第36話「なんか臭くなってきた」



「ヴぅぅ……──」


 唸りながらヨタヨタと歩いているのはゾンビ……。いやグールか。

 冒険者の成れの果て──グールローマーって奴だ。


 そいつらが、連結ごっこよろしく列になってウーロウロ。グールなだけに同じところをグールグル……?


 うん、落ち着け俺。


「数が……10体。いや、動かない連中も含めれば──15体か」

 ──多いな。


 それが正直な感想だった。

 迂回しても良いのだろうが、危険は発見次第排除していった方がいい。何かの拍子で逃げるときにこの集団と出くわしたら危険だ。

 それに、この場所──……。


 ビィトの視線の先に岩が重なって出来た岩屋があった。

 入り口は狭く、奥行きもさほどなさそうだ。うまく入り口を塞げばビバーク地点となりそうだった。


「やる……か」


 嘘か本当かは知らないが、コイツらがこのまま腐り落ちて骨だけになるとスケルトンローマーになるんだとか?

 ならば、肉を焼いてやれば、グールからスケルトンローマーになるのだろうか……?

 いや、キモいからやらないけどさ。


「これくらいなら……水でいけるか」


 氷塊とは違う別の水魔法「水矢」。

 文字通り水を発射するものだが、それほど威力のあるものとは見なされておらず、魔術師の間では水を嫌う魔物だけに使うものと言う認識が強い。


 だが、ビィトはこの魔法がそれだけに留まらないと考えて、この手の下級魔法も鍛えに鍛えている。

 ……それしかできなかったというのもあるが。


 その過程で、


 水が意外と便利だと工夫したり、鍛えたりしているうちに気付いた。

 飲み水の確保もできるし、体を洗うのにも重宝する。


 なにより……攻撃力もあると気付いたのだ。


 きっかけはダンジョン内のどこか……滝のあるフィールドだったが、その場所では滝の水流が岩を削って複雑な地形を生み出している場所だった。

 その滝を見て気付いたのは、一見して堅いものに歯が立たないような水でも、勢いと速度をつけて繰り返しぶつければ岩すら砕くのではないかと。



 

 実際にやってみた────。




 ある日「豹の槍パンターランツァ」にいた頃、ジェイク達がダンジョン内で休憩中に、ビィトが一人ひたすら魔法の練習をしていた時にできたのだ。


 敵の落とした粗末な剣に向かって水矢を繰り返し発射していた。角度を変えたり、圧縮したり────……圧縮?


 そう圧縮だ。


 ギッチギチに魔力で圧縮し、拳程度の水矢を糸かと見まがうほどに細く圧縮して勢いを付けて発射! すると、パキンと呆気なく折れた剣に驚いたものだ。


 その後ドロップ品を無駄にするなとジェイクにこっぴどく嫌味を言われたが、もう昔の話だな。


 それはともかくとして、ビィト製の水矢はちょっと威力が違うぜ! ……欠点も多いけどね。


 両手に水矢を準備すると、勢いを付けてグールローマーの前に躍り出る構え。

 スケルトンと違い、こいつらは狂暴だが……足が遅いのだ。


 力や耐久性はスケルトン以上だが、如何いかんせん腐った肉が邪魔なのかノロノロとしか動けない。


 とは言え、例外もいたりするけどね。


 生前に──やせ型だったり、骨格の優れた奴は滅茶苦茶素早く動いたりすることもある。グールはノロいという先入観をもっていると、大抵そいつに襲われた時にパニックになって──パクリとやられるのだ。


 「グールシューター」と言うそいつは、成人が走る速度で迫り、耐久力も並みのグールよりも高い。そんな奴がノロノロとしたグールを掻き分けて突然襲ってくるのだ。


 ……恐怖以外の何者でもない。


 実際、「豹の槍パンターランツァ」でもダンジョン内のアンデッド沸きの区画ではソイツのお陰でピンチに陥りかけた。……もっとも、リスティが──高位僧侶がいる時点でアンデッドにはほぼ無敵という好条件があったため、事なきを得たが……。


 それはさておき、


 うん……。

 大丈夫、コイツらは全部、鈍間のろまのグールどもだ。


 素早いグール──グールシューターは体から瘴気のようなモノを纏っているので分かりやすい。

 一見いちげんさんはそれを知らずにやられるようだ。


 それはさておき、あまり時間をかけているわけにはいかない。

 ベン達が見つからないとも限らないのだ。


 だから、さっさとこの場のグールを殲滅し、ビバーク地点を確保する!


 さて────。

 行くぞっ。


 バッと潜入場所から飛び出すと、手近にいたグールの列に向かって水矢を発射。

 近づいた途端に物凄い腐敗臭が押し寄せむせそうになるが、息を止めてこらえる。


 右手の水矢を列の左側から、左の水矢を列の右側から──挟み込むように撃つ。


 ブシャ! と一瞬水の噴出音がしたかと思えば、叫び声をあげてビィトに襲い掛かろうとしたグールローマの首がボトボトと落ちる。


 合わせて5、6体が動かぬ死体へと戻るが、真ん中の方にいた数体がまだ生きている。


 そいつらは仲間の死を悼むこともなくノロノロとした動きでビィトを喰らわんと唸りながら近づいてきた。


 それに合わせて、死んだように動かないでいる個体。座り込んでいるグールや、寝ていたグールがノソノソと起き上がり始めた。


 まだ囲まれるほどではないが──。

 とにかく素早く仕留める!


 再びの水矢の発射! 奴らの臭いが鼻を襲うくらいの距離で再び左右からのギロチンだ。

 ブシャ! と、隊列の残りを切り裂いて仕留めるが、散兵状態の個体がゾロゾロと集まり始めた。


 ソイツらはまとめて攻撃するわけにもいかず、一体ずつ仕留めていくしかない。

 そして、ここからが勝負でもある。水矢は強力無比だが決定的な欠点がある。





「接近して──しとめる!」


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