趣味的マイノリティー

 webミーティングの冒頭は、たいてい世間話で始まる。

 その日は予想に違わずこうであった。


「……いや~、勝ちましたね~!!」

「勝ちましたね────!!!!!」


 主語が省略されても伝わる会話。

 そこからW杯の話題がひととおり尽きて本題に入るまで、わたしはひと言も発せず(いや、ひとことくらい「……ねー!」と言ったかも)、ただただにこにことうなずいていた。


 朝のNHKニュースは「日本中が揺れた!」で始まり、夕方には気象予報士が「日本の勝利を祝福するかのようなサムライブルーの空が広がりました!」と伝えた。


 なんだろう、この、W杯を観ていなければ日本人に非ずとでも言いたげなムードは。

 自分がどこにもいない、属せない感じは。

 まあそうだよな。それが「世間」ってもんだよな。

 雑にくくられてしまうなら、こちらも雑にくくってやる、くらいの気持ちが出てくる。


 わたしはサッカーが嫌いではない。

 小学校のときの雪上サッカーの楽しさが忘れられないし、大学のとき体育の選択種目は消去法とはいえサッカーを選び、1年間男子に混じってボールを蹴ったくらいだ。

 でも、「プロの」「サッカーの」「国際試合で」「日本を応援」となると、だいぶ条件が多すぎてハードルが高いのだ。


「プロの」:学生や高校生の競技のほうが好き

「サッカーの」:駅伝や卓球のほうが好き

「国際試合で」:国内試合と熱は変わらないしナショナリズムの掲揚苦手

「日本を応援」:途上国のほうが応援したくなる


 もうこの時点でわたしにはW杯を観る理由がないし、楽しむ資格もない。

「頑張れニッポン!」には到底行き着けない。


 さらに今回はこれに加えて人権侵害の問題が大きく横たわっている。

 大会会場の建設現場で労働者6500人超が亡くなっていると知って純粋に楽しめるほど器用ではない。

 これほど多くの尊い命を犠牲にしてまでやる価値のある大会なのか……? と考えてしまい、どう頑張ったって心は暗澹とする。


 オリンピックの時同様、様々な問題と切り分けて楽しめる人もいるだろう。

 ただ、わたしのように切り分けられない人間もいる。

 本来なら、こんな暗い情勢が続く日々において大きなエンタメは積極的に摂取し心や感性の栄養、明日への活力とすべきだと思う。

 楽しめる人たち、巻き込まれることを受容できる人たちがうらやましい。自分の楽しみが世間の楽しみと一致している人たちが眩しい。

 でも、こんな面倒な人間がわたしなのだから誰にも内心を書き換えることはできないし、「いないこと」にされると悲しい。

 口を塞がれると、よけいに冷ややかな気持ちになってゆく。


 生活に関わるニュースは縮小され、週に一度のドラマは潰され、お気に入りのアイリッシュ・パブのランチは諦めざるを得ず(サポーターがすごくて入れない)、夫は都心へ行く予定をキャンセルした(店も交通機関も混雑して密らしいと聞いて)。

 どうやってポジティブな気持ちになれと言うのか。

 楽しむ人の邪魔はしないから、興味のない人の日常を侵害しないでくれと願いながらやり過ごすのである。


 前置きが長すぎたけれど、結局このような状況の発生は自分が趣味的マイノリティーに属することにも大きく起因しているのだと考えられる。


 たとえば、読書が多くの人の趣味だったなら。

 大きな文学賞がもっと、国民的イベントだったなら。

 webミーティングは

「……いや~、獲りましたね~!!」

「獲りましたね────!!!!!」

 で始まっていたかもしれない。むしろ自分がイニシアティブをとって発言していたかもしれない。

 大好きな作家さんたちが連日メディアを賑わせるイベントを行ったり、読書についてトップニュースで扱われたりしたらもう、大興奮だろう。

 多少の不便や不都合な事実には目を瞑ってしまっていたのかもしれない。

 そして、読書に興味のない人々を窮屈にしていたのかもしれない。


 そういう埒もない空想をしては、ひとり溜息をついている。

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