第34話「なんかいっぱいいました」
エミリィが偽装用のシートを張り周囲の風景に溶け込む。
一見してモジャモジャの生地がいっぱいついただけの薄っぺらい布だが、これを被ると……なるほど、ちょっとした繁みに見える。
ダンジョンとは言え、植生はあるのでそこに溶け込もうというのだ。
幸いにも、アンデッドはそこまで感覚が鋭くはない。
一般的な生物に比べて五感と言った能力は格段に落ちている。
とは言え、あれでいて耳も聞こえるし──鼻も、目も利くらしい。
どんな仕組みなんだか……。
生命の神秘ってやつ?
あ、生命ってか……死んでるか、アンデットは。
「ほらとっとと行け!」
シッシ! と、ビィトを送り出すベン。
狭い偽装用シートの中に少女と禿げデブがくっ付いて潜り込もうとしているのだ、どう見ても道義的に怪しいことをしているようにしか見えないが、
……ベンよ。何もしないよな? ナニも──
「エエから、はよ行け!」
ビィトの視線に
「分かったから静かにしててくれっ」
キンキンとベンの声はうるさい。
周囲に腐臭が漂っていることを見れば、ここもアンデッドの行動範囲なのは間違いない。
生肉やら、生き血を
それでも、攻撃の延長として人を喰らう。
スケルトンとて例外ではない。
あの体のどこに消化器官があるのか、またどこに食事をする要素がるのか知らないが、彼らもまた人を喰らおうとする。
あの骸骨面でかぶり付こうと襲ってくるのだ。
その様子からも、アンデッドと言うのは常に飢えているのかもしれない。
彼らのような目にあった事はないが、もしかすると凄まじい飢餓感に
もっとも、それだけでは説明がつかない。なんせ……彼らは冒険者のもつ食料などは狙わない。冒険者そのものを狙うのだ。
少なくともアンデッドがパンを食っているなどと言う目撃情報は見たことも聞いたこともない。
「所詮……死んだ人間だ。何を考えてるかなんて──」
ビィトは、アンデッドに同情する気にもなれずに、静かに闘気を燃やしつつ動く。
モゾモゾと動いているベン達をみてると、あそこでは見つかるのは時間の問題だと分かる。
早く潜伏地点を探さないと。
エミリィ達が食われてしまう。……性的にではなく、物理的に。
「はよいけ!」
ベンがうるさい。
くそ……俺だって怖いんだけどな。
奴隷の身の上だ。逆らう事もできないし、実質ビィトしか動けないのだから仕方ない。
いつでも放てるように魔法を準備しつつソロリソロリと進んでいく。
エミリィがいれば探知もできるのだろうが、下級魔法しか使えないビィトには広域捜索は無理だった。
だから、五感を使って進むしかない。
『身体強化』の魔法を使って、耳と足に強化を
このピンポイントの強化は意外と有効だ。上級魔法の様に全身くまなく最大限に強化することはできないが、ピンポイントならそれにも匹敵しうる効果を生み出せると────自負している。
だから今、ビィトの耳はかなりの音を聞き分けるまでに拡張されていた。
足元から伝わる振動もまた、敏感に感じとれる。
そして、耳と振動から確認できるのは、割と近くにスケルトン系が5体。遠くにゾンビ系が10体……あと正体不明のゴースト系かリッチ系の浮遊するタイプのアンデッドが数体……。
「おえ……」
聴覚を強化して彼らの音や声に耳を傾けたせいで気分が悪くなる。
スケルトンくらいならともかく、ゾンビやら……とくにゴースト系が精神に来る。
ずーっと繰り言をいっていたり、ケタケタ笑っていたり──「何聞いてんだよ」なんて答えてくる奴もいる。バレたのかと思いきや、連中の精神攻撃の一環なのだろう。
多分聞こえてきたのはビィトの幻聴だと思う。そう思う……。
ジワジワと背筋が凍るような思いをしながらも、ビィトは前に進む。
ビバーク地点を探そうにも、こうもアンデッドが多いようでは遭遇せずに進むのは困難だ。
確実に仕留めつつ進んだ方がいい。
そう考えて、転がる巨石の間に身を潜めてソット先を覗き込むと────。
すぐ目の前に人骨がヌゥ……と立っていた。
「(うぉ!!)」
ドキリと心臓が跳ねるのが分かる。
そいつは間違いなくスケルトンローマーで、元が戦士か何かだったらしい。巨大な斧を構えてじっと佇んでいる。
そうか……完全停止している個体もいるのか。
ソイツにビビッて直ぐに顔をひっこめたため、バレなかったようだが……驚いた。
チラッと見ただけだが、
すげー数がいる。5体では済まない。多分……軽く10体は……。
だが、ここを行かねば先へは進めない。
──やるしかないか……。
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