第54話「なんか漁りました」


「ゴブリンキングだぁ?」


 一度体制を立て直すらしいグレーターゴブリンの集団は、この場から一匹残さず退避していった。

 本当に一匹残らずで、斥候すら置いていないらしい。


「あぁ、間違いない。この統制された動きは烏合の衆じゃない。ちゃんとした指揮官タイプのゴブリンに率いられているはずだ」


 ビィトの説明にもベンは疑問顔。内容を理解しているようには見えなかった。

 もっとも、ビィト自身ゴブリンキングなんて個体を見るのは初めてだ。噂を聞き齧っているだけにすぎない。


 ゴブリンキングは特殊個体の中でもさらに特殊。


 必ずしもゴブリンの中に生まれるわけではなく──ゴブリンの集団が大型化するにつれて、その集団内部のゴブリンの中からのし上がり・・・・・進化したという。

 もちろん、これはただのお話だ。

 どっかの国の偉い人がそういう研究をしていたという話があるだけ。

 本当かどうかは知らないが、

 実際に──小さなゴブリンの集落にはキングらしきものはいない。だが、軍隊が出動して殲滅しなければならないほどの規模を誇る大規模なゴブリンのコロニーには必ずいるという。


「へっ……よく知らねぇけど、そいつを倒せば──ここらのゴブリンは、おとなしくなるのか?」


 ベンは、よくものを考えずに言う。

 当然、そんな単純な話じゃない。


「普通の──野蛮なゴブリンに戻るだけさ。統率から解き放たれてもゴブリンはゴブリン。それ以上でも以下でもないよ」


 そうだ……。自分より弱い個体とみれば襲い掛かり喰らい……、強い個体なら徒党を組んで襲い掛かる。

 さらには女とみれば見境なく犯し、死ぬまでコキ使う……。


「面倒だな。むしろ倒さねぇほうがいいってことか?」


 それは何とも言えない。 軍隊がぶつかるような事態なら統率されない烏合の衆のほうがいいのだろうが、事ここに至っては狭いダンジョン内で、一個のパーティがあるだけだ。


 統率されていようが、好き勝手に襲ってこようが脅威という点では何ら変わりはない。

 実際、さっきだって……あのまま襲われ続けていればどこかでベン達が力尽きていた可能性はある。


「わからないよ……」


 だからビィトは正直に答えるしかできなかった。


「ち! 頼りねぇ野郎だ」

 そう言ってビィトの肩を突き飛ばすと、ヒョイっとエミリィを担いでのしのし歩いて行ってしまう。


「お、おい反対だぞ? 先に進むなら……」


 ビィトが驚いたのはベンがもと来た道を引き返し始めたからだ。 もしかして攻略をあきらめた?


 それなら好都合だが……。


 と思ったのも束の間……。ポ~イとエミリィをゴブリンどもの死体に放り投げると、ビィトも含めてのたまう。……何を?


「戦利品を集めろ」

 そう、こんな場所でもベンは金を稼ぐことに躊躇ちゅうちょはなかった。


 エミリィは諦めたような表情でゴブリンの死体を漁り、ドロップ品を探っている。その姿は哀愁が漂っている。 彼女にとっては、いつものことなのだろう。


「ボケ~っとすんなっ。おめぇもやるんだよ!」

 ポイっと頭陀袋とナイフを投げ渡される。……もしかして、


「ドロップ品と……せっかくだ、討伐部位も集めろ」

 おいおい。冗談だろ。何体あると思っているんだ? 殲滅したならともかく、まだ敵中なんだぞ?


「終わったら教えろ」

 偉そうに言った後、ベンは積み重なったゴブリンの死体の山に腰を下ろし、また酒をちびりちびりとやり始める。


 …………。


 緊張感というかなんというか……。本当にこれでよく今まで生き残っていたものだ。


「(お兄ちゃん……急ごう?)」

 コソコソとエミリィが耳打ちする。

 なるほど……ベンに逆らっても無駄なので、さっさと終わらせようという事らしい。ビィトもそれには納得だ。


 ふぅ、と一つため息をつくとナイフを手に、ゴブリンの耳をぎ始めた。……気持ち悪いけどこれが討伐証明らしい。

 というより、体の一部であればそれでいいのだ。

 ギルドもしっかりと・・・・・この辺は審査するので、誤魔化しようがない。ベンに渡された袋に次々に耳を詰めていきながら、

 ポコン、ポコン! と湧き出るドロップ品も拾い集める。


 ゴブリンのドロップ品は、主に軽食やら武器など。


 軽食は、ダンジョンでとれる木の実や魚。それに怪しげな獣肉。

 武器は、仕上げの整った骨のナイフやら、吹き矢。どれもゴブリンが使っていたりする代物だが、なぜかドロップ品はみんなキレイだった。


 結果────。


 ゴブリンの耳×68。


 黄色い木の実の小袋×13、

 川魚の干物×20、

 怪しい獣肉×4、

 吹き矢筒×2、

 矢じり×30、

 謎骨のナイフ×1、

 謎骨の片手剣×1、

 謎骨の肩手斧×1、

 謎骨のブーメラン×1、

 きれいな石×48、


 以上だ。


「おーおーおー、大量だな!」

 ビィトとエミリィが息も絶え絶えに集めてきた品々はこれで全部。

 ベンの監視があったので、このうち一つたりとも懐に入れることはできなかった。

 ホクホク顔のベンとは真逆に、疲れ切ったビィト達。

 ドロップ品を拾い集めるための中腰の姿勢は思ったよりきつかった。


 いや、

 それ以上に、時間の経過が気になった。


 ゴブリンたちが撤収してから、小一時間以上はここで作業していた気がする。

 だが……奴らが諦めるはずもない。


 なんせ、久しぶりの人間の冒険者だ。 


 奴らの食性やら性欲がどんなものかは知らないが、

 デブのベンと女の子のエミリィは、是が非でも手に入れたいと思うだろう……とくに、グレーターゴブリンなら尚更だ。


「おい、ベン──もういいだろ! 進むのか戻るのか決めろよ!」


 ビィトのリュックに戦利品を詰め込みつつベンは鼻歌だ。


「ぎゃーぎゃー騒ぐな。ゴブリンどもが雑魚だと分かっただろ? 次も大した、こと、ねぇ……よ──」


 ご機嫌で戦利品を詰め込んでいたベンだが、突然語尾が怪しくなる。


 何かに気づいてあんぐりと口を開けている。


「やっべ……」



 ベン?



 ベンが見ている視線の先、

「お、お兄ちゃん……!」

 ガクガクと震えるエミリィの視線の先に──────武装した・・・・グレーターゴブリンがいた。

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