第50話「なんかいっぱい来ました」


「いっぱいいる! 上です!」


 ──上に、上に、上です!


 エミリィはそう警告するが見えない──!


 くそ! 同化色なのか?

 見上げる谷の壁は暗い岩の色。

 だが……きっとエミリィには『熱探知』で敵と岩肌の違いがわかるのだろう。


「おい、ガキぃ──どこにいる? みえねぇぞ!?」

 ビィトにも見えないのだ。ベンに見える道理がない。


 見えない敵が迫ってくる恐怖を感じる。

 数だってエミリィいわく、いっぱいいるらしい。エミリィはバカではない。五、六匹を一杯とは言わないだろう。


 くそ! ここは突っ切った方がいいのか!?

 このままでは包囲されるかもしれない。


「だめ、ダメぇ! 前にいる……もう、前にも──後ろにも!? か、囲まれてる。上も前も後ろも!!」


 くっ、まずい……!


「エミリィ! 見えない! 敵が見えないんだ!」

「ぇえ!? そんな、だって! あんなに!?」


 教えてくれエミリィ!!

 敵はどこにいる!?


「っっっ!!」


 ビィトもベンも、エミリィのように熱探知などできない。

 エミリィの危機感は分かっても認識できないのだ。


 いっそ闇雲に魔法を連打しようと思ったがそれが呼び水になって一斉攻撃されないとも限らない。


 くそ!? どうす───

「あ! そ、そうだっ!」


 急に何かを思いついたのか、エミリィがバッグの中から小瓶を取り出す。


 たしか、行きがけに罠から回収したゴブリン作製の毒──……。


「当たって!」

 それをスリングショットにセットすると、バヒュ! と発射する。

 勢いよく発射されたソレは壁に当たって砕け散り毒を周囲に撒き散らす。

 青みがかったそれは霧状に散開し───……なんと、ゴブリンの姿が浮かび上がる!


「く……迷彩スキル持ち! グレーターゴブリンか!」


 ビィトの知識にヒットしたのはゴブリンの最上位種のひとつ……グレーターゴブリンだ。


 しかも、それの特殊タイプらしい。


「あぁぁ──ガキぃ! 誰が勝手に毒を使っていいと言った!」

 ベンは的外れなことでエミリィを叱責しているが……、

「いや、ベン……すまないけど、もう一瓶──使わせてもらうよ」


「あぁ!? 何言ってやが……うげ! 何だありゃ! 何だあの数!」


 ベンに視界に移ったのは、ゴブリンの輪郭──のみ。同系色どころではない。

 透明な体表には青い毒液が付着し、ゴブリンの輪郭がぼんやりと浮かぶ。

 それがエミリィの発射した毒瓶由来の地域だけで───5、6体はいる。


 しかも───


「な、な、なんであいつら壁に張り付いてやがる!?」


 そうだ……グレーターゴブリンは器用に壁に張り付いてこちらを注視していた。

 当然、5、6体で済むはずがない!


「いっただろ……あれがグレーターゴブリン……狂暴な種さ───そいつらがこの地形に合わせて進化したらしい」


 グレーターゴブリンは、ゴブリンにして多数のスキルを持つとされる最上位個体。

 B級の冒険者で1対1ならなんとか互角。C級なら複数で当たってようやく一体と言ったところ。


 普通───この数に包囲されたらA級と言えどもなぶり殺しにされかねない状態だ。


「なんで、このダンジョンが推奨するレベル以上の敵がいるんだよ!」


 ベンのボヤキはもっとも。だが必然だ……。

 誰もここのダンジョンにトライしなくなって久しい。……その間に、グレーターゴブリンは増えに増え続けたという事。


 しかも、ギルドが下手に入り口を封鎖している物だから、出ることも……また外敵が侵入することもなくなってしまったため、内部の環境限界まで増え続けた結果だろう。


「『同化』『迷彩』『身体強化』『悪食』『精力旺盛』etc……──」

 ビィトの声にベンもエミリィも「?」顔。


「コイツらは並みの冒険者よりも───強いぞ!」

「そ!? ば、マジか!?」

「本当さ!(こんなときに嘘つくかよ!)」

「ば、ばかやろう! 早く逃げるぞ」

「もう遅いっ!」


 毒液に浮かび上がった個体が徐々に近づいてくる。

 その動きに合わせて、水流にかき消されていたゴブリンの体臭が徐々に近づいてきた。


「ベン! いまさら四の五の言うな! 毒を使うぞ!」

 そうだ。見えている以上にこいつらの数は多い!


「あああ! 畜生好きにしろ! 器用貧乏、ガキ! 早く応戦しろぉ!」


 黙ってろ───……、まずは姿を暴いてやる。


「エミリィ、ベン! 眼をつぶって、鼻と口を押えろ!」

「はぁ!? 何を言って───」「うん!」


 イイ子だエミリィ───……急げ、ベン!


 ビィトは毒瓶を取り出すと、いつでも投げれるように傍に置き魔法を発動させる。


 ただ、破壊すればいいってものではない。

 残る毒瓶は一つ。無駄にはできない……!


 毒を効率的にかつ、広範囲に散布されるためには、急速に──そして霧状に拡散させる必要がある。

 拡散させるには、瓶ごと爆破するのがいいのだろうが──……小爆破は強力な熱をともなう。


 そう、蒸発させては意味がない。

 だから!


 こうするっっ!!


 まずは────────水矢! 

 それの、球体──!


 通常の「水矢」のさらに弱体化した水を使う。高圧の水矢ではなく、ありふれた通常タイプ。

 ──それを多数ぅぅ!!


 すぅぅぅ、ふぅぅぅ……!


 っ!


 いけぇぇぇ!!


 水矢、水矢、水矢!

 水矢!

 水矢!!

 水矢!!!

 水矢!!!!

 水水水水水水! 矢────!


 ドドドドドッと、次々に水矢を発射し空中で衝突させる。


 勢いを失って落下し始めた水矢に、下から更に追撃、追加、追弾。頭上に大きな水の塊が浮かび上がる。


 それが落下軌道に乗った時──……、


「今!」

 素早く毒瓶を構えると……ポンッと上に投げる───!


「からのーーーー……」

 っ!


 小爆破ぁぁ───!


 下からジャボンと毒瓶が水の塊の飛び込むと落下軌道に乗るが、そこをビィトが狙い撃つ──……!


 ゴボンッと。水中で小爆破が起き、


 ──ォボン! ブワァァァァァ!


 威力を絞った小爆破が、水中で小爆破。大量の気泡と共に、小瓶を爆散させる。それは着色された毒水となり周囲に毒液をばら撒く。


 それぞれの量は少なく、毒としての効果は限定的だが───それよりも!


「見えた!」


 ……見えた、けど──。

 見えたけど…………!


 スキル『同化』『迷彩』を同時使用し、ほぼ透明に変化していたグレーターゴブリンの姿は浮かび上がる。


「げ!」

 まだ息をしていいと言っていないというのに、ベンは早々に口をあけている。



「な、なんて数だよ!」



 ベンに言う通り毒を被って浮かび上がったグレーターゴブリンの数は圧倒的なもの。優に30体はいる。

 上、前、後ろ───囲まれた!


 この密集度合いだと、姿が被って着色から逃れた個体もいるだろう……30体ではすまないぞ!


 予想外の事態に背筋がゾワリを震える。


 ……こ、こんな大群──

 ……対処できるわけが!?




 こ、

 この数は……


 この数は────、






 む、無理だ──────!


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