第6話「なんか奴隷にされました」
「ベンさん……」
ビクビクと怯える少女に容赦ない張り手を加えるベン。
「ご主人様だろうが、ボケェ!」
バチィンと容赦のない一撃は少女を軽く吹っ飛ばす。よく見ればベンは赤ら顔で酒臭い。
「よせ! まだ子供だぞ」
「アンだテメェ、おー? …器用貧乏のくせに、ウチの商品に手ェ出す気ならぁぁ。金払え、ごらぁ!」
無茶苦茶な理論だ。
「一晩銀貨10枚で貸してやるぜ、ぐへへ」
ただの酒ではなく、その辺にある娼館街で遊んできた帰りなのだ。……恐らく少女がスリをして得た金をつぎ込んで───だ。
つまりはビィトの金でもある。
なんていう、強欲というか……恥知らずというか。
その上、まだ金を召し上げようという……
その遠慮も罪悪感もない態度に、人知れず腹が立ったものの。街中での喧嘩沙汰は本来ご法度だ。
「ま、ガキなんざ買う奴はいねぇよな。おら!」
適当なところで満足したのか、欄干から鎖を外すと犬でも引っ張るかのような勢いで少女を引き摺って行く。
さっき冒険者ギルドで聞いた奴隷の末路を思えば少女の行く末もろくなものではないだろう。
かと言ってビィトに何が……
───ぅけて……
足枷ごとズルズルと引き摺られる少女がビィトを見て
「ああん?」
ピタリと動きをとめたベンに……
「いくらだ?」
と、思いがけない言葉を発していた。文無しの自分がだ。
「なに?」
「いくらだって聞いてるんだ!」
パーティに追い出され意気消沈している自分と、奴隷使いに引き摺られていく少女の境遇が重なって見えた。
もちろんそれだけが理由ではないが───……ただ、暴力に怯えて震える少女を黙って見過ごせなかったのだ。
「は! おいおい、器用貧乏のてめぇが金持ってんのか? ガキ一晩に銀貨10枚だせんのかぁぁ」
人の金を
腹立たしい思いを抱えつつも、ぎゃはははは、と馬鹿笑いするベンに、ビィトは突きつける。
「誰が
誰が子供に
「へー……よほど気に入ったみたいだな。上手く
ベロりと少女の顔を舐めると、
「金貨10枚だ」
へ、払えるのか? と挑戦的な顔で言う。
一般的な奴隷の値段として高いのか安いのかわからないが……
安宿屋が個室で銀貨5枚。大部屋で銀貨1枚。
安いメシなら一食銅貨50枚、そこそこ高くて銀貨1枚だ。銅貨100枚で銀貨1枚になる。
ちなみに金貨は銀貨100枚である。
Sランクパーティの「
払えない金額ではない……そう、かつてならばだ。
「ぐ……」
今のビィトに金なんてない…
金もなく、換金できるものもさっき失ったばかりだ。
魔術師ゆえに、防具の類も魔力補助のローブ程度。
残された最期の装備でもある───
ダンジョンで見つけたマジックアイテムで、そこそこ値は張るが──ありふれたもので、下取りに出したとてとても届き得る金額ではない。
唯一換金できそうなものと言えば……
お、
「俺を───売る!」
「はぁぁぁ?」
ベンは戦闘奴隷を集めているらしい。
奴隷使いのベンは、職業特性ゆえか奴隷の能力向上等のスキルを持っている。
攻撃手段は乏しいが奴隷を使った戦闘には一応それなりに腕が立つと見られていた。
そうでなければ、ごり押しだけでBランクからAランクには上がれない。
「『器用貧乏』のてめぇをか?」
はたと考え込むベン。
「……腐ってもSランクパーティにいて、元Sランク冒険者……」
ブツブツ……
…………
……
「いいだろう。金貨分は働いてもらおうか」
懐から一枚の紙を出すベン。
流石は奴隷使いと言ったところか…どんな時でも証文を持ち歩いているらしく、無記名のそれを取り出しにやりと笑う。
奴隷契約を結ぶためのそれは、マジックアイテムの一種で契約者どうしを魔力で結ぶものだ。
「とは言え……元Sランク───さすがに金貨10枚以上の価値はあるな」
ブツブツと考え始めるベンは、
「仮契約だ。逃げられても困るからな」
サササと契約書に自分の名前を記入すると、ペン先で指を切って血判を押す。
「よーく読んで記入しな。そうでないと契約にならねぇ」
妙なところで律儀なベンだが、魔法を使った契約とはそういうものらしい。
受け取った契約書に目を通してみる。
…………
………妙な文言はないな。
奴隷と言っても自由は多く、ほとんどパーティに近い。
その売却次第では自分を買い戻すことができるものらしい。
……もっとも、ドロップアイテムを拾わせてくれるかどうかはベン次第ということか。
しかし、金貨10枚ならSランクパーティだった頃は簡単に稼ぐことができた。
うまくすれば簡単に返せる金額かもしれない。
もっとも、Sランクパーティだった頃ならば…だが、
「書いたぞ」
血判を押した契約書を渡すと、「見せろ」とばかりに契約書をひったくる。
「いいだろう。これでコイツはお前のもんだ───で、お前は俺の奴隷だ」
ベンは別の契約書を取り出すと、解呪の魔法を唱えた。
「
すると、契約書の一枚がボォンと青い炎に包まれて消えてなくなった。
「あ……」
と声を上げた少女。なにか違和感を感じた様に胸を押さえている。
「そんじゃ、次はこっちだな───
その魔法と共に、魔力が
契約書に刻まれた名前に赤い炎が入り───契約書に引火したかと思うと───
「ぐ!」
ビィトは胸を押さえてその場に膝をつく。
見れば、胸にベンの名前が赤く浮かび上がっている。
「おら、ガキはくれてやる───あとは煮るなり、焼くなり、犯すなり好きにしな…ただし───」
ニィと笑うベンは、
「お前のものは俺のもの」
バカだな。と足枷をベンに移し替える。
「おら来いよ!」
グイっと引っ張られるビィトは気付いた。
少女の胸にもまた新たに赤い文字が薄く表れていることに、
「直系と傍系っつってな───」
へらへらと笑うベンは言う。
「お前がガキを買うって決めた時点でそれは奴隷の売買だ。自由になったわけじゃねぇ。お前の奴隷になっただけだ。ちゃんと契約にいれといたぜ? そんでもって───お前は俺の奴隷だ、つーことは…奴隷の奴隷になっただけさ、ばぁーか」
ゲハハハハと、下品に笑うベンの言葉を聞いて真っ青になるビィト。
少女を救うどころか、自分も奴隷に落ちるとか……どこまでも間抜けだ。
「アホめ。そんな考え足らずだからパーティを追ン出されるんだよ」
ギャハハハッハハと笑うベンの言葉が、何処までも不快だった。
そして自分の間抜けっぷりに腹が立つ……!
「くそ! 話が違うぞ」
「違うも何も、お前が勘違いしただけだろうが?」
ま、安心しな───と、ベンは言う。
「今度から俺がお前のパーティさ」
奴隷と主人の間だがな!
「クソ!」
ふざけんな、こんな契約無効だ!
鎖を引き、逃げ出そうと試みる。腐ってもSランクだ……多少は力が───
「馬鹿め、奴隷が主人に逆らえるわけないだろうが!」
「な、ま…魔法が!」
『身体強化』の魔法が発動できない? オマケに…胸が───がぁっぁぁ!!
「おら、ガキ…後輩に教えて差し上げろ」
「ぅぅ……ごめんなさい! ごめんなさい!」
少女はビィトに駆け寄ると背中をさすりながら言う。
「ベンさんの意図に反したことはできないんです……命令違反したり逃げようとすれば胸の呪印が……」
「ぐぅぅ……」
それでも、ビィトは立ち上がる。一歩でも逃げてやると───
「おいおい、無茶するなよ。……呪印は消えねぇぞ。それが契約だからな。……無理すると死ぬぜ?」
だったら死んでやる!
「自分が…馬鹿すぎて惨めになる!」
………
少女にシンパシーを感じ…同情して───結局何も出来ず事態を悪化させてしまった。
しかも、パーティに追い出されたその日のうちに……
みじめで、バカバカしくて……──嫌になる!
「あーあーあーあー…頑固な奴だ。好きなだけ
ポイっと金貨を一枚投げ渡す。
「てめぇは意地を張るのに満足したら宿屋「あばら亭」に来い───二階の奥だ」
あとは知らんと、ベンはさっさと歩きだす。
引き摺っていた鎖も無造作に回収し、少女とビィトを放置してさっさと行ってしまった。
「う……」
途端に胸の激痛が収まり、その場に膝をつくビィト。
「ゴホッゲホッ!」
「大丈夫、大丈夫!?」
少女は金貨を握り込んだ手でビィトをさするが……
「さ、触らないでくれ!」
思わず乱暴な手で払いのけてしまう。
「ひぃ……ごめんなさい」
小さくなりブルブル震える少女。SランクやAランクに対し、少女ながら
「ベンの奴……逃がしてくれたのか?」
まさか奴隷を放置してさっさと行ってしまうとは、
「ち、違うの……」
少女はとても申し訳なさそうな顔で、
「ど、奴隷は───」
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