第7話「なんか諦めました…orz」


 ミシミシと心臓が締め付けれるような鈍痛。

 かと思えば、今度は針で刺すような激痛。


 決して痛さは均一ではなく、同じでもない。

 あらゆる痛覚と不快感を容赦なく与えてきた。


 ───これが、奴隷の呪印か。


 ビィトは歩く。

 脂汗を流しながらもくじけまいとして───


 この腐った街を、

 意地の悪い仲間のいる町を、

 自分を惨めにする都市を出るために。


「ぐぅぅぅ……!!」

 悲鳴を噛み締めながら、ヨロヨロとジリジリと歩く。

 手は胸を鷲掴みに痛みに耐えるよう───


「無理! 無理だよぉ! 死んじゃう! ねぇお願い!!」


 そのビィトのローブを掴み、ズルズルと引きづられるのはスリ少女。


 ベンにコキ使われ、冒険者からスリを働いていた少女だ。

 もっとも、今は所有権はビィトにあるらしいが……


「ね、ねぇお願い! 聞いて!」

「う、うるさい……俺は帰る! こんな町まっぴらだ!」

「無理なの! 聞いて、お願い!」

 必死の思いでビィトを止める少女。しかし、ビィトは胸の痛みに耐えつつも街の出口へと向かう。その二人の姿は酷く浮いていたが、同情する者も助ける者ものいない。


 どこか憐みこそ感じるものの、視線は実に冷たい。……まるで見慣れた一幕かのよう。


 その視線に絡みつくヒソヒソ話に耳を傾ければ…───


「おいおい、バカな逃亡奴隷がいるぜ?」「主人は意地の悪い奴だな」「ケケケ、呪印は逃亡すりゃ、距離が開けばあくほど苦しくなるって教えてやれよ」「知るかよ。バカは死ぬまで直らねぇっていうだろ」「ちげぇねぇ! ギャハハハッハ」


 死に物狂いで歩くビィトの耳にはもちろん入っていないが少女は別だ。

 ついには、ビィトの前に出て彼の進行を妨害する。


「聞いて! お兄さん……このままじゃ死んじゃうよ!」

「うるさい!」

「無理なの! ベンさんの許可なく一定以上離れると呪印が痛みを与えるのぉぉ!」


「クッ……!」


 そんなことは、

 そんなことは身に染みて分かったよ!


 くそぉ! なんでこうなる!


 少女に言葉にして警告されたことでようやく足を止めるビィト。

 しかし、痛みは薄れず鈍痛から、牙を立てられるような鋭い痛みに変化し始める。

 痛みに慣れることすらできない。


「戻って……お願い。お願いします!」

 ううう…と涙を流す少女に、


「わ、わかったよ」

 根負けしたように項垂うなだれると、一歩下がるビィト。

 涙に屈したわけではないが、痛みに屈したと思われるよりも遥かにいい。


 しかし、一歩下がっただけでも劇的な変化が訪れる。

 胸の痛みが嘘のように退き、鈍痛へ。そして消えていった……

 まるで、抵抗の意思を失ったことを呪印が察したかのように───


「も、戻ろ?」

 しっとりとした目で訴えかける少女に、ビィトをして反抗する気力は失せていた…

 なによりも、退いた胸の痛みに対して、悔しいが魅力を感じてしまうのだ。


 ベンの元に戻れば痛みがなくなると───


 それはベンの方角に近づいた以上に、

 反抗の意思が薄れたためになおのこと痛みが退いているのだ。

 知らず知らずのうちに飼いならされるビィト。


 だが、それでも逡巡するその足。とたんに胸にジクジクとした痛みが戻り始めるが───


「今は…戻ろ? ね?」


 すまなさそうに懇願する少女に、ビィトも根負けする。

「わかった……今は、ね」

 そうだ。たかが金貨10枚! 奴隷になってもすぐに返してやるさ!

 固い決意を持つと、少女と連れ立って歩く。


 買い物を命じられていた少女は、両替商を探して換金を頼むと、崩したお金を皮袋に移し露天を巡る。


 パーティーにいた頃はビィトも似たようなことをしていたものだ。

 ただ露天を巡るのは初めてだった。


 薬草、解毒薬、

 パン、瓶詰めの水、

 ワイン、ビール、

 堅パン、ナッツ───


「ちょ、ちょっと! そんなに持てるの!?」


 言われるままに付き従い、少女を見守っていたが……

 余りに常軌を逸した量の買い物。


 実際、押し潰されそうになりながらも懸命に買い物を続けている。

 露天で買い物をしたことがないビィトには信じられない思いだが、これが普通なのだろうか。

 パーティにいたときは馴染みの商人が注文を聞いて搬入してくれていたので、この手の苦労はよく知らなかった。


「まだ、嗜好品とか……色々」


 フゥ、と息をつく少女はつらそうでも慣れた様子。


 さらに、ドライフルーツ、塩漬け肉、

 煙草に、砂糖の包みなどを買い足していった。


 見かねて荷物を半分以上引き受けると、礼をいってくれた少女のもと。


 山盛りの荷物を担ぎながら、少女に連れられてベンの元へ渋々戻るビィトであった。



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