第52話「なんか激戦になりました」




 すぅぅぅぅぅぅぅ──────…………、

 肺腑に息をためると、気合いと共に吐き出す。


 ッッ!

「おらぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」



 らあああ────! 

 ──雄叫びを上げるビィトは、両の手にギラギラと輝く小爆破の輝きを生み出し、次々と連射する。


 ボン、ボンッ! と言う連続音が、徐々に早くなり──、



 ボン、ボン、ボンッ、ボンボボボボボボボボッッ!



 まるでスタッカートのように連続する発射音。


 魔法の重奏曲は、破壊の調べとなり目前のグレーターゴブリンを吹っ飛ばす。


《グギャァアアア──!》


 バァン! と弾ける肉片と表皮。

 至近距離の爆破を食らってグッチャ、グチャに吹っ飛ばされたゴブリンの前衛数体!


「うげ! 肉片が飛んで来たぞ!」

 背後では隊列中央のベンが抗議の声を上げる。


「肉片くらいでギャーギャー言うな!」

 実際、ベンに飛び散っているぐらいだ。

 ビィトはその比ではなかった。

 ……体中に飛び散った肉片は、焼けた脂身の匂いをさせながら体の表面でジュクジュクと溶ける。


「こっちを一当ひとあてしたら援護する! 耐えてくれ」


 エミリィとベンだけでは火力不足なのは明白。……ならば援護するまで!


「かかってこいよ!」

 ビィトが使う魔法の中では比較的範囲の広い攻撃ができる小爆破。大群にはこれが一番だろう。

 だが、単発の威力は石礫いしつぶてなどには劣る。


 これだけでは、連続して当てなければグレーターゴブリンは倒せない。

 けれども、ビィトには連続して当てる・・・・・・・ことができる。


 だから、勝ち目はある!


 それに爆破魔法を使っているのは、範囲攻撃以外にもちゃんと意味があった。

 ……本来、対集団戦ならビィトの水矢のほうが向いているかもしれない。この谷間の地形で密集しているなら、薙ぎ倒せる水矢の方が効果があると────だが、こいつらは水場に特化したグレーターゴブリンだ。……下手をすれば水属性の耐性をもっているかもしれない。


 なにより……


「姿をぉぉぉぉぉおお見せろぉぉぉおお!!」


 奴らの隊列に飛び込み炸裂する小爆破。

 だが、やたらと耐久力の高いグレーターゴブリンは、一発で倒し切ることはできない。……だが、無傷でもなかった。

 現に、魔法を喰らった皮膚は裂けて血が噴き出している。

 そいつらに連続して喰らわせれば、肉が飛び散るくらいは大けがを負わせることができた。


 そして、その血と肉────。


 それらが周囲に飛び散り、未だ同化ステルス状態のグレーターゴブリンに降り注ぎ姿を暴きだした。


 ボヤーっとした輪郭が血肉を浴びて浮かび上がる。


 

 よし!

 ──いける!



《ギィィィィィ!!》

《ガアァァァア!!》


 形勢が思わしくないと気付いたのか、壁の個体が威嚇し始めた。ビィトの気をそらそうというのだろうか。


 壁に張り付いている個体はそのままでは攻撃できないらしく、接近してきても唸るのみ。

 やはり、ビィト達の意識を上に向けさせて下方への隙を作ろうという魂胆なのだろう。


「今更ひっかかるか!」


 攻撃できないなら案山子と同じだ。

 あらかたの敵を、ゴブリンどもの血肉で姿を暴いていくと、ビィトは攻撃の矛先へ変更する。


 当初の予定通り、後ろから──上へと。


 左手だけは背後から迫るゴブリンに向けたまま盲撃ち。狙って撃たなくても小爆破ならどこかに当たる。



 そして──……、

「高所から落ちれば、ただでは済まないだろう!」

 ギンッ! と視線を壁にいる個体に向けると、右手にも小爆破の魔法を纏わせて──、


「墜ちろぉぉぉぉぉおおお!!」


 岩壁に向け魔法を発動。

 ここは、絶賛大活躍中の小爆破。


 からのぉぉ──連打!! 連撃!! 連射!!


 オラァァァァァァァァァァァァアアア!!


 ボンボン──ボォンン!!


「まだまだぁぁ!」


 小爆破!

 ──小爆破!

 ────小爆破!

 ──────小爆破!


 小爆破!!!!!!!


 ボン、ボン、ボォンン!! ボォォン!!


 と岩壁で連続して爆発が起こる。

 それは、硬い岩盤の上で弾かれるものの、そこに張り付いているだけの・・・・・・・・・・ものからすればかなりの衝撃だ。


《ギィェェェェエエ!》

 

 と、一匹が落ちるとそれが呼び水となったかのように、張り付いていた個体が爆風に耐え切れず次々に落下する。

 かなりの高所だ。あれでは無事ですまないだろう。


 当然、自分の真上にいる個体を狙うような真似はしない。


 せっかくなので、少し離れたゴブリンを狙ってみる。その下にいるのは────グレーターゴブリンども。

 あわれ、落下する先にいるのはウジャウジャ集まってきたグレーターゴブリンの群れのみだ。

 そこかしこで、巻き添えを喰らって下敷きになったゴブリンの血しぶきと、落下による衝撃で肉片の爆発が起こる。


 面白いくらい、ボトボト落ちたかと思えば、落下中に何かにぶつかる。

 それは、まだ同化して姿を隠していた個体だったりで、上から落ちれば落ちるほどに数を減らしていくグレーターゴブリンの群れ。

 

 っていうか────……、


「何体いるんだよ!?」


 左手で牽制中の後方から迫るゴブリンの群れは、一旦後退するようだ。

 ろくに見ずに発射していたので、爆破魔法がはるか遠くの方で炸裂している。


 どうやら、撃ち止まないビィトの魔法に辟易して一時後退を選んだらしい。そりゃ突破もできずにさらには上から仲間が降ってくるんじゃ突撃もままならないだろう。


 かなりの数の遺棄死体を残して後退したようだ。


 だが、これで済むとも思えない。未だ血肉にまみれたグレーターゴブリンが仲間の死体に隠れてこちらを窺っているのが見て取れた。


 それより──……!


「ぐぉぉおおおお! き、器用貧乏ぉぉぉおお!!」

「お、おにいちゃ、ん!」


 そろそろヤバイと思えば案の定。前方ではベンとエミリィが防戦一方だった。


 ベンが前衛火力となり、エミリィが中遠距離火力となって凌いでいるが……腕で弱点を隠したグレーターゴブリンの分厚い皮膚と骨格が、そのことごとくを弾き返している。


 一見絶体絶命かと思いきや……。

 意外や意外──あのベンが善戦している。


 ベンの持つ鞭。そのしなる・・・一撃がグレーターゴブリンの足元に空気の擦過音と地面の水流を叩き、バシィィン! と、恐ろしげな音を立てている。

 その一撃と音がグレーターゴブリンを躊躇させているようだ。


 生物が故に、鞭の音に本能的に身を固くしてしまうらしい。


 だが、それもいつまでも持たない。モーションが大きく、攻撃の予備動作が見え見えの鞭は牽制こそできても連続攻撃には向いていない。そもそも、ベンの体力が持たない。


 禿デブのベンが物凄いだしを吹き出し一心不乱に耐えており、その陰からエミリィが狙撃しているのだ。

 ベンの間隙を補うように……あれ?


 意外といいコンビネーション?


 むぅ……。やるじゃないか、ベン──いちおう、A級に昇格したのは伊達じゃないらしい。

 そもそも、万年B級であっただけに、最低限の実力はあるのかもしれない……。


 奴隷の援護ありき──ではあるけども。


「待ってろ、ベン! 今すぐ交代だ!」

 ベンの鞭の一撃の間隙をぬってビィトが前方に躍り出る。

 そして、ベンとエミリィの間に割って入り位置をスイッチして見せた。


「ひー、ひぃ……お、おせーぞ器用貧乏! ぶひっ……ぶひぃー……!」

 汗と鼻水でグチャグチャになった顔でベンが文句をブーたれる。だがそんなことを言われても、ビィトも必死だ。


「無茶言うなよ! とにかく上と後ろは追っ払った! 再接近されないように牽制してくれ!」

「ぶひぃー……え、偉そうに、……おいガキィ! こっちだ」


 どんな時でも奴隷に偉そうにすることは忘れない素晴らしき勤労精神あふれるご主人様。

 

 こっちを手伝うんだよ! とエミリィの首根っこを掴んで無理やり自分の傍に据え付ける。一人では戦えないらしい……。とんだオッサンだ。


「お兄ちゃん! 頑張って!」

 ニコっとエミリィが笑いかけてくれる。その笑顔に励まされるようにビィトも笑い返す。


「任せてくれ、一緒に生き残ろう」

「うん!」


 互いに目配せし合いながら通じ合う。

 それをうざったさそうにベンは見ているが、何も言わなかった。


 それよりベンは、顔中の汗と鼻水がすごい。

 本人もそれが気になったのか、エミリィの服を無理やり引っ張るとそれで顔をゴシゴシ拭いて鼻をかむ。


 チーン……! と出てきた鼻水にエミリィの服……と言うかぼろ布がドロドロになった。


 っていうか、やばい…………。


 ベンが服を引っ張るもんだから、エミリィはあの服しかないので…………。

 彼女の、先っぽとか大事なとこが──ゲフン、ゲフン! 見えてません!


「あー……スッとした──って、くっせ!」


 ベンの野郎は人の服で顔を拭いておいて、「くせー、くせー!」とのたまっていやがる。


 そりゃエミリィの服はアレしかないのだから……綺麗なわけがない。

 身体は昨日洗ったけども、服の汚れはそう簡単には落ちない……──っていうか、女の子に「くせー」とかいうなよベン!





「ベンっ、いいから集中しろっ!」


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