最終話
真っ暗な世界で僕の五感を刺激するのは電子音だけだった。先ほどまでの桜の木も、美しい星空も、今は無い。何も見えない。
僕は瞼が急に軽くなるのを感じた。恐る恐る目を開く。眩しい。太陽の光が直接顔に当たっているようだ。
ぼんやりとした目で、僕はかすかに人影を認識した。少しずつ聴覚が戻ってくる。僕を呼んでいる。それも一人じゃない。聞きなれた声に数人の聞きなれない声が混ざっている。
そして僕は急に現実に引き戻された。
クラスメイト、お袋、医者、看護師。たくさんの人が僕のベットを囲んでいた。どうやら僕は病室にいるらしい。後で聞いた話だが、事故現場を目撃した僕の友人が救急車を呼んでくれたらしい。
カレンダーは僕の記憶にある日付よりも2週間ほど進んだ日付を指していた。
僕は病室で様々な簡易的な検査を受けた後、僕は初めて口を開いた。
一人一人の顔を順に眺める。
「ありがとう。」
不思議なくらい自然に出た言葉だった。
僕の右目からは一筋の涙が流れていた。
何泣いてるんだよ、友達が僕の額に軽くデコピンした。
ちょっと痛そうにすると、ごめんごめん、と笑っていた。
僕も笑った。自然な笑みが溢れる。
「楽しそうじゃん。」
僕の耳に聞き覚えのある声が届いた。けれど、病室を見回してもその声の持ち主と思われる人は居ない。
どうした?、と友達の一人が尋ねた。
「ううん、何でもない。」
僕はそう言って友達との会話に戻った。
その声は僕の胸に少しつっかえた。
誰の声であるかは覚えていない。直接聞いたというよりは、カフェで後ろに座っていた客の声、とか、電車で向かいの人が話していた声、とかそんな感じで、たまたま耳にしたような感じの声だったのだろう。
けれどその声は、僕のそばに寄り添ってくれるような、とても暖かい声だった。
その声は、僕らの談笑に美しく取り込まれ、いつしかその存在は、僕の中で跡形もなく消えていた。
窓の外には桜の蕾が一つ、僕の病室を太陽のような温かい眼差しで見守っていた。
春と冬の境目は形無きものに気付く季節。 桜居 あいいろ @himawarisaita
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