第5話「なんか装備をパクられました」


 ……く、鎖!?



「や、やだ……!」


 嫌々をするように首を振る少女。その足にはかせがついており、欄干に固定されていた。


 なるほど…ベンがいないのはこういうことか。

 ベンはどこかで用足し中なのか、

 少女を拘束しておいて姿をくらませているのだ。


「おやぁ! しつけのなってない犬のようだな!」


 真っ赤に晴らした顔が今の一撃の痛さを物語ると同時に、恐怖のためか少女が失禁する。

 そのさまが冒険者の嗜虐ひぎゃく心に更なる火を着けたらしい。

 下品にもゲラゲラ笑う冒険者は、追撃の一撃を加えようと───


「やめろ!」


 と、……?


 …………


 え? 俺!?


 なぜか反射的に、声を上げて冒険者を静止していた。そうビィトが、だ。


「あ゛!?」

 反射的に振り向いた冒険者の形相に、ビィトは思わず首をすくめる。

 こうして直接的な敵意を向けられるのは苦手だ。


 相手はAランクの冒険者で、実力は高い。

 元はSランクとはいえ、ビィトのそれとは比べるまでもない。

 なんせ、ビィトのそれは本人をして知っているほどに、ただのなんちゃってSランクだ。


 ジェイクや、リスティ抜きに勝てる道理もない。


「なんだてめぇ! こいつとグルかぁぁ?」

 怒りで顔を真っ赤にしたそいつは、盗賊シーフらしく、

 皮鎧にナイフと軽装だが……纏っている空気は堅気ではない抜き身の刃物のような鋭さがある。


 思わず腰が引けるが、少女のすがるような目を見て思いとどまる。


「ち、違う……ただ、その──」

「はっきりしゃべれやあぁ!!」


 ブンと空気の震える音がしたかと思えば、顔面を強かに打たれていた。その動きは暴力を予想していなかったビィトに躱せるはずもない。


 情けなくも尻もちをついたビィトに、

「ち! ナヨナヨしやがって……すっこんでろ!」

 Sランクとして名を馳せていた「豹の槍パンターランツァ」でありながらも、まだまだビィトを知らないものもいるらしい。


 上手くすれば顔を知ってくれていて、引き下がってくれるかもという淡い考えは消えてなくなり、理不尽な暴力に耐えるしかなかったが、

「いや、待てよ……グルだとするなら」

 ニチャっと笑うAランクの男は、ビィトを見下ろしながら言う。


「保護者さんから慰謝料貰うのが筋だよな?」

 えぇ? どうよ。と凄まれる。


「お、お金なんて……」

 ここで完全に男の暴力に飲まれてしまったビィトは震えながら縮こまるのみ。

「おいおい、なめんなよ!」


 ガっと、掴まれたのはビィトの装備品。

 愛用というほどでもないが、ダンジョンで手に入れたソレなりの魔法杖スタッフだった。


 換金すればそこそこの金になるだろうが───

「詫び料として貰っとくぜ!」


 男は乱暴に奪い取ると、満足げに立ち去って行った。その間際に、地面で丸くなっていた少女にケリをくれようとしていたので、慌ててかばう。


 この時ばかりは『身体強化』を使って少しでも早く、

 そしてダメージを押さえようと考えていた。幸いにも男はさほど本気ではなかったのか、大した痛痒も感じることは無かった。


 蹴りに動じないビィトをみて、男はちょっと驚いた顔をしていたが、無様に転がるビィトに興味を無くしたらしい。

 奪った魔法杖スタッフをブンブンと上機嫌に振りながら去っていった。


「いてててて……」


 最初に殴られた顔面の傷はちょっとした腫れになっているらしい。

 情けないなと思いつつも、

 男が完全に去るまで、少女を庇いつつ丸まっていた。

「あ、の……」

 そんな体制を続けていれば、少女とて困惑するもの。

 ビィトの下でモゾモゾと動く。


「あ、ごめん」


 反応に驚いてビィトはパッと離れる。

 考えてみれば、街中で少女を抱え込んでうずくっている──……滅茶苦茶やばい人だ。


「ど、どうして?」


 周囲の目が気になりキョロキョロと見回すビィトに耳に少女の困惑の声が響く。

「え?」

「……どうして助けてくれたの?」

 ボンヤリとした眼で少女はビィトを見上げている。その目は詰問しているというより、起こった事態に認識が追い付ていないというものだった。


「どうしてって言われても……」

 俺にも分からないよ。とビィトは答える。

 首を傾げつつも少女は、鎖を鳴らしながら起き上がり、ビィトに微笑む。

「あ、ありが──」

 礼を述べようとした少女の体は驚くほど華奢で──……ボロボロだった。


 ボロを纏うその隙間から伸びる手足はガリガリで、ところどころあざが見える。

 日常的に受ける暴力と、栄養失調からくるものだろう。


 それでも、目を引いたのは、そんな状態でありながらもはっと目を引くような美しさ──ポロポロと髪の間からはフケやら、シラミが転がり落ちるが、それらの不潔さと、プンと香る体臭を差し引いてもなお少女は美しかった。


 それも、近くで見るまでは……この屈んだ姿勢でなければ気付かないほどの危うい美貌だった。

「う、うん……その、」

 少女の目に見竦みすくめられたビィトは不覚にも見とれてしまい、しどろもどろだ。

 だから、変化に気付かなかった。


「ひ──」

 少女の口から漏らす悲鳴に、

「おうごら! ウチに商品になにしてんだ!?」

 本日二度目のチンピラ声からの絡み……振り返った先には、


「ベ、ベンさん……」




 ガクガクと震える少女と──それを冷徹に見下ろす『奴隷使いスレイヴマスターのベン』がいた。


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