僕と彼女とアップルティー

人新

第1話


 放課後、部室にて、俺は静かに読書をしながら、秘蔵茶アップルティーをつづる予定のはずだった。

 が、予定は読書から打ち砕かれてしまった... 。


「ねぇ、さっきから私の話聞いてる?」


 この女に...。


 まず、説明しておこう。最初は俺のことからだ。

 俺は文学部の部長(一年の時点から部員が一人もいないため)一年、吉野川鮎だ。吉野川に生息する鮎を訳したみたいな名前だが気にしないでほしい。


 そして、肝心の彼女は甘利、下の名前は知らない。だが、噂として彼女は学園top10に入る人気があるらしい。彼女はしょっちゅうこの部に来ては、身も蓋もないことを俺に相談をしてくる。


 ちなみにその相談の内容とは“恋”である。


「いやー、やっぱり私としては彼のいいところは性格のわけですよー」


「はぁ、そうですか」


 惰力50パーセント。


「でも、その性格は表向きは温厚なんだけどね、実は根本部分はけっこう腹黒かったりするんだよねー。あぁ、だからやっぱり私が好んでるのは彼の顔なのかな。うんやっぱり、私彼の顔を好んでるのかな」


「はぁ、ソウデスカ」


 惰力75パーセント。


「いや、やっぱり顔も性格もタイプじゃないのかも!フェロモンってやつかな。うん、そうだ。絶対フェロモンってやつだ」


「ハァ、ソウデスカ」


 惰力100パーセント。


「ちょっと、さっきからその返事なんなの! 真面目に言ってるんだから真面目に答えてよ!」


「いや、それはこっちのセリフだからね」


 さっきからなんだよ、性格だの、顔だの、しまいにはこいつ好きな理由をフェロモンで締めくくったぞ。


「それと、どうでもいいけど、お前は部員じゃないだろ」


 俺は立ち上がり、湯ポットに水を入れた。


「うー、文学部以外だったら入部してもよかったんだけどねー」



 彼女は悔しそうな顔で机にひれ伏してそう呟いた。


「それは残念だな」


 昨年度の制度が今年度も続いていれば、部員が一人でも喉から手が出るほど欲しかったが、ありがたい事に今年からは人数問わずに部室があれば活動が可能なのでワンマンプレーでも大丈夫だった。


「うー、全然残念そうな言い方じゃないー」


 有能な湯沸かし器はこんな他愛のない話をしている間にも仕事をしており、いつのまにか湯が沸いていた。

 それから、俺は鞄からティーパックを取り出し、部室の引き出しにある紙コップを取り出した。

 さきほどから、この作業に対して凝視している人間がいるみたいだから一応聞いてみることにした。


「飲むか?」 


 彼女は言葉で返すのでなく、表情で返事をした。ちなみに返事は飲むらしい。言葉を使え、言葉を。


「今日は何茶?」


「今日はアップルティーだ」


「へへ、私アップルティーが一番好きなんだー」


「奇遇だな、俺もだ」


 ティーパックの入った紙コップ二つに湯を注いでいく。今、この部室で音がするのは水に水が重なる音と窓辺から聞こえる活気的な音だった。どの時期でも全力の運動部にはほんと日に日に敬意を払う。とりあえず、心の中で敬礼することにした。


「ほらよ」


「あー、どうも、どうも」


 そう言って、彼女は丁寧に俺の手から紙コップを取った。


 静かな空間が続く。窓辺からはあたたかな日が差し込み、部室を少しだけ温める。いま彼女は楽しそうに紙コップをすすっている。


「いやー、冬ですなー」


 彼女はにこにこしながらこちらを向いて言う。


「そうだな」


 また、沈黙が続く。


 そして、ふと昔のことを思い出す。俺は、昔沈黙が嫌いだった。沈黙とはつまらないと同義であると感じていたからだ。だから、俺はそれが続く度に常に話し続けた。朝ご飯のことから、登校中に見たモノ、とにかく変化あるものを見つけてはそれをネタにして話し続けていた。けれども、そうしているうちにやがて虚しさしか残らず心に穴があいたのだ。


 それからは沈黙の度、自分から話すことはなくなった。けれども、今は決して沈黙が好きなわけではない。かといって、昔のように沈黙が嫌いなわけでもない。でも、ある条件が加われば俺は沈黙も喧噪も好きだった。


 俺はゆっくりと彼女を見る。彼女も紙コップを口につけながらこちらを見る。

 それから、彼女は目で笑った。

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僕と彼女とアップルティー 人新 @denpa322

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