第25話「なんか『嘆きの谷』に行くことになった」

 ダンジョンに入ってすぐのこと。


 生暖かい空気をかき分けるように進めば、発光する岩と誰がけたか小さな蝋燭が頼りなげに揺れる、細い通路が延々と続く。


 第一階層の、「蛇の通路」という奴だ。


 地獄の釜は複数階層に別れているが、それは決して一本道ではなく。いくつかに分岐した「底」がある。


 先日、「豹の槍パンターランツァ」が挑んで、最終的に引き返してきたのは現在確認されているなかで最大の深さを誇る『アビスゲート』だ。


 その他にも『古代の墓』やら、『偉人の道』なんて名付けられているのもある。

 多数の冒険者が挑んでいるとはいえ、未だ人跡未踏の道は多く、その全容は解明されていない。


 しかし、その中でも浅い「底」であった分岐のいくつかは踏破されている所もある。

 今回ベンが目指している『嘆きの谷』もその一つだ。


 しかし、踏破しているだけにその分岐の先の情報は知れ渡っている。


 故に、情報を知る者なら誰もが顔をしかめるのだ。

 なぜなら……

 嘆きの言葉の由来は───挑んだ冒険者たちの慟哭どうこく


 幾百、幾千の冒険者を飲み込んだその地では、帰ることのなかった彼らの成れの果てが今もうろついているという。


 生息しているのは、死した冒険者のアンデッドと……それらを作ったモンスター達。

 人食いの化け物……───ゴブリン族の住処だった。



 一見してゴブリンというのは外の世界では雑魚だ。



 それなりに知識と文化を持っているので、人との交わりは抗争以外にも交易などを行うことも可能な種族とされている。

 とはいえ好戦的なことに変わりはなく、一部の例外を除いて……基本的には人類の天敵のような連中だ。


 とくにダンジョンのゴブリンはその傾向が顕著らしい。

 ダンジョンの魔力を帯びて無限に湧き出る連中は、それにも飽き足らずダンジョン内で狩りをする。


 腹が減れば同族だって喰らうし、他のモンスターも襲う。

 当然……

 冒険者など、いい食糧だというわけだ。


 更には醜悪な連中のこと、同族だけでなく、

 他生物の腹を借りて繁殖することもあり、女とくればさらって死ぬまで犯すという。


 タチの悪い奴なら飼いならして子を成すまでさんざんもてあそぶ。

 死ねば食料、

 死なずとも地獄。


 女は玩具に、

 男なら、即食料という狂暴さだ。


 そんなゴブリンが多数生息するのが『嘆きの谷』……


 連中に捕まった冒険者の絶叫が途絶えることがない、と言われており……ダンジョンのゴブリンが生息するこの地はいつしか、その怨嗟の声から『嘆きの谷』と呼ばれるようになった。


 とは言え、浅い階層だ。

 腕利きの冒険者が挑めば、いくら強くとも所詮はゴブリン。冒険者の腕利きでSランクなんて連中なら腕ならしにもならないと───


 故にとっくの昔に、踏査されている。

 そして、踏破してしまったが故、よほどの用事でもない限りここを目指すものはいない。

 かわりに、希少種レアが湧きやすい環境が醸成されたというのもあるが……


 それだけでは食指が動くには物足りない。


 なんせ……

 生きたまま食われて骨だけ捨てられた冒険者が、再び動き出しているというその不気味な土地だ。

 正直、剛の者と言われる冒険者も好んでいくところではない。

 なにより……ここには踏破したという「名誉」がないのだ。


 だから、忘れられた地の様になっており、

 かつ……生息するゴブリンに対する嫌悪感から誰も依頼クエストを受けなかったのだろう。

 

 だが、ゴールドスライムの話を聞きつけたベンは欲に目がくらんで依頼を受けてしまった。

 たしかに、この分岐の先の難易度はB~A程度で、装備を整えた冒険者なら再踏破可能だと言われる。


 奥にいるボスさえ倒してしまえば、入口へ続く近道が出現するというのだから、踏破する腕があれば一気に最奥を目指すのもありだろう。

 しかし、

「ベン……ここはやめた方がいい。」

 慣れた様子でダンジョンを進むベンは、首だけで振り返ると、

「どうした器用貧乏。ビビってんのか? ……今からでも腰抜け貧乏に改名するか?」


 そうだ。ベンのパーティランクは「A」。ギルドの基準に従うならば成功してしかるもの。


「なんでもいい。だけど、この人数で『嘆きの谷』に向かうのは止した方がいい」


 そう、『嘆きの谷』に生息するゴブリンは、数が半端ではない。

 強さも外のゴブリンよりも一線をかくしている上に、コミュニュケーションは不可能。

 ただひたすらに凶悪な闘争生物だ。


 そんな連中が武器を手に、群れを成して襲い掛かってくる。


 それでも難易度がB~Aに設定されているのは、単にゴブリンという種族そのものの弱さからくるもの。

 つまるところ、剣を刺せば死ぬし、火で焼けば燃える。


 ドラゴンやら、ゴーレムと違って並みの冒険者でもなまじ倒せる・・・・・・モンスターだからだ。


 しかし、それとこれは話が別だ。

 ゴブリンというモンスターを基準に考えるからベンのように安易に挑むものも出てくる。


 それが、甘いのだ。

 奴らは群れる……つまり、群れを人間の騎士団だと置き換えてみれば、その無謀さが分かろうというもの。


 たしかに、

 鎧兜に身を包み、鍛錬を重ねた騎士とは比べるべくもないが、生物としての頑強さは似たりよったりだ。


 つまるところ、数の暴力は恐ろしい───と、ビィトば伝えたかった。


「へへ……これでも、おれはゴブリン狩りには定評があるんだぜ? まぁお前らが主に働くわけだが、見ときな」

 簡単なクエストさ───


 そう言って、分岐曲がり、閉鎖されている大扉を開錠した。

 この扉は冒険者なら誰でも開錠できる仕組みになっており、冒険者ライセンスがそのカギとなっている。


 こうした扉をつけるのは魔物の氾濫を防ぐための処置であり、

 踏破した場所には例外なく設けられていた。


 というのも、踏破後には冒険者が好んで入らなくなるための苦肉の処置だ。


 扉とて無敵の固さと言うわけではないので、定期的な補修が必要になる。

 モンスターも大人しく扉をくぐるわけでも、引き返すわけでもない。時にはぶっ叩いて来ることもある。


 そのため、常に補修を必要とし、その維持と管理は冒険者ギルドにとって大きな負担であり、苦痛だ。


 だからこそ、こうして定期的に冒険者送り込むために依頼クエストを発注することも……間々ありうる。


 「ゴールデンスライムの素材採取」というのも、一種の餌だろう。


 ただ、ゴブリン駆除といっても冒険者が行くはずもない。

 報酬がいくら高くともリスクとロマン・・・が釣り合わないのだ。


 それが故の処置……腰の重い冒険者に対する、餌となるクエストだ。


 まんまとベンがそれに乗っかってしまったわけだが……───







 はたして、


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