幕間 第2王子、土下座する

 近衛騎士にルーデル家の令嬢を呼びに行かせた、もちろん昨日のことを謝罪するためである。

 いきなり相手の許諾も取らず一方的に婚姻を迫るなどという行為は王族としても、個人としても最低な行為だ。

 今すぐにでもこの首を掻っ切ってしまいたい衝動に駆られるほど羞恥心にあふれているがその一方でよかったことも一つある。

 毎朝、山のように届けられていたお見合いの手紙と夜会の招待状がごっそりと減ったのだ。

 おそらくあの場にいた令嬢の誰かが広めたのだろう、私の信用も落ちてしまっただろうがそれは自業自得だ。

 そう考えると婚姻関係はこのまま続けていた方が何かと…って違う!何を考えているんだ私は!


 扉の向こうで何やら話し声が聞こえる、ルーデル家の方々が到着したのだろう。

 ま、まずい!まだどうやって謝罪するか考えていないのだが…


 そうだ!確か極東の歴史書に誠意をもって謝る方法が載っていた、あれは確か…。


 1、地面に正座しましょう、背筋はまっすぐ。

 2.そのまま額を地面にこすりつけるように頭を下げましょう。

 3、頭の前に手を指先まで伸ばして揃えましょう、これが東方では最も誠意ある謝り方の完成です。


 確かその名はDOGEZA!

 よし!ともかくまずはこのDOGEZAで謝ろう!

 そして私は扉が開いた瞬間に綺麗なDOGEZAをし、謝罪の言葉を叫んだ。


「本ッ……当に申し訳ない!!!!!!!!!!!!!」


 すると慌てた様子でご子息が私のそばに駆け寄った。


「ちょ、おま、やめろって!こんなとこ他の奴らに見られたら家族全員処刑されてもおかしくないって!」


 私を達が上がらせようとしているが全力で抵抗する、私の謝罪の気持ちはこの程度では揺らがない!


「本当、自分の失態に巻き込んでしまって、申し訳ない、申し訳ない!」

「頼むから頭上げてくれよ!俺らまだ死にたくねえよ!」


 こうして、私が落ち着くまで5分ほど時間を要した。




 ようやく落ち着き、互いの自己紹介と今回に至った経緯を話す、最初は何がなんだかといった表情だったお二方も理解してくれたようだ。


 …話すとまた羞恥心がふつふつと沸き起こってきた、もう一度機会を見てDOGEZAした方がいいのだろうか…。


 ここまで話してもお二方には動揺は見えても私に対して失望や嫌悪感などは感じられない、普通このような行為をしてしまったら怒り狂うものだというのに。

 むしろご子息、ミハエル殿は何かにおびえた様子で、アルトリア嬢はこの婚約が私の乱心によるものと安心したのか、目の前にあるお菓子と紅茶のほうに気が向いているようだ。


 …そういえば夜会の時もあの騒ぎの中一人だけ料理を頬張っていたな…もしや王族に興味のわかない人なのだろうか。

 もしそうであれば、いやここにきて恥の上塗りをしてしまっても…。

 揺れに揺れた心とは裏腹に口が勝手に動いてしまった。


「婚約を暫く継続してもよろしいですか?」


 またもや驚きの表情に変わっていくお二方、私はここ最近起こっていたことを話した。すると以外にも令嬢は仕方ないといった表情で話を聞いていた。


「一つ聞いてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「なぜジーク王子はそこまで婚約したくないのですか?」


 …いきなり確信を突かれた、今まで私は家族にも私が昔に出会った少女に心を奪われていることを話したことはない、しかし令嬢のこちらをまっすぐ見つめる瞳に思わずしゃべってしまった。


 出合ったあの日、まるで天から降りて来たばかりの無垢な天使のようなあの姿を思い浮かべながら。


「ええ、わかりました、2年間婚約者としてよろしくおねがいしますわ、ジーク王子」

「こちらこそよろしくお願いしますアルトリア嬢」


 アルトリア嬢に手を差し出して握手をしようとした瞬間、


「あ!まだありました!王子!こいつ猫かぶりまくってるけど毎日武芸の練習を積んでいて素手なら俺でも勝てないぐらいのゴリラ女なんですよ!」


 とミハエル殿が高らかに叫んだ、そして私の目の前に差し出されていた手が残像を残し、消えたと思ったら


「いい加減にしろよこのアホ兄貴!!!!!!」


 との叫び声とともにジーク殿の鳩尾に拳がめり込んだ。


 …私はこれでも武芸はそれなりに嗜んでいるのだがその拳は捉えられないほど早く、正確に放たれた。思わず口が開いたまま茫然としてしまう。

 そういえばオブライト伯爵にルーデル家の方々について尋ねたのを思い出した。


「あの家は全員が武力の天凛に愛された戦闘民族だ、もしあの家と一戦交えるのであれば文字通り全戦力を動員することをお勧めするよ、私はどんな褒章をもらえるとしても遠慮したいけどね」


 と言っていた、何時も飄々としているオブライト伯爵の冗談だと思っていたのだがあれは本心だったのだろうか…。


 アルトリア嬢は私の顔とうずくまるミハエル殿を見て空を仰ぎ、右手を目に当てた。本当にかっとなってやったのだろう、そんなアルトリア嬢に私は妙な親近感を抱き、思わず笑ってしまった。人前で、しかも異性の前で大声で笑うなど物心ついてからあっただろうか?そのことも相まって笑いが止まらない。


 他の令嬢たちは正直苦手だがこのアルトリア嬢とはいい友人関係になりそうだ。私はうずくまるミハエル殿を目の端にとらえながら、再び抑えきれない笑いを上げた。






「…それにしても、まさか両陛下があそこまで暴走するとは思いませんでしたね」


 王領から王都へと帰る馬車の車中、私付きの近衛騎士のユリウスがしみじみとつぶやいた。

 彼は長らく王家につかえていて王族の本当の顔(親馬鹿)をよく知っている。だからこそ偽婚約とはいえあそこまで浮かれ上がる両親が身内以外の場でああなるとは思わなかったのだろう。


「それよりも殿下、お二方に今回の婚約がうわべだけのものだとご説明なされたのですか?」

「いや、この視察が早まったせいでばたばたしてまだ言ってはいない」


 そして婚約が広まってから視察先にも頻繁に届いていた手紙や令嬢が押し掛けてくることはなくなった、アルトリア嬢には感謝しなければ。


「お早くお伝えしないと引けないところまで行きますよ両陛下は、たとえば専用に城を立てるとか」

「まさか!いくらなんでもそこまではあり得ないだろう!」


 この言葉をすぐに撤回することになるとは、今の私にはわからないのだった…。

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田舎令嬢に転生したのはいいけれども王子の婚約者になってしまった… 七井修一 @sevun

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