誰にだってヒーローが必要

 昨夜、プロテインを飲みながらある番組にかじりついていた。

 NHKで放送された特番、「ELLEGARDEN SPECIAL」(タイトルのそのまんま感)。


 10年間の活動休止期間を経て2018年に復活し、16年ぶりとなる新曲を今月披露したロックバンドELLEGARDEN(以下「エルレ」)。

 長いことテレビ出演を避けてきたエルレの地上波初登場の瞬間に立ち会うぜ! とばかりにソファに陣取った。


 自分は彼らの全盛期にリアルタイムで追っていたかと言えば、どちらかと言えば後追いチームで、しかもベストアルバムを買うことから始めた不届き者である。

「あれっ、かっこよすぎるし名曲しかない? っていうかわたし彼らの音楽相当好きじゃないか……?」と気づいた頃には活動休止していたという残念な後発ファンなので、彼らに対して熱く語る資格はないと自覚している。


 それでも断片的に差しこまれるライブシーンの熱量や曲たちが連れてくる思い出に圧倒され、また細見氏のトークがすーっと心の網膜に入りこんできて、名状しがたい感情にとらわれた。


 名曲が多すぎるゆえに個人的に大好きな「虹」「高架線」あたりが出てこなかったのは残念だったけれど、ピックアップされていた「風の日」の歌詞をあらためて咀嚼して、自分が救われたと感じたときのことなんかも鮮やかに思いだした。

(いかんせんJ-POPの歌詞には「悲しくてもつらくても前を向いて笑おう」系のメッセージが多すぎて、「雨の日には濡れて/寒い日には震えてるのが当たり前だろ」とそのままの自然な感情を受容してくれることのありがたさを痛感したのだった)


 思いがけずぐっときたのが、ファンの彼らに対する想いと、ファンに対する彼らのメッセージ、その双方向の関係性である。

 番組の中で、有名人から一般人まで様々な人がエルレに対する想いを語っていたけれど、その「人生を救ってくれた」「彼らは自分にとってヒーロー」という言葉になぜだろう、予想外に胸の深いところに火を灯されたような感覚を覚えた。


 もしかしたら、エルレの音楽を聴いていた当時から自分の状況が様変わりし、自分も(格はまったく違えど)今は表現者として立っているからなのか。

 また、あの頃よりもSNSが発達し、毎日毎日誰かが誰かを侮蔑し、貶め、差別やヘイトを撒き散らしているのを目にしているからだろうか。

 きっとその両方なんだろう。そんなふうに分析した。


 そう、ヒーローが必要なのだ。誰にとっても。

 音楽でも物語でも絵画でも演劇でもなんでもいい、文化芸術に魂を揺さぶられる経験をした人間は、自分の人生を粗末にしないのだ。

 ヒーローにとって恥じない自分でありたいと思ったら、低俗下劣な品性を剥き出しにすることなんてできないのだ。

(人間として最低限のプライドや羞恥心が備わっていればの話だが)


 平たくいえば、文化は攻撃や欲動の抑止力になる。だからこの世には文化が必要だと言っていいのかもしれない。

「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩みだすことができる」とフロイトも言っている(講談社学術文庫『ひとはなぜ戦争をするのか』より)。


 たとえばSNSでは毎日誰かに貼りついて嫌がらせしている人たちを見ない日はないし(特に男性→女性)、弱者の尊厳を踏みにじり生命さえ脅かす事件がとめどなく流れてくる。

 そういった加害者たちには、ヒーローがいないのだろう。自己を浄化してくれる音楽に出会えなかったのだろう。圧倒的な憧れや尊敬の対象がないまま大人になってしまったのだろう。

 それは、とても気の毒なことである。

 もしかしたらそれは他人事でなく、わたしたちがもし何らかの事情で夢中になれるものに出会えなかったなら、似たような人生を送ることになっていたのかもしれない。


「毎年9月9日になるとTwitterで『No.13』がトレンド入りすることがどれだけ俺らに元気をくれてるか、彼らは知らないよね」と細見氏は語った。

 Twitterは「気づいてくれていたなんて!」「そんな嬉しいことを言ってくれるなんて!」とファンの叫びであふれた。

 その尊いやりとりに、後発ファンの自分も涙しそうになった。

 そして、これまでかけてもらった自作に対するたくさんの言葉や、特に4通のファンレターのことが脳裏に浮かんだ。

 自分のような矮小な存在が受けとめるにはまぶしすぎ、ありがたすぎるあれらの言葉は、けっして大袈裟でもなんでもないだなと、本当に彼女たちを救うことができていたのだと、あらためて実感することができた。


 放送終了後も、熱された胸は冷めることがなかった。

 ヒーローという単語が人の口から発せられるのを久しぶりに聞いたし、細見さんには「推し」より「ヒーロー」が似合うなあとしみじみ感じた。


 わたしにもずっと長いことわたしのヒーローやヒロインがいて(ここでは割愛するが)、なんなら音楽イベントがきっかけで夫と知り合い結婚したくらい、小さな名もなき音楽ファンのひとりである。

 魂を預けてもいいくらい大好きな小説家の先生方もたくさんいるし、たくさんの物語に生かされてきた。

 そうして今は、自分も小説を書いている。


 ジャンルも影響力も違えど、自分も誰かにとっての光になりたい。

 誰にだってヒーローは必要だし、発信者にも思いがけない角度や温度で受け止めてくれる人がきっといるから。

 意図せず誰かを救済することもこの世界には起こり得るって、もうわかったから。

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