或る占い店

静嶺 伊寿実

ショートショート『或る占い店』

   * 表 *


 間接照明のみが光る一室。内装は椿色や紫、翡翠色ひすいいろなど大正モダンを思わせる物で統一されている。観葉植物の隣にはイランイランの香りをまとった加湿器が、店内の明かりをより乱反射させていた。

 橙色の重厚なカーテンの奥に居た店主の大垣おおがきマジュは、弟子の霧絵きりえに声を掛けられて、タロットカードを丁寧に揃えた。

「どうぞ」

「よろしくお願いします」

「こんにちは、お掛けになって」

 コートを手に個室へ入って来た三十代の女性と相対あいたいする。女性の顔にはアンティークランプの色彩がそのまま映った。

 店主は簡単に料金コースを説明確認して本題に入る。

「今日はどうなさいましたか」

「はい。実は年上の男性と良い仲になったのですが、その人が自分の故郷で一緒にならないかと言ってきたんです。でも私はここが気に入ってますし、でもその人はとても良い人なので迷ってるんです」

「わかりました。ではスリーカード・スプレッドで占ってみましょう」

 心に念じながら混ぜて下さいと店主がうながすと、女性は目を閉じ、テーブルの上でカードをシャッフルした。女性の手が止まったところで店主はカードを揃え、女性の前に三枚置いた。めくりながら解説していく。

「過去の場所には『月』、現在には『審判』の逆位置、そして未来は『悪魔』の逆位置です。さて貴女は、そこはかとない不安や悩みがあったんだけど、この『月』のカードが出たということは今こそ貴女自身を超越すべきということなのね。で、現在は期待や楽観視していたことが予期せぬトラブルに遭う可能性もあるの。だからこれからは、冷静な判断力を失っていないかもう一度かえりみる必要があって、強引さが出ると失敗するかもしれない、と出ました」

「そうなんですね。たしかにその通りだなと思い当たるところがあります。ちなみに全体的に見て、こうした方が良いというアドバイスなんかはありますか」

「そうですね、このカードたちの配列を見るに、思い切って新しく始める、というのもありじゃないかしら」

「新しく、ですか」

「ええ、ちょっと厳しいかもしれないし、現実を受け入れるまで時間がかかるかもしれないけれど、今の停滞感は変えられますよ」

「そうかもしれないですね」

「貴女みたいな、クリエイティブ思考を持つ人なら大丈夫よ。きっと安定した生活も手に入ると思いますよ」

「それはよかったです。なんだか少しスッキリしました」

「なら良かったわ」

「助かりました。ありがとうございました」

 女性はモスグリーンのコートを持って、頭を下げながら退室して行く。後には金色のピアスの輝きだけが残った。

 店主はかたわらのバインダーに目を通し、けてあった茶色のカードを手に取る。「LA MORT」と書かれた死神のカードは他のものと混ぜられ、ホロスコープ法で並べられていく。店主のマジュは毎回、これから占う相手の基本情報を元にあらかじめタロットカードによって把握しておくことで、占いの精度を高める手法を取っていた。マジュは十三枚のカードを円状に置いた。

 そして後に残ったカードの山の一番上は、いつも必ず「死神」のカード。

 その「死神」のカードを円の真ん中にそっと置く。

 店主は並べたタロットからこれから来る客の、基本的な性格、才能、考え方、そして「死神」の結果を踏まえた上で客を招いているのだった。

 占いに来る客のほとんどが恋愛か将来の相談なので、「死神」の正位置が出れば「新しく始める」、逆位置が出れば「変わらないことを望んでいるからまずは向き合う」のどちらかを、どんな占いであろうと最後に進言すれば満足納得されていた。この方法で店は当たると評判になっていった。

 店主が凄いのか、はたまたカードが凄いのか。まさに「死神」のみぞ知るところ。

 「死神」は彼女にとって大事なカードとなり、誰にも客にも弟子にも触らせなかった。全二十一枚の大アルカナカードが二十枚になったところで、気付く客はいない。

 そして、店主は弟子の霧絵きりえに声を掛けられて、「死神」を抜いたタロットカードを丁寧に揃えた。



   * 裏 *


 甘いアロマオイルの匂いが充満した占い店「サーキュラー」を出ると、冬の空は澄み切っていて、苅奈かりな亜可莉あかりは太陽に向かって伸びをした。

 これで連載中の小説のオチが書ける、と手ごたえを感じている。

 未来から来た年上の男性に恋をした女子高校生の話は、ファンレターが絶えないほどに人気があったが、最後にヒロインが男性と共に未来へ行くか、未来へ帰る男性を見送って今の時代に留まるか、作者である苅奈かりなは決めあぐねていた。

 そんな時にたまたまチラシで見た「サーキュラー」を知り、占いの結果で物語を決めてしまおうと足を運んだ。そしてたった今、ヒロインには現世に残ったまま新しい恋を見つけてもらおうということに決めた。苅奈かりなは白い息を吐きながら携帯電話を取り出す。

「もしもし、引上ひきがみさん? そう、小説のラストの構想ができたので、いつもの喫茶店でランチでもどうですか。食事でもしながら、ええ、はい、ありがとうございます。じゃあ三十分後に」

 電話を終えて、店を振り返る。クリエイターと当ててきたし、架空の話を真剣にてくれたから、また何かに迷ったらここに来よう、と駅の方へ向かう苅奈かりなの足は、積もった雪の上でも軽やかだった。



   * 結果オープンカード *


「先生、今日来たあのお客さんって恋愛小説家の苅奈かりな亜可莉あかりですよね。すごいなー、やっぱり先生の評判を聞いて来たんですかね。あ、もしかしたら今連載している『ゲスト恋愛』のラストを先生に決めてもらいに来ちゃったりして。あれ、先生ご存知ないんですか。『ゲスト恋愛』はもうドラマ化も決まってて話題になってるんですよ。さあ先生、お客さんも途切れましたし、お昼に行きましょう。近くに新しいスープカレーの店ができたんで、行ってみましょうよ」


 人は互いのウソで互いのご飯が食べられたりもする。

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或る占い店 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi

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