第26話「なんか罠を解除しました」


 ギィィィィイ……


 不気味な音を立てて開く扉。

 その先は洞窟とは思えないほど広大な空間が広がっていた。


 いわゆるダンジョンがもつ魔力に満ちた空間と繋がっているのだろう。

 空からは谷の深くまで雲が立ち込めて、谷の中ほどにまで潜り込んでいる。

 しかし、薄いそれは透かして天を仰ぐことができた。

 見上げるとポツンと太陽らしきものが輝いているが、それは、雲を通して弱々しい陽光を注いでいるのみ。

 太陽の温かみは感じられなかった。


 雲が入り込む谷は両側が切り立っており、それは垂直の壁を成して、この空間を細長く切り取っていた。


 両側を谷に挟まれた谷底に当たるこの場所は起伏の激しい丘のような地形で、人の踏み跡のような道が頼りなさげに奥へと伸びている。

 また、丘の両側は切り立った壁との間に滑り込むようにして暗い川が両側に走っていた。


 緩い流れはドロリとしており、濁り澱んでいる。


 丘陵地帯は起伏が激しいが、見通す先には盆地のようなところがあり、ゴロゴロとした岩が転がっているものの地形的にはなだらかになっていた。


 垂直の壁と、川と、谷底の丘陵地帯。

 それが嘆きの谷だった。

 

 そして盆地の方へ目を向けると、こんな土地にも文明をもった生き物がいるらしく、チロチロと焚火の様な……松明の様な小さな灯がいくつも揺れ動いている。


 冷えた空気が最奥から吹きこんでくるらしく、生物の体臭じみた匂いと、何かが死んだような腐敗臭を含んだそれが、ゆっくりと顔に纏わりついた。


 これが、ゴブリンの臭い……───?


「さぁ、仕事だ。ガキ……罠に気を付けろ」

 ドンと、エミリィの背を押すと、次にベンはビィトを盾にするように前へ据え付ける。


 陣形としては単縦陣といったところ。

 エミリィを先頭に、その背後にビィト。最後尾にベンの順だ。

 とはいえ、簡単な防具しか身に着けていないエミリィに戦闘などできるはずもなく。本当に罠探知のみに特化した運用だった。


「ほら、仕事道具だ」

 ポイッとエミリィに投げ渡したのは少女が使うにしては大きな肩掛けバッグとベルトだった。

 ポケットの沢山ついたそのバッグは使い古されているが補修が施され丁寧に使われていることがうかがわれる。


「わ、わかりました…」

 自信なさげなエミリィだったが、とくに反抗するでもなく、バッグの中から折り畳み式の鉤棒を取り出すと、組み立てて使用しだした。


 盗賊シーフだというエミリィの七つ道具入れと言ったところか。

 ベルトには大型のスリングショットと、ベアリング弾が入ったポーチが付いている。

 他にも細々とした装備がたくさん。どれも使い込まれていた。


 手早く装具を身に着けたエミリィは、それだけで随分とさまになって見える。まるで、いっぱしの冒険者だ。


 その期待を裏切らずに、真剣な顔つきになると──鉤棒を手に罠解除に取り組んでいる。


 だが、見守るビィトは気が気ではない。

 ガリガリと地面を無造作に掻きまくっているように見えて冷や冷やとする。


 ゴブリンの多用するブービートラップは多種多様。

 下手に突けばたちどころに作用することもある。


 だが、無造作に見えてエミリィの腕は確かなようで……


 鉤棒の先端が何かに触れたのかピタリと動きを止めると、

 腰からナイフを抜き出し鉤棒の先端付近までゆっくりと近づく、

「…離れてください」

 薄っすらと汗をかいた様子でビィトとベンを制止する。


 ビィトには見えなかったがエミリィには何か・・見えているらしい。

 ちょんちょんと、糸の様なものを確認するように触れている。

 そして、糸の先を追っていくと───


 何かに気付いたのか、無造作にその糸らしきものを切り取った。

 パツンと張りつめたものが切れる音がしたものの、何も起こらない。


「ふぅ……引き金式のトラップです。圧力解放式でなくてよかったです」

 そう言って、糸の先にあったボウガンを引っ張り出すとベンに手渡した。


「ほっ! こりゃ、冒険者の持ちもんだな……名前が書いてあるぜ」

 めつすがめつ、まるで鑑定士の様に品定めをすると、グイっと無造作にビィトの鞄に押し込んだ。


 遺失物は冒険者の権利。

 ダンジョン内で拾った物は、基本的に拾った者が権利を有する。

 そして、こうして元の持ち主の名前が書いてあったとしてもそれは拾った者の物となる。


「へへ、幸先いいな。……死亡証明の礼金と、中古代で稼げる」

 ニチャっと笑うベンはそれはそれは機嫌がよさそうだ。






「おい! この手のトラップは全部回収しろ、いいな!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る