「急に止まるなっ! うお!!!」「きゃああ!」


 ズデーンと転ぶベン。その前方を守っていたエミリィを巻き込み、すっ転ぶ。あれほど滑りやすいと言っておいたのに────って! こっち来んな!

「ベン! 止まれッ!」


 と言っても、転んだベンに止まりようなどなく、ビィトを突き飛ばしてようやくベンは止まった。


「いてててててて……! 器用貧乏! どこに目ぇつけてやがる!」 


 尻を抑えて痛みに唸るベン。

 エミリィは哀れにもベンの股間に顔を突っ込んだような状態……。

 ビィトは激しく突き飛ばされ、谷の岩壁に叩きつけられてしまっていた。


「ぐぅぅ……ッてー……。っっ! ベン、早く起きろ!」


 ベンにぶつけられた拍子に頭をうったらしくチカチカする視界。

 そこに、ベンと────ゴブリンキングが映った。


 至近距離どころではない。ベンのまさに目の前に奴はいた。


「誰に口きい、て──や、が……る」

 恐る恐る顔を上げたベンの目の前には、凶暴な面をしたゴブリンキングが居て────、


 ベンに向かって、ニィィィィと笑いかけている。




「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」




 ワタワタと、しりもちをついたまま逃げるベン。

 ここで、男気を見せて抵抗するなら違った道もあったのだろう。


 だが、ベン・・はどこまでいってもベン・・だった。


 股間に乗っかったままのエミリィに気付くと、

「お、おらぁッ! お、女が好きなんだろ! こ、こここ、こいつをくれてやる」


 ゴブリンは女を見つけると優先的に襲う。

 そのまま誘拐して、巣に持ち帰って美味しく頂くためらしい……性的にも物理的にも──。


 頭を打ったエミリィはフラフラ。意識が朦朧としているのだろう…………。そのまま哀れにも、ゴブリンキングの前にベンによって放り投げられた。


 ドサリと力なく倒れるエミリィ。

 それに向かって手を伸ばすゴブリンキング──────。



 ゴブリンは、

 女をさらう…………犯して、遊ぶために。


「え、エミリィーーーーーーーーー!」


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