第5話 あなたの町のエイリアン(1)

 俺たち五人は砧公園行きのバスに乗るため、星乗学園前駅南口を目指して歩いていた。


「なぁ、千葉」

「どしたの?」

 気になることがあった俺は、千葉に声を掛けた。


「ミステリーサークルってのは具体的にどういうやつなんだ? 俺が想像してんのは田んぼとか小麦畑の農作物が円形に倒れてるやつなんだが……砧公園にそんなとこあんのか?」

「ああ~。友達が言うには木が倒れてたんだって。しかも無造作にじゃなくて、中心から外側に向かって倒れてたんだってさ」

「ほーぅ。そいつは興味深いな」

 それなら単なる悪戯という線は薄そうだ。

 何より公園の木をそんな派手に伐採しようものなら器物損壊で逮捕されるリスクだってある。普通、そんなリスクを背負ってまで大掛かりな悪戯はしない。


「あとさー。聞いてよ、佐倉君」

「ん?」

「そのミステリーサークルを見つけた奴らが、六人で行ったんだけどね、その中の一人がパッと辺りが明るくなったと同時に気を失ったんだって」

「えっ……それって、大丈夫なのか? 危険じゃないのか?」

 突如やばそうなことを言い出した千葉に焦った俺は、慌てて反応した。


「大丈夫じゃない? 他の五人は何とも無かったみたいだし、その気絶した奴も念のため病院の診察を受けたけど、なーんも異常無かったってさ」

 けろっとして千葉はそう言った。


「そうは言ってもな……さっき小林先生も意味深なこと言ってたし……」

「リスクを恐れてたら何もベネフィットは得られないよね~」

 やれやれ分かってないな、みたいな呆れ顔をしながら旭も話に入ってくる。


 うわっ……こいつらの危機管理能力、無さすぎ……?

 俺は一抹の不安を覚えたが、とはいえここまで来て引き下がるのもしゃくだし、俺自身気になるのも事実なのでそれ以上は反駁はんばくしなかった。


 やがて、駅の南口まで着いた俺たちはバスへと乗り込んだ。


 後方の二人掛けの席の並びの一番前に千葉と稲毛が座ったのを確認した俺は、その席の後ろの窓側に座った。


 すると自然な流れで酒々井が俺の横に座ったもので、俺は困惑した。

 旭が俺の隣に来て、酒々井が一人掛けという選択もあったのに何故わざわざ俺の隣に。


 ほどなくしてバスは出発し、車内に停留所の案内を告げるアナウンスが流れた。


「なぁ、酒々井さん」

「何?」

 俺は何の面白みも無い住宅街が映るだけの窓の外を見ながら、酒々井に声を掛けた。


「さっき、俺の父親に会いたいって言ってたけど……なんでだ? あれか? 宇宙、好きなのか?」

 さっきはふしだらなことを考えていた俺だったが、今なら分かる。酒々井は多分、宇宙とかミステリーとかオカルトとかそういうのが好きな子なんだ、きっと。

 っていうか、そうだったらいいなっていう俺の希望的観測もある。


「いえ? 別に?」

「えっ」

 俺は予想外な返答に振り向くとこちらを見ていた酒々井と目が合った。

 黒く澄んだ、ブラックホールの様に吸い込まれそうな瞳だった。


 俺はつい気恥ずかしくなって、慌てて視線を窓へと戻す。

 今まで高嶺たかねの花だと思っていた彼女と話すことさえ緊張するのに、目を見て話すことなど至難の業であった。


「そ、そっか……じゃあなんで会いたいの?」

「えーっと、それは……ちょっとここでは言うのははばかられるから今度教えるわ」

「そっか……うん、分かった」

 それってつまりは今度二人で会おう、という約束なのか? そもそも酒々井が俺の家に来たいと言ってる時点で二人きりになるのは必然なのだが。

 そう考えると俺は自然とにやける頬を抑えられず、考え込む振りをしながら拳で口元を隠してクールを気取った。


「それで、佐倉君」

「何?」

 窓の外を眺めながら俺は返事をした。


「さっき有耶無耶うやむやになってしまったけど、お父さんを私に会わせてもらえるの?」

「あ、ああ、そういえばそうだったな……うんまぁそれはいいよ、全然。歓迎する」

「ほんとに?」

 酒々井は弾んだ声でそう言った。


「う、うん……」

 俺には彼女がなんでそんなに嬉しいのか皆目、見当も付かなかったが、そこまで喜ばれたらやぶさかではない。


「そしたら、私はいつでもいいからお父さんに都合の良い日を訊いといてもらえるかしら? それに合わせるわ」

「ああ、構わないが……」

 俺は酒々井に視線を移し、そう答えた。ちょっとだけ慣れてきた。

 彼女は両足をぴたっとくっ付け、膝の上に右手、その上に左手を添えてお行儀良く座っていた。こういう何気無い動作に育ちの良さが現れる。


「ただ俺の父親は研究所に寝泊まりすることも多いから、次いつ家に帰ってくるのか分かんないぞ?」

「あらそう。そうなったらJAXONへお邪魔することになるわね」

 酒々井は全く落ち着き払った様子で、俺を見据えていた。


「そんなことも知ってんのか」

「ええ。ネットで見たから」

「……そっか」

 確かに彼女の言う通り、父さんはその筋ではそれなりに名が知られているのでネットで検索すれば分かることではある。

 しかし宇宙にそこまで興味を持っていないのに、父さんのことを調べようと思ったのも妙な感じだった。


 もしかして、あれか? 本当は宇宙大好きっ子だけど、全然興味無いんだからねっ! 的なツンデレなのか?

 でもごめん、流石の俺でも宇宙に対してツンデレは理解に苦しむわ。


 暫くして、車内放送が砧公園が次の停留所であることを告げる。


 押そうと手を伸ばしたときには「次、停まります」のアナウンスと共に、既にボタンは赤く点灯していた。

 誰かが先に押したか。この時期の砧公園は花見の人気スポットなので、それ目当てにこのバスに乗る客も多い。


 やがてバスは停まり、ぷしゅーと空気の抜ける様な音をあげてドアが開き、俺たちは目的地へと降り立つ。


「それじゃ、みんな行くよ」

 千葉(と稲毛)を先頭に俺たちは砧公園の中へと入っていった。

 楽しそうに観光している家族連れやカップルを尻目に俺たちは目的の場所へと邁進まいしんした。


 そして、ひと気の少なくなった雑木林の中を進んでいるときのことだった。


「皆さん、こんにちはー!」

 明らかに場違いな、テンションの高い男の声が背後から聞こえ、俺たちは一様に振り返った。


 横にある髪を無理くり、頭頂部へと持ってきているバーコードなおっさんリーマンがにんまりと怪しく口をゆがめ、突っ立っていた。

 公園の管理人という様にも見えないが、何者なんだろう。


「こ、こんにちは……もしかして、入っちゃいけない場所でしたか?」

 千葉が男に近寄り返事をした。


「そうだな。大人の言うことを聞かない君たちは実に悪い子たちだ」

 そう言って男はまた薄気味悪く笑う。しかし、目は笑っていない。


「すみませんでした! すぐ戻ります!」

 異様な雰囲気を察知した千葉は男にそう言うと、元来た道の方へと進み手招きでみんなを誘導しようとした。


「おーっと、もう遅いんだなぁ、君たち」

 そう言って男はバレルに輪っかのついた玩具の銃の様な物体を俺たちに向ける。


「なんのつもりですか? ふざけてるんですか?」

 千葉は変な銃を指差しながら、毅然きぜんとした態度で男に質問した。


 そんな中、酒々井が俺に近寄り小声で言った。


「気を付けて、佐倉君。あの男、普通じゃないわ」

「あ、ああ……」

 そんなことは分かっている。誰がどう見たってこんな状況、異常だ。

 だがそれよりも俺には妙な既視感と形容しがたい恐怖感に頭を支配され、まともな思考ができなかった。


 奴はあの妙ちくりんな銃で俺たちを撃つ。俺はそんな予感がした。


 そして酒々井が懐に手を忍ばせたとき、それは起こった。


「おやすみなさい」

 男がそう言い放った瞬間、銃はカメラのフラッシュの様に辺りを白く染めた。


 俺はまばゆい光で反射的に目をつぶっていた。

 そして目を開けたときに飛び込んできたのは、俺の横で前のめりに倒れようとしている酒々井だった。


 俺はすかさず彼女の腹に腕を回し、抱き留めた。


「おい! 酒々井さん! 大丈夫か!?」

 俺は彼女の名を叫んだ。

 彼女は目を見開いたまま、口だけをぱくぱくと金魚の様に動かしたが、そのうちまぶたを閉じ動かなくなった。


「いやあああああぁぁぁ!!」

 稲毛が奇声を上げた。


「あ、あ、あたしはなっ、何もしでねぇべぇ!!」

 稲毛はそう叫び、男とは逆の方へと走って逃げた。


「あさちゃん、待って!」

 それを追う様に千葉も駆けだそうとした。


 しかし無情にも男は二回、銃を光らせると稲毛、千葉はその場に崩れ去った。

 二人が地面に倒れ込んだあと、辺りは静寂に包まれた。


 俺は蛇に睨まれたかえるの如く身動きが取れなかった。

 がたがたと足の震えを感じながら、立っているのがやっとだった。


 その後はスマホを取り出して電話を掛けようとした旭も撃たれ、俺はただ事態の行く末を酒々井を抱きかかえながら、静観することしかできなかった。

 俺は固唾かたずを呑んだ。――次は俺だ。


 男は銃を持っていた手を下げ、俺に歩み寄った。


「案ずるな、佐倉昴」

「えっ?」

 どうして俺の名を知っている?


「彼らは意識を失っているだけだ。数時間もすれば目が覚める」

「どういう、ことだ……? どうして、こんなことを……」

 俺は顎を震わせながら、必死にかすれた声を出した。


「詳しい話は、後でしよう。では、おやすみなさい」

 男はそう言うと銃口を俺に向けた。

 一閃いっせんの光と共に、全身の感覚が無くなり俺はそのまま膝をついた。


 頭の中が疑問だらけのまま、俺は意識を混濁の底へと沈めた。



 ***



 俺が次に意識を取り戻したとき、そこは真っ暗闇だった。

 俺は手を付いて、上半身を起こす。


 手に伝わる冷たい鉄板の様な感触。背中の痛みと全身の気怠けだるい感覚。


「なんなんだ……ここは……?」

 周囲には無数のエアダクトかパイプの様なものが張り巡らされていて、赤や緑のランプを怪しく明滅させた機械がいくつも並んでいた。


「目が覚めたか、佐倉。おはよう」

 あれ? この声は……。

 その偉そうな口振りの女の人の声に、俺は聞き覚えがあった。


 周囲を見渡し、その声の主らしき人影を見つける。


「小林……先生……?」

「ああ、如何いかにも」

 その小学生くらいの小さい人影は俺に近付いた。


 小林先生が助けてくれたのだろうか? 知っている人物の登場に俺は安堵あんどした。

 しかし、そんな安息も束の間に終わった。


 俺の目の前に現れたのは、細い四肢に小さな体と不釣り合いなほどに大きな頭。でかいサングラスでも掛けた様な大きく釣り上がった真っ黒な目。

 それは”グレイ”と呼ばれる宇宙人だった。

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