第6話 あなたの町のエイリアン(2)

「う、宇宙……じん……?」

「何?」

 そう言われた宇宙人はおかしいな? といった感じで自分の両手を確認した。


「ああ、すまない。ホログラムを切っていた」

 宇宙人は小林先生の声でそう言うと、腕に着けたアームバンド状の機械に触れた。

 すると宇宙人はたちまち見知った銀髪ツインテ幼女に変身した。


「えっ? ……えっ?」

 俺は驚きのあまり、言葉もままならなかった。


「順を追って説明しようか。まず私は宇宙人だ」

「……」

 そんなことを突然言われて「ああ、そうですか」と受け入れられるほど、俺は適応力は高くない。


「どうした? 鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をして……君、宇宙人はいると信じているはずじゃなかったのか?」

「えっ、えと……信じてますが……何故それを?」

 事実だが、そんな話を今朝初めて会ったばかりの小林先生とした覚えは無い。


 先生は前屈みになると、赤と青のアシンメトリーな双眸そうぼうでじーっと俺の顔を見つめた。


「気分が優れない様だな。そこの机にチビビタが置いてあるから、それでも飲んで一旦気を落ち着けてくれ」

 先生はそう言うと態勢を戻し、奥にある壁から垂直に伸びる鉄板を指差した。


「いえ……結構です。遠慮しときます」

「警戒しているのか? 案ずるな。君に危害を加えるつもりは無い。そんなことをするなら君がぐーすか寝ている間にしている」

「……」

 彼女(?)の言うことは正論だ。しかし、正論を言われたからといってこんな異常事態で簡単に納得できるほど、俺は適応力が以下同文。


 大体どうして数ある飲み物の中からピンポイントで、選ばれたのはチビビタでした、ってなる?

 さっきの発言もそうだし、頭の中を覗かれている様で気味が悪かった。


「ああ、そうだ。最初にこれを言うべきだったな」

 一向に口を開かない俺の様子など気にせず、先生は思い出した様に話を続ける。


「安心しなさい。私は君たちの味方だ」

「たち……?」

「ああ、そうだ。君と君のクラスメイト、君の家族、君の友人、その他君の取り巻く環境、とでも言い換えればいいだろうか」

「……」

 俺のクラスメイト……俺の友人……あっ。

 その言葉を聞いて、俺は大事なことを思い出した。


「みんなは!? みんなはどこへ行った!?」

 俺は壊れたみたいに叫んだ。


「みんな……? ああ、一緒に砧公園に行った他の四人のことか?」

「そうだ! どこへいったんだ!?」

 俺は小林先生に八つ当たりする様に詰め寄った。


「落ち着け、佐倉ぁ!!」

 先生は朝の出来事を彷彿させる怒号を俺に浴びせた。


「……す、すみません」

「君がそんな調子ではいつまで経っても話が進まん」

「すみませんでした。落ち着きます」

 そうだ。俺がいくら取り乱したところで、事態が良くなるわけではない。

 先生を信頼できるか、できないか、一度それは後回しだ。俺が今できる最善のことは、彼女から話を訊くことだ。


「それより、君はいつまでそこに座っているつもりだ」

 クソチビな先生が俺を見下ろして言った。


「あぁ……えっと、そこの椅子、座っていいんですか?」

 そもそもその椅子が先生のものなのかも分からないが、俺は一応許可を取る。


「勿論。椅子は座るためにあるものだろう?」

「まぁ……そうですが……それじゃ、あの、座りますね」

 俺は先生が机と呼んだ鉄板まで覚束おぼつかない足取りで移動すると、リュックの肩に掛けるひもみたいなベルトの付いた椅子へとどっかり座った。

 椅子は俺が体重を掛けたほうへとぐっと傾いた。椅子の支柱がバネでできている様な感覚。

 俺は靴を脱ぐと全身を椅子に預けた。椅子というよりも漫画喫茶にある様なシートに近い。


「それで、他の四人だが今は別室で寝ているよ」

 先生は俺に近付きながら言った。


「後ほど、私が彼らを家まで送る」

「無事……なんですよね?」

「ああ、無事だよ。何も心配は要らない。明日になれば、また元気に学校へ来ることだろう。ただ……」

「ただ?」

 彼女は顎に手を当て、一呼吸置いたあと続けた。


「彼らには砧公園へ行こうと話し合っていた辺りから倒れるまでの記憶は、綺麗さっぱり無くなってもらった。あと、千葉については友人からミステリーサークルの話を訊いた記憶も消してある」

「記憶を……消した……?」

「ああ、そうだ。あそこは危険だからな。二度と近付くな」

「じゃあ、もしかしてあの銃を持ったスーツの男は先生の仲間、ってことですか?」

「いや、あれは私だ」

「えっ?」

 すると先生は腕時計に触れると、バーコードおじさんに姿を変えた。


「ほら、この通り」

 声も男の声に変わっていた。

 俺の頭の中で、この男がしたことが鮮明によみがえった。


「うっ……」

 激しい眩暈と吐き気に襲われ、口を手で覆う。


「す、すまない!」

 小林先生はまた、すぐさま銀髪ロリに姿を戻すと俺に駆け寄った。


「君のトラウマを呼び起こす様なことをして、すまなかった。安易にあの姿になるべきじゃなかった」

「……いえ、大丈夫です」

 俺は先生に背中を撫でられながら続けた。


「先生が俺たちを止めてくれた、というのは分かりましたので」

「そうか」

「……で、あのまま俺たちが進んでたらどう危険だったっていうんですか?」

「ああ、そうだな。それを今から話そう」

 先生は俺から離れると、改まった面持ちで俺に向き直った。

 それを見た俺も姿勢を正して話を訊こうとした。


「楽な姿勢でいいぞ。横になってなさい」

「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」

 俺は横になり、ふうと深呼吸。


「君たちが目指していたミステリーサークルには宇宙船がある。それも、我々”穏健派”のじゃない”強硬派”の船だ」

「穏健派……? ってーことは宇宙人の間で内部争いがあるってことですか?」

「まぁ、そういうことだ。君たちが強硬派の船に近付けば、おそらくは”宿主やどぬし”にされることだろう」

「宿主?」

「ああ。今からホロを出すから驚くなよ」

「は、はい……」

 先生が短い腕で机に手をかざすと、机の上に小指サイズのゼリービーンズみたいな半透明の物体がどこからともなく現れた。


「なんですか、これ?」

 ただのお菓子にしか見えなかった俺には、驚きようもなかった。


「それは”寄生人”と呼ばれる地球外生命体だ。今この地球上には我々グレイとこの寄生人、二種類の宇宙人がいる」

「きせいじん……?」

「ああ。ちょっと動かしてみるぞ」

 先生が再び手を翳すと、ゼリービーンズは指の第二関節をクイックイッと曲げる様な動きでのろのろと前進しだした。


「これが寄生人……ですか? なんか、”人”っていうより、虫みたいですね」

「まぁ寄生虫だと、地球上の寄生虫と区別が付かないからじゃないか? 我々が命名したわけじゃないから推測だが」

 そう言って先生は、俺へと向き直ると話を続ける。


「この寄生人は他の生物の脳に侵入し、その宿主とした生物が取るべき行動を分析、推測し、最適化された行動を取らせる」

「最適化された行動……?」

「ああ。人間には欲望というものがあるだろう? それは百八の煩悩だとか七つの大罪だとか何でもいいが、寄生人の宿主となった人間は欲望に忠実に行動する様になる。また、記憶力や身体能力が飛躍的に向上する」

「……なるほど。ということは、寄生人に身体を乗っ取られるわけではない、と?」

「まぁ、そういうことだ。むしろ、その人間が本来の姿になるとでも言い換えて問題無い」

「はぁ……そう、ですか……」

 ここまでの説明では寄生人とやらに寄生されるのが、さして危険なことのようには思えない。


 大体”俺たちの味方”だと言っていたが、それはイコール寄生人や強硬派の宇宙人から俺たちを庇護ひごしてくれるってことなのか?

 そして何故俺にだけ事情を説明して、他の四人は記憶を消してそのまま家まで送るつもりなんだろう。湧き出す疑問は尽きなかった。


「時に佐倉よ。君を見込んで、頼みがあるのだが」

「はい、なんですか? 用件によっては聞きかねますが」

 俺はとんでもないお願いをされても断れるよう、予防線を張った。


「我々と共に、寄生人の殲滅せんめつ及び強硬派グレイの排除計画に協力して欲しい」

「……は?」

 それはあまりに突拍子もない依頼であった。俺は上体を起こして、先生の顔を見る。


「何を言ってるんですか? 俺、ただの高校生ですよ? 俺に何ができるって言うんです?」

「そうだな。だがこの計画には地球人の協力が必要不可欠であり、私は君に頼みたいと思ってこうして話している」

「それだと俺を選んだ理由が分からないんですが」

「理由はいろいろある。一言では説明できん。とりあえず一つ挙げるとすれば、こうして私とまともに会話が成り立っている、ってことだな」

「一例にしたって、めちゃくちゃハードル低くないですか」

「そんなことは無いぞ。会話を試みようとしたら、パニックを起こして逃げようとしたり、殴りかかってきた者もいたからな。だから君は貴重な存在なんだ、良かったな」

「はぁ……それは光栄です」

 全く褒められた気はしないが、俺は一応礼を述べる。


「それで先生、協力っていいますが具体的に何をするんですか?」

 乗り気ではない、というより俺なんかにそんな大役が務まるのか。ぶっちゃけ引き受けたくなかったが、俺は好奇心からついそんなことを訊いてみた。


「ああ、それなんだがな。それを考えるところから始めねばならないのだ」

「……はい? それってノープランってことですか?」

 怪しい雲行きを感じた俺は思わず顔をしかめた。


「いや、あながち無策というわけではない。君の父親は、JAXONの研究員だったな?」

「まぁ……そうですが」

「JAXONでは十年前、寄生人の捕獲に成功。秘密裡ひみつりに保持しているとのことだ」

「……まさかそれを盗んでこい、とでも言うつもりですか?」

「ご明察。理解が早くて助かる」

 小林先生は得意顔で言った。仮にも教師だというのに、生徒に窃盗を指示するとはあまりにぶっ飛んでいる。


「いやいやいや。何言ってるんですか? そんなことできるわけないでしょ。それに、そんなことばれたら父にも迷惑が掛かります」

「案ずるな、佐倉。当然ばれないよう君への協力は惜しまん」

「いや……そう言われてもですね……。大体、俺まだ協力するとは言ってませんし」

「そうだったな。ではどうする、佐倉? 協力するか? しないか?」

 先生は両手を腰に当て、俺を見下す様に顎を上に向けると精一杯偉そうなポーズを取った。だがやはり、その姿はキュートであった。


「しないって言ったらどうするんですか? 他の四人みたいに記憶を消して、家まで送るつもりですか?」

「いいや。そんなことはしない。君には協力を仰ぎたいのでな、特別だ」

「では断ってもそのまま家に帰っていいんですね?」

「ああ、構わないとも」

「他の四人もちゃんと帰してもらえるんですよね?」

「用心深いな、君は。大丈夫だ。人質に取る様な真似はしない」

「そのホログラムを使って偽物が成り代わっている、とかは……」

 俺は先生の腕時計を指差しながら言った。


「しない、しない」

 彼女はふふっと失笑をらすと、手をぱたぱたと振って否定した。


「我々はあくまで君の――いや、地球人の意思を尊重したい、と考えている。そもそも記憶を消せるということは、君の記憶を我々の都合の良いように改変して傀儡くぐつにすることなど造作も無いということなのだぞ?」

「まぁ……そう言われるとそうですが……」

「それに君は一度断っても、いつか必ずこの計画に乗ってくれることだろう。君の性格や、思考パターンからいってな」

「……そんなことまで分かるんですか」

「ああ、分かるさ。気象予報士が雲や気圧配置を見て、天気を予測できる様に、な」

「じゃあ、外れることもあるんですね」

「そりゃあな。私はラプラスの悪魔ではないんでな」

「……分かりました」

 俺は目を閉じ、ふうと深呼吸をした。


「考えさせてもらえますか」

「ああ、構わないよ。諾否にかかわらず、決まったら私に一報くれ」

「はい、分かりました」

 俺は重い腰を上げ、立ち上がると壁に向かって歩きだした。


 こうして俺は宇宙人から地球をまもるという途方もない計画を持ち掛けられてしまったのだ。


 最初は断るつもりでいたが、数多の人類の中から自分が選ばれたというのは悪い気はしないし、何より地球外生命体の技術に興味があった。

 あのホログラムにしろ、この宇宙船にしろ、彼らの技術は地球人のそれよりも圧倒的に上だ。こんなの見せられたらわくわくするに決まってる。


「……先生ー!」

 俺は壁に突き当たって右往左往していたのだが、重大な事に気付き小林先生を呼んだ。


「どうかしたか?」

「えっとー……出口ってどこですか?」

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イミテーションヒューマン~宇宙人の成りすまし~ 明歩進 @akiho_susumu

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