或る占い店
静嶺 伊寿実
ショートショート『或る占い店』
* 表 *
間接照明のみが光る一室。内装は椿色や紫、
橙色の重厚なカーテンの奥に居た店主の
「どうぞ」
「よろしくお願いします」
「こんにちは、お掛けになって」
コートを手に個室へ入って来た三十代の女性と
店主は簡単に料金コースを説明確認して本題に入る。
「今日はどうなさいましたか」
「はい。実は年上の男性と良い仲になったのですが、その人が自分の故郷で一緒にならないかと言ってきたんです。でも私はここが気に入ってますし、でもその人はとても良い人なので迷ってるんです」
「わかりました。ではスリーカード・スプレッドで占ってみましょう」
心に念じながら混ぜて下さいと店主が
「過去の場所には『月』、現在には『審判』の逆位置、そして未来は『悪魔』の逆位置です。さて貴女は、そこはかとない不安や悩みがあったんだけど、この『月』のカードが出たということは今こそ貴女自身を超越すべきということなのね。で、現在は期待や楽観視していたことが予期せぬトラブルに遭う可能性もあるの。だからこれからは、冷静な判断力を失っていないかもう一度
「そうなんですね。たしかにその通りだなと思い当たるところがあります。ちなみに全体的に見て、こうした方が良いというアドバイスなんかはありますか」
「そうですね、このカードたちの配列を見るに、思い切って新しく始める、というのもありじゃないかしら」
「新しく、ですか」
「ええ、ちょっと厳しいかもしれないし、現実を受け入れるまで時間がかかるかもしれないけれど、今の停滞感は変えられますよ」
「そうかもしれないですね」
「貴女みたいな、クリエイティブ思考を持つ人なら大丈夫よ。きっと安定した生活も手に入ると思いますよ」
「それはよかったです。なんだか少しスッキリしました」
「なら良かったわ」
「助かりました。ありがとうございました」
女性はモスグリーンのコートを持って、頭を下げながら退室して行く。後には金色のピアスの輝きだけが残った。
店主はかたわらのバインダーに目を通し、
そして後に残ったカードの山の一番上は、いつも必ず「死神」のカード。
その「死神」のカードを円の真ん中にそっと置く。
店主は並べたタロットからこれから来る客の、基本的な性格、才能、考え方、そして「死神」の結果を踏まえた上で客を招いているのだった。
占いに来る客のほとんどが恋愛か将来の相談なので、「死神」の正位置が出れば「新しく始める」、逆位置が出れば「変わらないことを望んでいるからまずは向き合う」のどちらかを、どんな占いであろうと最後に進言すれば満足納得されていた。この方法で店は当たると評判になっていった。
店主が凄いのか、はたまたカードが凄いのか。まさに「死神」のみぞ知るところ。
「死神」は彼女にとって大事なカードとなり、誰にも客にも弟子にも触らせなかった。全二十一枚の大アルカナカードが二十枚になったところで、気付く客はいない。
そして、店主は弟子の
* 裏 *
甘いアロマオイルの匂いが充満した占い店「サーキュラー」を出ると、冬の空は澄み切っていて、
これで連載中の小説のオチが書ける、と手ごたえを感じている。
未来から来た年上の男性に恋をした女子高校生の話は、ファンレターが絶えないほどに人気があったが、最後にヒロインが男性と共に未来へ行くか、未来へ帰る男性を見送って今の時代に留まるか、作者である
そんな時にたまたまチラシで見た「サーキュラー」を知り、占いの結果で物語を決めてしまおうと足を運んだ。そしてたった今、ヒロインには現世に残ったまま新しい恋を見つけてもらおうということに決めた。
「もしもし、
電話を終えて、店を振り返る。クリエイターと当ててきたし、架空の話を真剣に
*
「先生、今日来たあのお客さんって恋愛小説家の
人は互いのウソで互いのご飯が食べられたりもする。
或る占い店 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi
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